神様は僕に笑ってくれない

一片澪

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15.諸説あるのは認めるけれど僕としては

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それから二人は手を繋いで並んで座って、真っ黒なテレビを見ながら恭一が自分の話をした。
恭一が言葉に詰まると李壱は静かに少しだけ手に力を籠めて「ゆっくりでいい」と伝え、恭一はそれに頷いてとにかく言葉を出した。上手く話せなくてもちょっと支離滅裂になっても李壱は静かに時折相槌を打って最後まで口を挟むことなく聞いてくれた。
最後まで話し終えた恭一が「終わり」と言うと李壱は「把握したわ、話してくれてありがとう」とだけ言う。
だから恭一は驚いてずっと敢えてテレビに固定していた視線を李壱の顔に向けた。

「それだけ?! な、何かないの!?」
「あらまあ、可愛い顔をそんなにして」

優しい顔でティッシュを数枚取り出して拭いてくれるのはありがたいけど……一応自分も大人だからと恭一は仕草で訴えて察した李壱はティッシュだけ渡して手を放してくれる。

「そうねぇ……アナタの父親に関しては申し訳ないけど率直にクズだと思うわね」
「うん、それは僕も同感だね」

顎に長い指を当てて絞り出した李壱の言葉に恭一も完全同意だ。そこに対しては同じ男として「クズ」という表現しかない。
こくりと頷いた恭一を見て李壱はふっと笑った。

「でも大丈夫よ、アナタの父親はクズだけど私の父親はゴミだから」
「ゴ、ゴミ?!」

それもなかなかじゃないか?! そう恭一が驚くと今度は李壱が自分の話をしてくれた。
オネェ言葉を使うようになったきっかけ、お母さんの病死と……お父さんの再婚、継母からかなり露骨に誘われたことや翡翠に転がり込んできた経緯。
そして大学から社会人生活の間に「色々試した」結果自分はどうやら他人に恋愛感情を持てない人間なんだと判断して生きてきたこと等――掻い摘んで一通り。

「僕……元不良とか離婚歴とか隠し子とかだと思ってたよ」

話を聞いた感想を求められた恭一が素直にそう言うと、李壱は手を叩いて笑った。

「あはは! 私の戸籍は真っ新よ? 元不良でも無いし、子供も百パーセントいないわ。安心した?」
「うん、安心した!」

元不良は良いけど、離婚歴も……ギリギリ良いけど、子供はちょっと親としての責任とかもあって自分の気持ちだけでは済まないから最初からいない方が気持ち的には安心だ。それは嘘偽りない素直な気持ちだ。
だから自分の予想が外れていたことは今回ありがたいのでにっこりと素直に笑った恭一を見て、李壱は優しく恭一の頬を包んで笑う。

「――可愛い」

目を細めて慈しむように言われるとちょっと複雑だ。恭一だって一応男である。
確かに李壱に比べると小さいし、細いし若いし頼りないけど一応働いて自分の稼ぎで生きている男なのだ。

「僕も一応男だから、可愛いって言われても困る」

素直に言った恭一に李壱は優しく目を細めたまま返す。

「知ってるわよ? でも私はアナタが相手だったら仮にアナタが年上でも私よりゴツくても可愛いって思うと思うわ」
「それはそれで……複雑かもしれない」

ちょっと考えて首を捻った恭一を見て李壱は笑った。



***



お互いの昔の話を共有し合ってから二人の距離は一段と近くなった。
恭一はもう敬語を使わなくなったし、李壱だって気軽に恭一に触れるようになった。キスとかハグならもう最初みたいに耳まで赤くなって悶絶しなくても大丈夫になったんだから成長したと思う。
人生で初めて「恋人」という存在を得た恭一は幸せだけど……幸せであればある程、考えることがある。

――男同士って本当にセックス出来るの?

ある日自宅に帰って恭一は勇気を出して久し振りにインターネット先生に教えを乞うた。
そして表示された大人動画を見て――そっと閉じた。
最初の検索の、一番上に洋モノをセレクトしたのは何故ですか先生。
僕は初心者ですよ。ご存じですよね? つい最近まで「恋」について質問していた僕に何故先生はあんな激しい動画を提示なさったのですか? 関連動画であれが出て来るような使い方はしていませんよ、先生。
いや、ちゃんと確認せず安易に開いた自分が悪いのは理解している。理解しているけど、ちょっとハードルが高い動画だった。

「……どうしよう」

なんとなくだけど、李壱の所有物は大きそうな気がする。イメージ的に。
男として李壱の尊厳を傷付けるつもりは一切無いけれど、この際小指くらいで全然良いのに。寧ろ良いのに。
でも「男性器のサイズは如何程ですか?」とは流石に聞けない。
聞けば多分教えてくれるというか「見るー?」とか李壱なら普通に言いそうだけど、見せられても困る。見るだけ見て「ありがとうございました、じゃあ僕帰ります」が流石におかしいことは恭一でも分かる。

「どうしよう」

もう一度職場の休憩スペースで一人呟くと上から穏やかな声が落ちて来た。

「どうしたの高宮君、もうすぐ定時だけど何かトラブル?」
「――あ、井上君」

ここ良い? と聞いてくれた井上君の言葉に恭一は「どうぞ」とすぐに返した。

井上君は全部で三人しかいない貴重な同期の一人で、同い年だけどすごくしっかりしているし彼は会社の良心だと恭一は思っている。
だって一応経営陣である先輩達がノリと勢いで妙な方向に走り出しそうな時に冷静にストップを掛けられる数少ない人が井上君だ。穏やかに客観的に第三者視点で意見を述べてブレーキを自然と掛けてくれるんだから本当に尊敬してしまう。
本人は目立つことを好まないのかいつも縁の下の力持ち的な位置にいたがるけど、彼が居なくなったら会社の空気感がかなり変わってしまうことは皆が知っているとっても信頼出来る人だ。

「仕事は問題無いよ、ありがとう」
「そう? 何か悩み事があるなら話くらい聞くよ」

穏やかで優しい井上君に優しく言われて恭一はちょっと迷った。
井上君は絶対に相談した内容を誰にも口外しないって分かっているけど、それでも「実は男同士のセックスについて悩んでいるんだ」とは――うん、言いにくい。というか言えない。

自分がもし井上君に同じことを言われたと想像すると別に嫌な気持ちにもならないし言い触らしたりなんて勿論しないけれど純粋に困惑すると思う。
それは嫌悪感とかじゃなくて、サッパリ想像も出来ない類の相談だからだ。
だから恭一は少し迷ったけど「大丈夫だよ」と言って普通の世間話に切り替えた。井上君は優しいから、それ以上は踏み込んで来なかった。

「お疲れ様です、お先に失礼します」
「おー、お疲れー」

時間になったのでログオフして、決まり文句の挨拶をして席を立つ。
さっさと帰らないと先輩に捕まって無駄な話に巻き込まれてしまうので急ぎ足で行動して、エレベーターのドアが閉まるとほっと息を吐き出した。
しかし無音の狭い空間に一人でいると悩み事がまた顔を出す。

――どうしよう。
自分は性的に淡白だから別に今のままでも良いと言えば良いかもしれない……ごめん、嘘。
嘘を吐きました。
最近、というか少し前から李壱の近くにいるとちょっとソワソワします。キスをして、ほぅっとなった後ちょっとその先を期待します。考えてしまいます。だからインターネット先生に質問したんです。
そして何より「ああ、李壱は待ってくれているんだな」と漠然と思うことが増えたのもまた事実だ。

溜息を吐いたのと同時に一階について、ドアが開く。
エレベーターから降りて駅へ向かおうと建物の外に出た時、誰かに肩をポンと軽く叩かれた。

「『タカミヤくん』じゃん! ねえ、井上君まだ会社にいる?」
「……え?」

だ、誰だ? と恭一は思わず身を固くした。
恭一と背丈はそう変わらないが目の前の男性はとてもお洒落で、何と言うか至る所まで目と手が行き届いているような印象を受ける。
自分と言うものをちゃんと理解していて効果的な魅せ方を心得ている……何と言うか、李壱に近いタイプのような気がした。でもどう考えても初対面だ。
こんなに華がある男性を忘れることは考えられない。
驚いて思わず固まる恭一を見て目の前の男性は「あれ?」と首を傾げたが「まあ良いか」と言わんばかりの明るい表情で口を開く。

「俺、奎吾。井上君のカレシ、よろしく! 井上君は俺のだから、くれぐれもよろしく!!!」
「え? あ……はい。はじめまして、ですよね?」
「え?! ……あ、そうだね。考えてみれば俺が一方的に知ってるだけだった、ごめんね!」

ぱん、と目の前で両手を合わせて屈託なく笑う「奎吾」と名乗った相手は、なんというか相手の懐に入り込むのがとても上手な人なんだろう。
だってそうじゃないと他人に対して警戒心がとても強い恭一はもっと危機感を抱くはずだ。
恭一は何となく憎めない奎吾に「いえ、大丈夫です」と返して……ふと気付いた。


「……カレシ?」


――誰の? え、井上君の? ほ、本当に?! い、井上君も男の人とお付き合いしてたの?
え、本当に?! でもそういうの会社の同僚に本人の同意なくこんなアッサリ言って大丈夫なの?!

「え? あの、奎吾さん? あの、僕一応井上君の同僚なんですけど」
「? 知ってるよ?」
「こういう……あのなんて言うんでしたっけ、カミングアウトって井上君の同意を得ていますか?」

自分だからまだ良いが、念の為こういったことは井上君が同席している場所で言った方が良いのでは? という老婆心的な気持ちから切り出すと奎吾はアッサリ言い切った。

「だってタカミヤくんどう見ても同類じゃん。バリネコでしょ? 一緒一緒! 俺、仲間を嗅ぎ分ける能力にはまーじで自信あるから絶対合ってるでしょ?」
「――???!!!?!?!!」

がばっと思わず恭一は奎吾の口を塞いだ。ここは路上だ。会社の真ん前だ。

――ちょっと待って?! どういう事?! 「ネコ」という言葉の意味を知ったのは最近のことだけど、え?!
僕ってそんな風にあからさまに見えているの?

奎吾の口を押えたまま硬直していると、後ろから控えめに声を掛けられた。

「奎吾君と、……え? 高宮君? どうしたの?」
「ぷはっ! 井上君お疲れー! ちょっと早く着いたから迎えに来たらタカミヤくんが出て来たからさ、俺井上君のカレシよろしく! って挨拶してたの」
「え? 二人とも知り合いだったの?」

井上君が目を丸くしている。どうやら何も知らないらしい。
でも今はそれよりももっと気になることがある恭一は顔を少し青くしながら井上君を見た。

――あなたの彼氏、なんとかして貰えませんか?

灰のようになった恭一の顔を見て井上君は少し驚いていたけれど冷静に一呼吸置いてから「場所を移そうか?」と提案してくれた。



「えー?! タカミヤくん外食駄目なんだ? じゃあ飲み物は?」
「あ、飲み物は平気です」
「オッケーオッケー! 色んな人がいるもんね、大丈夫だよ。俺が二倍食べたげるからお店も大丈夫だよ!」
「高宮君も奎吾君も何飲む?」

会社から程近い個室の居酒屋に何故か三人で入った。
僕は何故ここにいるんだろう? と一瞬思っていた恭一だったが奎吾の明るい言葉を聞いてかなり心が軽くなった。

ああ、良い人だな。
明るくて朗らかでかなりマイペースだけど自分の基準や常識を他人に押し付けない良い人だ。流石井上君の恋人だな。

そこまで考えて恭一は自分の恋人のことを思い出した。

「ごめん、ちょっとだけスマホ触って良いかな? 今日遅くなるって言ってなくて」
「いいよー! スマホくらい好きに弄りなよ! カレシでしょ? 相手」

けろっと言った奎吾の言葉に井上君がちょっと首を捻る。

「彼氏? ……ああ、恋人のことで悩んでいたんだね」
「え?! 何々タカミヤくん恋に悩んでたの? 聞かせてよー! 俺コイバナすっげぇ好き!」

ぐんぐん近寄って来る奎吾の圧に負けていると井上君がさり気無く止めてくれた。
そうしている間にまずは全員分の飲み物と軽い食べ物が届いたので本格的な会話が始まる。

「タカミヤくんのカレシの画像が見たい! あるでしょ? 一枚くらいあるでしょ? 俺の自慢のカレシは、井上君! ね、タカミヤくんのカレシを見せて!!!」
「え? あ……」

いつもの恭一なら絶対に見せない。
でも「男同士のセックス」について誰にも相談出来ず悩んでいた恭一にとって信頼出来る井上君とそのカレシであるあっけらかんとした奎吾はある意味最高の相談相手のような気がする。
だから恭一はおずおずとスマホを操作した。
なおこの間も井上君は静かに「嫌なら言ってね、僕が止めるから」と視線で教えてくれている。安心感がすごい。

「あの――こ、この人」

李壱が撮って送ってくれた二人のツーショットを表示したスマホをテーブルに置いて差し出すと、奎吾が大きな目をさらに大きく見開いて「うわっ!」と叫び、慌てて自分で自分の口を押さえる。


「ちょ?! 『リーチさん』じゃん! 翡翠のマスターじゃん!!! ちょっとマジ?! タ、タカミヤくんやば過ぎない? どうやって落としたの?!!!」


――なんですと?

思わず固まった恭一のかわりに井上君が質問してくれた。

「すごくカッコいい大人の男性だね。奎吾君、この方は有名なの?」
「有名有名! 超・有・名! この辺のネコが一度は抱かれてみたい憧れのタチ様だよ! あ、俺の不動のトップは井上君だからね♡ リーチさんは誰が誘っても口説いても完全スルーだから陰でインポ説とか本当はノンケ説とかが流れているレベルの鉄壁ガードを誇る超絶ミステリアスガイだよ!」


――なんですと?!


「ねえねえ、タカミヤくん!!! リーチさんって夜どんな感じなの?! やっぱすごいんでしょ? ねえねえ! まあ俺の井上君とはベクトル♡ が違うけど、すごいんでしょ?!」


興奮気味に前のめりで言ってくる奎吾の興味津々! が全面に出ている顔をぼんやりと眺めて恭一は思った。



――僕は、『小指説』を……推したいな。
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