神様は僕に笑ってくれない

一片澪

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17.ああ……腹立たしくて、憎たらしい。

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李壱の部屋に行って、あのベッドに二人で初めて一緒に乗った。
お泊りはもう何度となくしているけれど流石に同じベッドで寝るのはちょっと怖かった恭一の気持ちを察して李壱はいつも隣に布団を敷いて自分がそれを使い恭一にベッドを譲ってくれていたのだ。

押し掛け客人の分際で家主を床に寝せるのは気が引けると素直に申告した恭一に李壱は蠱惑的に微笑んで「私と一緒にベッドか、アナタ一人でベッドしか選択肢は無いのよ?」なんて言われれば「アリガトウゴザイマス」しか今までの恭一には言えなかったのだ。

――でも、今日は違う。
ギシリとあからさまな音がしてちょっと身体を跳ねさせると李壱はいつも通りに笑った。

「私ちょっと汗を流す程度で良いからシャワーしたいんだけど待っててくれるかしら?」
「僕は全然気にならないよ」

本気で気にならないので素直に言うと、李壱が優しく微笑む。なんか、すっごく甘ったるい感じで。

「やだもう可愛い。ちょっとだけ味見させてね」
「――?!」

いつもキスは優しく合わさって少し食む程度の触れ合いだったのに、初めて唇を舌の先で舐められた。
ぬるりというよりはちろっと様子見程度の感触だったが相手は李壱だと分かっているので驚いて目を見開きつつも大人しくしているとふっと小さく笑った吐息を感じて背筋が粟立つ。

全然嫌じゃないのに驚きから毛穴がぎゅうっとしたような気がしたのだけれど、当然鳥肌なんて立ってないから言葉のチョイスがおかしいのかもしれない。……でも今はそれ以上考えられなかった。

「どう? 嫌じゃない?」

至近距離でそう問われる。頷くだけで唇が擦れてしまいそうなレベルの近さで見る色素の薄い瞳は相変わらず余裕と理性が強いから恐怖も当然嫌悪も無いので微かに頷くと大きな両手で優しく左右の頬を包まれた。
左右同時に耳介から耳たぶまでを優しく撫でられるという人生初の経験に思わず驚いて小さく声を漏らすと、するりと舌が滑り込んで来る。

わー! わー! わー! 舌! 舌! 大人のキスだ!!! と騒ぐ自分と初めて身体の内側に李壱を招き入れたことに強い安堵を感じる自分が脳内で大騒ぎしている。
漫画やアニメとかでよく見る脳内を綺麗に二分割して繰り広げられる天使と悪魔のせめぎ合いのような騒動は、ものの数秒で終わった。

――だって、じれったいんだ。
そんな様子見みたいなことをしないで一気に好きに翻弄してもらって良いのに李壱の舌は恭一が少しでも拒んだり逃げる素振りを見せれば即いなくなってしまうのがハッキリと分かるくらい優しい。
どうしたらもっとしてもらえるかな……そんなことを考えた恭一は無意識に奥へと避難させてしまっていた自分の舌を少しだけ前に戻した。

巧みな舌使いなんて到底無理だから本当にちょん、と恭一の口内で舌同士がぶつかる。
でも、色々と敏い李壱はそれだけで察してくれたようで片手がするりと恭一の後頭部にまわり、逆の手が親指を頤に掛けてくいっと顔を持ち上げた。
余りにも自然かつまさに流れる様な動作に逆らうことすら思いつかず反射的にいつの間にか閉じていた瞳を開くと、李壱の目はとても優しく穏やかで――何より確かな理性をもって恭一の限界ラインを見定めようとしていた。

いつもの恭一ならそれに安心していた。
李壱は大人だから。
李壱は余裕だから。
李壱は優しいから。
だから、恭一が嫌がることは絶対にしない。だから大丈夫……ずっとそう思っていたのに、今はその余裕がなんだかとても憎たらしい。
今こんなことを思い出す必要なんて一ミリも無いのに何故か李壱から聞いた昔話が、奎吾の言葉が脳内を占領する。

――「色々試した」って、何処の誰と何を試し合ったんだよ。
――「生きているだけで溜まるのに、何処に放出するの?!」って、僕の知らない間に何処で放出してたんだよ。

知っている。これは完全な嫉妬だ。
あの日の李壱の言葉を借りるなら今の自分は「今更どうしようもない過去」にケチを付けようとしている。それも、結構盛大に。
瞳に宿る感情に変化が見られたのを察知したであろう李壱が舌を抜いて唇を離して何かを言おうとしたから、恭一は先に言った。李壱の言葉を封じる様に、ハッキリ言った。

「今お風呂に行ったら僕怒るから。怒って家に帰って、これからしばらく無視するから」

突然の言葉だったのに李壱は微かに目を瞬かせただけで、すぐに微笑む。でもその笑顔はいつもより妖艶さが強かった。


「すごく素敵な殺し文句ね」



何も聞かずに押し倒してくれて、ありがとう。






***





「ね、ぇもう大丈夫だと――思ッ?!」

何時間これをされているか分からない位の時間を掛けて拓かれた自分のとんでもない所の現状を訴えるけれど、長い指を出し入れする当の本人は余裕の表情で「んー?」と首を傾げるだけ。
違うな。「だけ」じゃない。
さっきからこうやって先を急かす度にまるで咎める様に中をごりっと嬲られる。コレ、地味にキツイ。

こんなにセックスって時間と手間が掛かるのか?
インターネット先生が見せてくれたあの動画は何というか、外国の家に男の人が数人いてソファの上で下半身丸出しのネコ? の人に誰かがふらーっと近寄って来て自分の勃起したペニスに雑に唾液を落としてはい挿入。はい抜去。はい挿入……みたいな感じだったから、アレほどスムーズにいかなくてももっと簡単だと思ってた。
少なくともキスでふにゃふにゃにされて、手で一度抜いてもらって、それからローションを使って指一本から始まる鍛錬のような時間がここまで長く続くとは全く想像していなかったのだ。

ねえ、コレ……李壱は楽しいの? めんどくさくないの?
先ほどから時折襲って来る確かな快感と、地道な開拓作業の合間にどうしても思ってしまう。捨て切れない理性が正気を保てと騒ぎ立てて頭を冷やすような思考を産み出してはせっせと恭一の頭に直接送り込んでくるのだ。

腕で顔を隠してたまに小さな唸り声を漏らしつつ色々な物を受け止めていると一旦動きを止めた李壱が後ろに挿入していない自由になる手で恭一の腕をいとも簡単に取り払う。

「アナタが欲しいって思ってくれるなら大歓迎だけど、さっさと終われーって意味で入れろって言ってるなら一生入れないわよ?」

アッサリと断言されて恭一は目を見開いた。

「な、何それ……」

じゃあ今のどう考えても長いこの時間は、李壱がしている行為は何の為のものなの?
新しい理屈の登場にそのままの疑問を問うと李壱は器用に片方の眉を上げる。

「私、今後の人生ではもう『セックス』しかしたくないのよ。自分以外の人間の身体を借りてする虚しい『オナニー』なんて二度とごめんなのよねぇ」
「――どゆこと?」

ただでさえこの手のことは恭一にとって難しいのに、今は長時間に及ぶ前戯を通り越した鍛錬に思考が鈍くなっているから殊更難しい。
少しぼやけた頭と上手く回らない舌で言った恭一にキスを一つ落として李壱は言う。

「例えばアナタは今の所ココと、ココがお好きみたいね」
「あッ?!――ちょぉ?! えッ?!」

それまでは満遍なく動いて時折ごりっと当たる位だったのに、的確に二ヵ所を続け様に責められて思わず身体が跳ねた。
声だって今までで一番大きく出てしまう。――急に、何?! と思わず慄いてしまうほど。
意味が分からず目を白黒させながら李壱の腕に爪を立てると彼は動きを止めて恭一の目を真っすぐに見た。

「いくらハジメテの子猫ちゃん相手でもこれだけ時間を掛ければそれなりに分かるのよ? だから、勢いで堕として食べちゃうのはそんなに難しく無いけど……なーんか小難しい妙なことを考えている『アナタ』を食べちゃうのは私的にちょっと違うのよねえ」

かぷり、とまた肩の辺りを軽く噛まれた。
さっきからやたらとそこを噛むけれど、何かあるのだろうか? そんな風に思考を逃がしたいけれど目の前の李壱は許してくれない。
ついさっきはずっと優しい李壱を不満に思ったのに、ちょっぴり優しくない李壱に疑問や不満を持つのは我が儘だろうか。
上手く言葉を出せずにぼーっと目を見ていると李壱はくすりと笑った。

「ねえ、なんでさっきお風呂に行ったら怒るなんて可愛い事言ったの? 教えてちょうだい」

お風呂? ああ、あの時か。
あの時はね。

「余裕なのが、嫌だったから」

するっと言葉がまた勝手に零れた。あれ? 僕は別にそんなことが言いたい訳じゃないのに、と冷静になろうとするとまた指が気持ち良い所を掠めて声が上がって勝手に背中が反る。
恭一が普通を保てなくなっているだけで、落ちて来る李壱の声はやっぱり普段と同じ優しい一定のトーンを保ったままだ。

「それが嫌なの? なんで?」

なんで? なんでそんな事聞くのさ。李壱は頭が良いくせにそんなことも分からないの?

ふっと心に先ほど感じた嫉妬がまるでボトルごと落としてまき散らした妙に粘つくインクのように広がってじわじわと滲んでいく。そこにはもう天使と悪魔の戦いのような綺麗な境界線なんて無い。ただただ、滲んで染み込んで範囲を広げて行くだけだ。

綺麗さっぱり拭き取ることも出来ないし、進行していく滲みを止める方法も無い。横方向だけじゃなく下方向にも深く深く染みていく。
だって心はフローリングのように平坦じゃないから。敢えて例えを探すなら厚手で毛足の長い絨毯のように嫉妬という名のインクを瞬く間に吸収してしまう。

――ああ、腹立たしい。憎たらしい。

仕方がないと、そんなことを言ったってどうしようもないと思うのが普通なのは分かっている。
でもやっぱり嫌だ。自分は李壱しか知らないのに李壱がいっぱい他を知っているのが嫌だ。上手なのが嫌だ。慣れているのが嫌だ。いつまで経っても余裕なのが嫌だ。

何処までが心の中だけの叫びで、何処からが声になっていたのかはよく分からない。
分からないけれど李壱は笑った。――それは、初めて見る余裕の欠けた男臭い笑みだった。


「あー……人が折角優しくって思ってんのに、お前ほんっと可愛いのな」

落ちて来た前髪を心底鬱陶しそうにかき上げてから李壱はベッドサイドの引き出しから何かを取り出した。
それは、未使用でまだ包装フィルムすら剥がしていないゴムの箱。
李壱は恭一が嫌な気持ちにならないように敢えて行為が途中で止まっても目の前でコレを開封してやるつもりだった。恭一がそこまで気付くかは不明だがスムーズにゴムを出していつかの使い残しを出して来たと思わせるのは絶対に嫌だったのだ。

でも、今はその気遣いの余地を残した自分自身のことがどうしようもなく煩わしい。
思い切りフィルムの上から箱を握り潰して空間を無理に作り、短く整えた爪で乱雑に箱ごと壊すように開封して目当ての物を一つ取り出す。
そして手早く装着してベッドの上でくったりとしている恭一の上に李壱は圧し掛かった。


「折らねえようにはするけど……ちょっと荒っぽくなっても許せよ」




――まあ、余裕のある俺に腹立ててくれるんだから良いよな?
俺も『セックス』すんのは初めてみてぇなモンだから、それで色々勘弁してくれよ。なあ、良いだろ?
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