聖黒の魔王

灰色キャット

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第3章・面倒事と鬼からの招待状

66・魔王様、ようやく決闘を始める

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「うん、それじゃあ始めるとしましょうか」
「ほう、いくら魔石の力で軽くなっておるとは言え、その華奢な身体でそこまで自由自在に扱うか……」

 感心しているように私の一挙手一投足を見ているけど……そんなに熱烈に見ないで欲しい。
 多少『ガングルウ』と呼ばれた大剣を振り回し、感触を確かめた後、しっかりとガンフェットを見据える。

 私の動きと同時にガンフェットがスゥッと目を細め、先程とは雰囲気を一変させる。それはまさに、戦う者のそれだった。
 随分待たせてくれたものだと少し肩をすくめ、私の方もしっかりと気持ちを切り替える。
 戦うならいつまでも浮かれた気持ちでいられるわけもない。

「それじゃ、心の準備はいい?」
「ふっ、もちろんだとも。手加減はするなよ?」
「ええ。最初からそのつもりよ」

 お互いにニヤリと笑みを浮かべ、構えを取る。
 ……動きが、時が一瞬止まったかと思った瞬間、ガンフェットが雄叫びをあげながら突進してきた。

「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 ありったけの力を込めて思いっきりその自慢の斧を振り下ろしてきた。
 見事なまでの一撃。これを繰り出された相手はまたたく間に一刀両断出来る程の威力を持っているだろうと感じることが出来る。

 だけど、それでも……

「…………」
「な、なにいいぃぃぃぃぃ!?」

 一瞬、その刹那。
 ガンフェットは何が起こったのかわからない、そんな顔をしている。
 周囲も同じような感じだ。兵士たちはガンフェットの応援をしようとしたのだろう。なにか言おうとしたところで世界が一斉に停止したかのように動きを止めていた。

 それはそうだろう。
 今まさにその『ガングリッド』とかいう武装の一つである斧が斬り落とされ、遠くの方で刃の部分が地面に突き刺さっている上に、首の部分に刃が当たってるのだから。

「……どう? まだ続ける?」
「あ、いや……。参った……」

 そう告げるガンフェットの首から剣を引き、鎧と武器を収める。
 ……正直、結構拍子抜けだった。

 ディアレイと近い実力を持ってるのかと思ってこちらも全力で応対したんだけど……。
 ガンフェットが全力で放ったであろう一撃は、とても遅く感じた。それをかわすのではなく、少し前に進んでそのまま柄の方を斬り上げ、反応される前に確殺出来る位置に剣を移動させる。私がしたのはたったそれだけのことだ。
 だけど正直、ここまであっさりと勝てるとは思わなかった。もう少しなにかあると思ってたんだが……。

「……驚いたな。まさか、ここまで差があるとは……」

 未だに良く状況が理解できてないような周囲を尻目に、フラフ達の方に歩み寄ると笑顔の二人が出迎えてくれた。

「ティファリスさま、すごい! よくわからなかったけど、すごい!」
「お見事でございます。お嬢様」
「ありがとう」

 二人が私に喜びの声を上げてくれた時、大歓声が沸き起こった。
 それは兵士達の声。状況の整理が追いついた時に理解した、強き勝利者を称えるもの。

「す、すすすっげぇぇぇ! なんだあれ? 見えなかったぞ!?」
「速すぎてつれぇ! 色々つれぇ!」
「南西の魔王は化け物か……」

 なんだかよくわからない声も混ざっているけど、まあ概ね私に対していい感情を向けてくれてるみたいだし、まあいいか。
 しばらく興奮が冷めやらぬといった様子の訓練場で、私が適当に手を振って応えたらまた歓声が上がるといった様子のことが続いたのだった。
 ……というかなんで自分のところの魔王が負けてるのにそうも喜んでるのだろうか。案外お祭り気分だったのかもしれない。
 ドワーフ族っていう種族はよくわからないな。





 ――





「はっはっは! いやはや参った参った。本当だったら兵士達にワシが勇ましく戦ってる姿を見せて発破をかけてやろうと思ったんだがなぁ。手も足も出らんかったわ」

 訓練場での騒ぎがようやく一段落し、玉座の間に再び戻った私達一行。
 玉座にどっかりと座って大笑いしてるガンフェットは豪快というかなんというか……その清々しい笑い方に、あれだけの大負けを一切気にしてないように見えた。

「それは、ちょっと申し訳ないことをしたわね」
「はっはっは、いやいや構わんさ。あれだけ速攻かまされて盛大に負けられたら逆に気持ちいい!」

 散々笑ってふぅ、と一息つくと今度は多少真面目な表情で私の様子を伺ってくる。

「決闘はティファリス嬢の勝利だ。約束通り、そちらに有利な形で同盟を結ぼうではないか」
「それなら――」

 その時、兵士が一人ここに入ってきた。
 慌てた、という様子でもなく、なぜか私を探しているかのようだった。
 だってキョロキョロと見回してたかと思うと、私の方を見て表情を明るくしたからね。

「何をしておる。今は会談の最中だぞ」
「はっ、いえ、あの……」
「構わないわ。私に用が有るんでしょう?」
「は、はい!」

 ガンフェットに凄まれてたじたじとなった兵士に助け舟を出してあげると、待ってましたとばかりに目を輝かせていた。
 構わないといったとは言え、多少は落ち着きを持てと言ってやりたくなる。

「実はティファリス女王様にお客様がいらして……」
「お客様?」

 誰だろう? というかガンフェットにじゃなく、なんで私なんだろうか。
 わざわざここまで来るなんてよほど大事な用なのかもしれないけど……。
 ちらっとガンフェットの方を見ると、彼の方は頷いてこちらに答えてくれた。

「ここで連れてきてもらえる?」
「は、はい! わかりました!」

 さて……私に会いに来る人物に見当がつかないんだけど、一体誰が出てくるんだろうか?
 ちょっとワクワクしながら待っていると、そこに現れたのは懐かしくも意外な人物だった。

「これはこれはガンフェット王、ティファリス女王! お久しぶりでござります!」
「お、あ、あんたは……」

 久しぶりに来た変な言葉遣いに他とは違う妙な衣装。鬼族特有の一本角。
 セツオウカの魔王セツキの一の家臣オウキの姿だった。

「誰かと思ったらオウキじゃない! 一瞬誰だかわからなかったわ」
「ははは! 冗談がお上手ですな!」
「冗談じゃないわよ。国境平原での戦争以降音沙汰なしだったじゃない」
「はっはは! これは、これは手痛い」

 テンション高く笑ってるのはいいけど、なんの用事でここまで来たのか早く言って欲しい。

「それで、名高きセツオウカの名将オウキがわざわざここまで来るほどの用ってのはなんだ? ワシの方も興味があるぞ」
「はっ、それでは早速。
 実はかねてからティファリス女王に豚を一匹預かっていただいていたのでござりますが……此度ようやく回収に伺った次第でござります」
「? あー、そんなのも居たわね」

 ふと私の国にいるタダ飯喰らいの存在価値皆無な豚が一匹いた事を思い出した。
 もう随分前にリーティアスから離れたし、その後は結構ドタバタしてたからすっかり忘れていた。

「ですのでティファリス女王にも是非とも我らが国セツオウカにいらしていただきたい……と我が主が対談を強く所望されておりまする。
 必ず、と厳命を仰せつかりましたので、こうして馳せ参じた次第でござります」
「それでわざわざオウキ殿が迎えに来たというわけか」
「その通りでござりまする。拙者以外、ティファリス女王と接点を持ち合わせておりませんので。
 ……ですがお探しするのに随分時間が掛かってしまいました。まさかグロアス王国の魔王を討伐した挙げ句、ここでガンフェット王と相対しているとは思いもよりませんでした」
「貴方が遅いからよ。こっちは大分待ったんだから」

 一年以上音沙汰無しでいきなりぽっと現れたって……と言った感じだ。

「貴方をずっと待ってるほど、こっちも暇じゃないのよ」
「オウキ殿相手にすごい言いようだな。ワシじゃとても真似できん」
「さすがティファリスさま、そこに痺れる、憧れる」
「いやはや……そう言われまするとこちらも弱いでござりますな」

 驚きやら尊敬やらの感情が飛び交う中、オウキの方は苦笑交じりでこちらの方に注目していた。
 とはいえ、このオウキが来た理由はわかった。ようやく、と言ったところか。

「まあいいわ。大体わかったけど……ちょっと間が悪いわね。今は私の領地となった元グロアス王国にちょっかいかけられないようにしないといけないからね」
「でしたら尚更ちょうどいいではござりませぬか。ティファリス女王は我らが主に招待を受けた身。セツオウカの客人にちょっかいをかける者などおりますまい」

 力説するオウキだけど、それは本当だろうか。
 ちらっとガンフェット王に目を向けると、頷いて応えてくれる。

「ティファリス嬢がセツオウカに招待されたという事実が広まれば、間違いなく他の国は手を出さんだろうな。セツキ王に睨まれれば命どころか国すら危ういだろうからな。それについてはワシが率先して喧伝してまわろう」
「ということでござりまする。ガンフェット王との話し合いが終わり次第、拙者と共にセツオウカにいらしていただければ……」
「……わかったわ。そういうことなら会談というほどのものも無いし、同盟を結ぶ件については後回しにしましょう。決闘での結果は双方の文書に記載されているし、後回しにしても問題はない……でしょう?」

 笑みを浮かべていると、ガンフェットの方もやれやれといった様子で今回の同盟はまた後日改めてということになった。
 その間にリーティアスの状況や世界の情勢を鑑みて、こちらに有利になるよう条約をまとめてくれるとのことだ。

 こういう時、本当に有利になるのか、という疑問が残るだろう。
 けど、そういう疑問を解消してくれるのがこの決闘の際に使われる文書というわけだ。

 これが有る限り、『決闘管理委員会』だったか……それが厳しく責め立て、最悪反故にされた側が報復行為に出たとしても問題はないというわけだ。
 一応色んな国々に拠点があるらしいからね。後々ガンフェットから聞いた話によると、セツオウカのセツキ王を含んだ上位魔王が数人ほど運営に関わっているらしく、だからこそ各国の影響力が強いとセントラルの方では言われているそうだ。

 そういうわけで私の方は安心してリンデルを後にし、一度リーティアスに戻ることになったのだった。
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