聖黒の魔王

灰色キャット

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第3章・面倒事と鬼からの招待状

69・魔王様、鬼の国に向かう

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「……ある程度終わったみたいね」

 アシュルとの会話が終わって以降、引き続き小山を崩しに掛かったおかげでほとんど片付けることに成功した。
 後は机の上に山積みになっている書類――しかもそこそこ重要な案件ばかりなんだけど……まだ時間があるものばかりだし、後回しにしても大丈夫なものだったり、フェンルウ達にでもなんとか出来るものだろうから問題ないだろう。

 一段落ついたと同時に扉がノックと同時に開かれる。

「ティファリス女王、書類の整理はー……おお、かなり片付いておりまするな」
「オウキ……」
「はっはっは、申し訳ござりませぬ。様子を見に伺っただけなのでござりますよ」
「もう一段落着いたし、そろそろセツオウカに行く準備を整えようと思ってたところよ」
「ほう、それは嬉しき知らせでござりまするな!」

 大げさに驚くようにオウキが喜んでいる。
 全く……この男の一々大きいリアクションはなんとか出来ないのだろうか? ま、嫌いではないけどね。

「それで、出立はいつ頃に?」
「朝食が済んですぐに行くわ。アシュルを同行させるけど、問題はないわよね?」
「それは……」

 微妙にためらうように言葉を濁してるようだけど、まあ考えは読めている。

「オーガルとシュウラは任せるからね」
「や、やはりでござりますか……承知致しました」

 落胆するっていうか、落ち込んだように肩を落としたみたいにため息を少しついてる。
 大方私にオーガルかシュウラのどっちかを任せようとしたんだろうけど、そうはいかない。
 シュウラはオウキが持ち帰るのが当然だし、オーガルはセツオウカに引き渡す予定なんだから尚更だ。

 アシュルの背中にくくりつけてもいいんだけど、それは流石に可哀想だしね。
 その点オウキにはなんとも思わないし、むしろ当然みたいな雰囲気すらある。なんの問題もなかった。
 もうすでに一度、シュウラを背中に乗せてるわけだしね。





 ――





 食事が終わって直ぐ、準備を整えた私は早速ワイバーンの前までやってきた。
 食料などの旅への必需品などは相変わらずアイテム袋の中で、入れられない持ち物はシュウラくらいのものだろうし、ほとんど必要なかった。

「ティファさまー、おまたせしました!」

 アシュルも……ってなぜかフェーシャ、ケットシーの二匹も一緒にきてるし。

「アシュルはともかく、フェーシャ達はどうしたの?」
「お見送りですミャ」
「ボクもですニャ。後、セツオウカから戻ったらボクもケルトシルに戻ろうかと思いますニャ」
「あら、決心したわけね」
「ボクもいい加減戻らないと国に申し訳ないですしニャ。皆に認めてもらえる魔王を目指して頑張ろうと思いますニャ」
「わかった。ならなるべく早く戻ってくるからね」

 見送りに来た二匹たちがにゃーにゃー言ってるのを背に、私達はさっさとワイバーンに乗り込むことにした。
 ちなみにオウキの方は背中に気絶させておいたオーガル、更にオーガルの背にシュウラという順番で『チェーンバインド』によって縛り付けられている。
 変に縄とかで縛るよりもずっと頑丈だし、壊れることもない。

「あの、ティファリス女王……流石にこれはどうかと思うのでござりますが……」
「くっふふふ、似合ってるわよ」
「てぃ、ティファさま、ふふ、ちょっとあんまりではないかと……」

 ワイバーンで詰め寄ってきたオウキが情けない声を上げてるみたいだけど、そんなものは知らぬ存ぜぬ。

「……さっ、行くわよ」
「あっ! 待ってくださいでござります!」
「アシュル! しっかり掴まってなさい!」
「は、はい!」

 これ以上の問答は無用だと言わんばかりにワイバーンに飛び立つように指示を出してやる。
 オウキの方ももはや諦めたのか、同じように飛び立ち、私達を先導するように進みだした。それでいい。

「わー、すごい風が気持ちいいです!」

 私にしっかりと抱きついた状態のアシュルが耳元で大声で叫ぶように喜んでる。
 もしも私が男だったらここまで嬉しそうには出来ないだろう。ほら、背中に胸とか当てる形になっちゃうからね。

「ほら、あんまりはしゃいでると落ちるかもしれないんだから、気をつけなさいよ?」
「は、はいっ!」

 それから私達はワイバーンによる空の旅を再び楽しむのであった。
 最初の旅は後ろがオウキだったし、私の方も前回より楽しめそうだ。





 ――





 ――セツオウカ・首都キョウレイ――

 南東地域の山々に囲まれた高い土地に存在する国、セツオウカ。
 他の種族と違い、鬼族の魔王が治める国はここだけであり、その首都に向かうには領土内にある人工の洞窟を通っていくか、キョウレイへと続く大きな道を通るか、厳しい山道を歩いていくか……今私達がやってるようにワイバーンなどの空を飛べるものに乗ってくることだ。

 洞窟の方は二ヶ所存在していてそれら全てに街が造られている上、持ち物や目的などの詳しい検査を受けてようやく通れるようになるという。
 険しい山道を登って行くのは大体人には言えないことをしてきた者か後先考えてない者ということになる。断崖絶壁な部分もあって、下手をしたら生きて帰れない上、首都に無事到着したとしても街に入る為には門をくぐらなければならない。
 結局そこでも身体検査を受けなければならないのだからなんの意味もない。

 一回分の検査をすっ飛ばすために山登りをするのは馬鹿げてるため、大体は洞窟を通るルートを選ぶのだとか。
 だったら大通りの方を使えばいいんじゃないか? って思うのだけど、大通りの方は主に商業関係の鳥車が使うんだそうで、一般人はあまり……というよりまず使わないらしい。
 何が入ってくるか厳重に調べるのと、防衛の要のだからかいくつもの関所が配備されており、検査の方も並ではないのだとか。

 この大通りが流通の全ての為、ここが他国に占拠された場合交流は途絶え商品が入ってこなくなり、通常の国ならかなり手痛いダメージを受けるだろう。が、セツオウカ自体は自給自足でもなんとかなるため、他国の食料や特産物、武具が入ってこなくなる程度では全く困らないのだとか。

 天然の要塞に加えてセツオウカという国は首都さえ落とされなければいつまでも戦うことが出来るという恐ろしい国……ということだ。
 対空対地と対策もばっちりで、関所やセツオウカの町々は対魔障壁と呼ばれる魔法を防ぐ結界があって、キョウレイは常にそれに包まれているんだとか。
 まさに難攻不落の国といったところか。それに加えて隠し玉がいくつかあるらしいが……そこのところは秘密なのだと言われてしまって聞くことはできなかった。

 これらの話は全てオウキから伝え聞いたことだけど、これだけでもこの国と事を構えるのが面倒なのがわかる。
 火力で攻めようと魔王本人が攻め落としに行こうものなら、セツキ王が直接始末しに来るらしい。……最も、セツキ王のことを知らずに喧嘩を売るという命知らずはまずいないため、最近は平和でいいのだとか。

 そんな国の建築様式もこれまた一際変わっている。
 なんというかカワラとか呼ばれる粘土をカマで焼いた物を屋根に使っているのだとか。この時点ですでに他の国と違いすぎるせいで、この国だけ世界観間違えてるんじゃないかとすら思う。
 集団で暮らす長屋と呼ばれているタウンハウス式の家が主流の平民区。独立した家を持ち、兵士として前線に赴く者や、直接政治に関わる者も多い武士区。上流階級の者が住む大名区に、この国を支配する魔王セツキが住む城、と円状に構成されているらしい。

 最初『武士』という言葉に違和感を持ったけど、オウキに聞いたところによると、勇ましく強い兵士という意味らしい。
 つまり、お前達はこのセツオウカを守る最も強く、勇気ある兵士たちなんだと言い聞かせる為に造られた言葉ということだ。
 ちなみに『大名』の方も大いなる名を魔王に授けられし者、という意味を略して表したものなんだとか。

 だから普通の貴族とは違い、〇〇家の〇〇と言った感じで呼ばれているのだそう。侯爵だとか伯爵だとかの爵位じゃないからどれだけの力を持ってるかいまいちよくわからない欠点を抱えてるんだけど。

 大名区の方は他の街を管理する役目を担っているからか、キョウレイにはほとんど別荘レベルの家しか無いらしく、大概留守にしているのだとか。その分区画が小さいらしい。
 暑い季節でも涼しいから、セツキ王に会いに行くついでに避暑地として利用する程度なんだから別に困らないということ。

 さて、そんなキョウレイの城にワイバーンで降り立った私達は、思わず周囲を見回してしまった。
 他の地域とは明らかに違う景色が辺りに広がっており、全てが珍しく感じる。
 そんな事をしていると、相変わらずシュウラ・オーガルと背負ってるシュールな姿で私の隣にやってきた。

「ははは、ティファリス女王でもやはり珍しいでござりますか」
「そりゃあね。ここまで他国と違うのなんて早々ないわ。貴方の服といいこの城といいね」
「ここはご存知の通り周囲には険しき山がそびえ立っており、道らしい道はあの大きな通り道が一つ。周りの国との交流もその時期にはございませんでしたし、独自の文化を築いていくことになったそうでござりますよ」

 誇らしげに語るオウキには悪いが、そうは言っても色々独自過ぎるだろうと言いたくなってくる。
 その言葉遣いといい、建物といいね……。ま、その分食事とかも一風変わってるだろうし、期待はできそうだけど。

「ま、まあいいわ。とりあえずセツキ王のところに案内してもらおうかしら」
「もう少々お待ちくださいませ。今案内の者がこちらに向かっておりますので」

 おや? オウキが案内してくれるわけではないようだ。
 ここに来て一体誰がやってくるのだろうか……。

「オウキさんが直接案内してくれた方が早いんじゃないですか?」
「ふむ、確かにその通りでござりますが、あの者がどうしてもティファリス女王の姿を拝見したいとのことでござりましたので。
 セツキ王が興味を抱く人物、先にひと目見ておきたいというのがあの者の本心でござりましょう」
「それは別にいいんだけど、いつまでその格好でいるつもり?」

 指摘されるまで完全に忘れていたのか、「おお」とか言いながらようやく荷物を降ろしている。

「いやはや、軽かったのですっかり忘れていたでござりまする」

 はっはっは、とか笑ってるオウキを呆れた目で見ていると、正面からオウキとはまた違った服を着た男が目を輝かせてこちら……というか私を見ていた。
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