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第五節 分かたれた人と魔人編
第88幕 それでも側にいたいから
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セイルとなぜか義兄弟の契りを交わした俺は、細かいことは後で色々と教えてやることにした。
すぐにでも教えを請いたいという想いを向けるセイルの視線が少し痛いが、それでもまず先に話さなければならないのはイギランスについてだろう。
ルーシーも空気を読んでずっと黙ってはいるが、本当は早く話を聞きたいに違いない。
視線のほうが若干うろうろしていたしな。
「積もる話は多いが、今はまずイギランスの話をしよう。
こっちの得た情報もいい加減渡さないとな」
「その通りですわ! さあ、早くわたくしにも聞かせてくださいまし!」
待ってましたとでも言うかのようにルーシーが俺に催促を飛ばしてくるけど、そんなに急かさないでもきっちり話してやるから。
「まずは……いや、簡潔に言おう。イギランスでエンデハルト王がなにかの道具越しに誰かと話していたのを確かに見た。
三度目の【英雄召喚】と……その道具の向こうの誰かのところにいる勇者の話だ」
「三度目の……【英雄召喚】」
どこか寂しい表情をするルーシーは恐らく悟ったのかも知れない。
イギランスは別に彼女を失ったことを一切惜しんでないことを。
いや、半年間世話をしたという情くらいならあるかも知れないけど、それ以上のものはないということを。
「そうね、後はこんな事も言ってたわ。
『我らはかつて同じ地で生きた者、この世界で数少ない同志』ってね。
合言葉みたいに交互に言ってたけど」
「……それに『異世界』とか『新しい人生』って言ってたね」
「新しい人生……」
シエラ、エセルカが俺の話を次ぐように言葉を口にしたら、今度はセイルが妙な顔をしてなにか引っかかると小首をかしげているようだ。
その事に答えを出したのは他でもないルーシーだった。
「セイルさんがクリムホルン王は『異世界転生』がどうとか仰っておられましたわね。
あまり信じたくはありませんが……その転生した方こそエンデハルト王なのではないでしょうか?」
「それは……」
くずはがなにか気づくような顔をして驚いたように口に手を当てていたが、今度はルーシーが疑問を口にする番とでも言うかのように不思議そうな顔をしている。
「ですが……それでも人を、民を本当に想っているのであれば、上に立つ者が誰であれ、問題ないのではありませんこと?」
「真に想ってるのならね。だけどイギランスの連中も魔方陣を使っていたとなれば……どうかしらね?」
この事実にルーシー以外の――俺と共にイギランスに渡った二人以外が全員驚き……信じられないとその目で語っていた。
「あの、使ってた人の中には……ヘンリーさんも……」
「う、嘘ですわ! ヘンリーさんがそのようなことを……」
あまりにも信じたくない事実に、悲鳴まがいのような否定の声をあげたルーシーは、よろよろと数歩後ずさる。
……それも当然だ。魔方陣っていうのは魔人が使う魔法。
人側から言えば、アンヒュルが使う邪悪な法ってやつだ。
そしてヘンリーはイギランスの勇者として【英雄召喚】で喚ばれた……いわば『希望』の象徴のようなものだ。
そんな人物が邪悪の象徴とも言える魔方陣を扱うなんてこと、到底信じられることではないだろう。
「異世界から転生した王が【英雄召喚】で勇者を呼び寄せ、その一方で魔方陣を扱うアンヒュルを城に招き入れる……これが本当に真っ当な王のすることか? 民を想っていると……思えるのか?」
俺の言葉にルーシーはうなだれるように座り込んでしまった。
くずはが気を利かせるように椅子を用意してくれたおかげで地べたにへたり込むということにはならなかったが、それでも相当ショックを受けた様子だった。
少なくともくずはもショックを受けているだろうに、本当に強くなったな。
「……少なくとも、俺は思えねぇな。
信用できない。それは……クリムホルン王も繋がってる可能性が高いってことだろ?」
「……そうなるな」
一番最初に口を開いたのはセイルだった。
既に疑っていたこともあってか、セイルの心は決まっていたようだな。
「はぁ……ヒュル――人と関わりをもつ魔人がこうも多いなんてね。
それにわざわざ魔方陣を教わりたいってのも出てきてるし……」
「少なくとも、前のようにただ黙って言うこと聞く、ってわけにはいかなくなったかもね」
くずはも既にクリムホルン王に疑念があったのだろう。
事実を飲み込むのに時間はかかったが、受け入れたらそこにはさっぱりとした表情を浮かべている彼女の姿があった。
「でも、これからどうするのよ? 黙って国についていく気はない……かと言ってどこに行けば良いのかもわからないんじゃ……」
「くずはの意見ももっともだ。だからしばらくはここに留まっていつでも動けるようにしておこうと思ってる」
ジパーニグとグランセストの境に近い町であるダティオに留まるということは、襲撃の可能性も高まるということだ。
だけどそれ以上に、今は自分たちの気持ちを整理する時間が必要なはずだ。
特に……エセルカとルーシーの二人には、な。
その事を全員に説明すると、納得は行かないようで何度か問答することになったが……決め手になったのはやっぱり先述のルーシーが心ここにあらずといった様子で考え込んでいたことと、くずはがジパーニグの勇者として努めを果たしている内は大掛かりなことはできないだろうと踏んでのことだった。
誰かが動けない状態である以上、置いてけぼりにするわけにもいかないし、まとまった人数が移動するにはそれなりの準備がいる。
これを機に、しばらくじっくり休むとしよう――備えることもまた戦いだからな。
すぐにでも教えを請いたいという想いを向けるセイルの視線が少し痛いが、それでもまず先に話さなければならないのはイギランスについてだろう。
ルーシーも空気を読んでずっと黙ってはいるが、本当は早く話を聞きたいに違いない。
視線のほうが若干うろうろしていたしな。
「積もる話は多いが、今はまずイギランスの話をしよう。
こっちの得た情報もいい加減渡さないとな」
「その通りですわ! さあ、早くわたくしにも聞かせてくださいまし!」
待ってましたとでも言うかのようにルーシーが俺に催促を飛ばしてくるけど、そんなに急かさないでもきっちり話してやるから。
「まずは……いや、簡潔に言おう。イギランスでエンデハルト王がなにかの道具越しに誰かと話していたのを確かに見た。
三度目の【英雄召喚】と……その道具の向こうの誰かのところにいる勇者の話だ」
「三度目の……【英雄召喚】」
どこか寂しい表情をするルーシーは恐らく悟ったのかも知れない。
イギランスは別に彼女を失ったことを一切惜しんでないことを。
いや、半年間世話をしたという情くらいならあるかも知れないけど、それ以上のものはないということを。
「そうね、後はこんな事も言ってたわ。
『我らはかつて同じ地で生きた者、この世界で数少ない同志』ってね。
合言葉みたいに交互に言ってたけど」
「……それに『異世界』とか『新しい人生』って言ってたね」
「新しい人生……」
シエラ、エセルカが俺の話を次ぐように言葉を口にしたら、今度はセイルが妙な顔をしてなにか引っかかると小首をかしげているようだ。
その事に答えを出したのは他でもないルーシーだった。
「セイルさんがクリムホルン王は『異世界転生』がどうとか仰っておられましたわね。
あまり信じたくはありませんが……その転生した方こそエンデハルト王なのではないでしょうか?」
「それは……」
くずはがなにか気づくような顔をして驚いたように口に手を当てていたが、今度はルーシーが疑問を口にする番とでも言うかのように不思議そうな顔をしている。
「ですが……それでも人を、民を本当に想っているのであれば、上に立つ者が誰であれ、問題ないのではありませんこと?」
「真に想ってるのならね。だけどイギランスの連中も魔方陣を使っていたとなれば……どうかしらね?」
この事実にルーシー以外の――俺と共にイギランスに渡った二人以外が全員驚き……信じられないとその目で語っていた。
「あの、使ってた人の中には……ヘンリーさんも……」
「う、嘘ですわ! ヘンリーさんがそのようなことを……」
あまりにも信じたくない事実に、悲鳴まがいのような否定の声をあげたルーシーは、よろよろと数歩後ずさる。
……それも当然だ。魔方陣っていうのは魔人が使う魔法。
人側から言えば、アンヒュルが使う邪悪な法ってやつだ。
そしてヘンリーはイギランスの勇者として【英雄召喚】で喚ばれた……いわば『希望』の象徴のようなものだ。
そんな人物が邪悪の象徴とも言える魔方陣を扱うなんてこと、到底信じられることではないだろう。
「異世界から転生した王が【英雄召喚】で勇者を呼び寄せ、その一方で魔方陣を扱うアンヒュルを城に招き入れる……これが本当に真っ当な王のすることか? 民を想っていると……思えるのか?」
俺の言葉にルーシーはうなだれるように座り込んでしまった。
くずはが気を利かせるように椅子を用意してくれたおかげで地べたにへたり込むということにはならなかったが、それでも相当ショックを受けた様子だった。
少なくともくずはもショックを受けているだろうに、本当に強くなったな。
「……少なくとも、俺は思えねぇな。
信用できない。それは……クリムホルン王も繋がってる可能性が高いってことだろ?」
「……そうなるな」
一番最初に口を開いたのはセイルだった。
既に疑っていたこともあってか、セイルの心は決まっていたようだな。
「はぁ……ヒュル――人と関わりをもつ魔人がこうも多いなんてね。
それにわざわざ魔方陣を教わりたいってのも出てきてるし……」
「少なくとも、前のようにただ黙って言うこと聞く、ってわけにはいかなくなったかもね」
くずはも既にクリムホルン王に疑念があったのだろう。
事実を飲み込むのに時間はかかったが、受け入れたらそこにはさっぱりとした表情を浮かべている彼女の姿があった。
「でも、これからどうするのよ? 黙って国についていく気はない……かと言ってどこに行けば良いのかもわからないんじゃ……」
「くずはの意見ももっともだ。だからしばらくはここに留まっていつでも動けるようにしておこうと思ってる」
ジパーニグとグランセストの境に近い町であるダティオに留まるということは、襲撃の可能性も高まるということだ。
だけどそれ以上に、今は自分たちの気持ちを整理する時間が必要なはずだ。
特に……エセルカとルーシーの二人には、な。
その事を全員に説明すると、納得は行かないようで何度か問答することになったが……決め手になったのはやっぱり先述のルーシーが心ここにあらずといった様子で考え込んでいたことと、くずはがジパーニグの勇者として努めを果たしている内は大掛かりなことはできないだろうと踏んでのことだった。
誰かが動けない状態である以上、置いてけぼりにするわけにもいかないし、まとまった人数が移動するにはそれなりの準備がいる。
これを機に、しばらくじっくり休むとしよう――備えることもまた戦いだからな。
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