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第十二節 人の国・裏の世界 セイル編

第222幕 シアロル脱出

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 そこからの展開はかなり一方的だった。
 なにしろ炎の魔人は壁を貼って防戦一方にしていたからだ。
 どろどろに溶けるような灼熱の溶岩のような壁が爆発も銃弾も防いでいるようだった。

 それじゃあ前と状況は変わらないだろうと思いもしたけど……それは一切を寄せ付けない圧倒的さを秘めていた。
 いくら銃撃が加わっても灼熱の壁は微動だにせず……結果――

「くっ……はあっ……」

 ヘルガは俺と同じように魔力切れ寸前まで追い込まれていた。
 ここが城の地下で、地下都市の上という中間の位置であることが幸いしたらしい。
 なにか動きが制限されているというかのように今いる戦場に苦々しげな思いをぶつけているような視線を感じるけど……大方一発で蒸発してしまいそうな威力のものを使おうとしていたのだろう。冗談じゃない。

 炎の魔人は余裕そうにヘルガを見据えて……そっと手をかざす。
 それだけで巨大な炎の弾が空中に浮かび上がって、ヘルガめがけて飛んでいく。
 彼女はそれを別の場所に転移して回避するけど、見るからに疲れている様子だった。

 それもそうだろう。あれだけ絶えず魔方陣を展開し続けることが出来たんだ。
 いくら彼女の魔力が多いと言っても限度がある。というか、これだけやりたい放題やって疲れただけとか色々とおかしい。
 俺が何十人いたら彼女の魔力量に届くのだろうか? と疑問が湧いて出るほどだ。
 確かくずははかなり低いらしいし……勇者というのはどうしてこうも違うのだろうか?

 魔方陣で銃を召喚して攻撃するのに限界を感じてきたのか、ヘルガは自分の魔方陣を回避するだけに使用していた。
 大方、俺が生み出した炎の魔人が消えるのを待っているのだろう。

 いくら生命を吹き込んだって言ってもあれの本質は魔方陣で作り出した魔法だ。
 発動した瞬間使い切るようなものじゃなくて、吸い取った分の魔力を溜め込んで消費していくタイプだ。
 俺が与えた魔力が切れれば、あれは消えてしまう……。

 それがわかっているからこそ回避重視の動きをしているのだろう。
 なにが恐ろしいって、冷静さを欠いて荒ぶっていた呼吸がいつのまにか落ち着いていて、最初のときと同じような戦い方をしだしたということだ。
 そんな彼女の目は『アレが消えたら確実に殺す』という目をしている。

 だけどな……そんなの待ってる暇はないんだよ。

「スパルナ! そっちはどうだ!?」
「終わってるよー!」

 荒くなった呼吸を整えて、スパルナのことを大声で呼ぶと、後ろの方から同じくらい大きな声で返してくれた。
 とことこと大きく手を振りながらこちらに近づいてきてくれていて……ルーシーの方を見るとボロボロにされていた。

 昔なら可哀想だとかそういう気持ちが湧いて出たかもしれない。
 だけど今は敵なのだからそんな同情の気持ちなんて一切ない。

「よし、俺が魔方陣で呼び出したあいつが戦っている間に逃げるぞ」
「……戦わないの? あの子、押しているように見えるけど?」
「見えてるだけだ。あいつが消えた途端、俺たちを取り囲むように魔方陣を展開してくる。
 出来るならさっさと逃げてしまったほうが利口だ」

 今の俺ではここまでだ。
 炎の魔人を呼び出した俺の魔力は限界に近いし、身体も立っているだけでやっと。
 対してヘルガのやつは疲れた様子を見せているだけで、俺とは疲労の度合いが違いすぎる。
 守られている内にさっさと逃げる。それが一番だ。

「……わかった。それじゃあ、早く逃げよう?」
「ああ。ちょっと肩を貸してくれ」

 俺はスパルナに寄りかかるように肩を借りて、とりあえずここから上に向かうことにした。
 その間にも忌々しげに俺に視線向けてきているヘルガだけれど、炎の魔人を野放しにすることはよくないと判断したのだろう。
 俺は視線だけで人を殺せんじゃないか? と思うほどのものを背後に感じながら……スパルナと一緒に大広間を出て、ある意味見慣れた部屋に辿り着くことが出来た。

 その後は部屋の窓から出て、スパルナにもう一度鳥の姿になってもらう。
 正直ヘルガが今すぐにでも迫ってくるような恐怖が頭の中にまとわりついて離れない。
 結果的には痛み分けの今回も……内容的には俺の負けのようなものだったからな。

 他にも追手が現れるかもしれないとも思っていたけど、そんなことは一切なくて……シアロルを離れてグランセストへと帰ることが出来た。

 無事にシアロルを脱出したときの安堵感は半端じゃなかった。
 けどそれと同時に見逃されたような気もした。

 本当にシアロルから出したくないのだったら、城にも兵士なり勇者なりを配置しても良かったはずだ。
 あの広場にヘルガたちを配置した皇帝だったらやりかねない……ことだからこそ、やっていないのに疑問を感じた。

 もちろん、ヘルガなら成し遂げてくれるという絶対的信頼感があったのかも、という考え方だって出来る。
 どこまでがあの人の思惑なのかはわからないけど……今が大丈夫なら、良いのかもしれない。

 というか、ヘルガと戦って二度も生き残れただけで嬉しさが全身に染み渡っていく。
 あれはこの世に具現化した死神なんだと改めて自覚した一戦だった。
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