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第十三節 銀狼騎士団・始動編

幕間 切札の投入の刻

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 グレリアがジパーニグ・アリッカルの両軍に甚大な被害を与え、見事に撃退して数日。両国の王はそれぞれの水晶玉を使い、とある人物に連絡を取っていた。

 新しい発想。知識を元に作られた対魔人用の武器防具を携え、それなりに戦果を上げていたはずの軍が突如として半壊。しかもそれがたった一人の魔人によってもたらされたという報告を受ければ、その胸中は穏やかではいられないだろう。

 アリッカル側にしても未知の魔方陣を使われ、かなりの被害を与えられてしまった。【バーンブラスター】の浄化陣(魔方陣)を刻んでいた盾は全て持ち帰り、装備的な損害は受けてないが、それ以上に魔力の多い兵士たちが何人も犠牲になってしまったのだ。自分たちの陣営が有利だったところに、急激に叩き込まれた一撃。そして次々と降り注いた魔方陣の数々。

 全ての報告を受けたアスクード王が激怒するのも無理からぬ話であった。

 両国の王が自室の水晶玉の前で今か今かと待っていた時……ようやく待ち望んでいた者が回線を開いた。

『国の王が二人同時に連絡してくるとは、穏やかではないな。侵攻に問題が出たか?』
「問題!? 問題だと!? 敵にあのような力を持つものがいるなど、聞いておらんぞ!」

 繋がった先――シアロルの皇帝ロンギルスが話をしようとした瞬間、まくし立てるようにアスクード王は怒鳴り散らした。
 それに不快感を示したのはクリムホルン王。彼にもアスクード王の気持ちはわかるが、それを連絡先の相手であるロンギルス皇帝にぶつけても仕方ないという思いが強かったからだ。
 その上、下手をすれば自分たちの立場が危うくなってしまうかもしれない……そういう考えが脳裏によぎったからこそ落ち着きを保っていられた。

「落ち着け。……私もアスクード王と同じ気持ちだ。
 貴方に命令で差し向けた兵士たちは、たった一人の相手にかなりの痛手を受けた。【バーンブラスター】も防がれたそうだ」
「こちらは見たことのない魔方陣を次々と発動され、あっという間に甚大な痛手を被った。それまでの有利をそれだけで覆され、撤退を余儀なくされたのだ」

 クリムホルン王のおかげである程度冷静さを取り戻したアスクード王は、少々息を切らせながら報告を済ませた。
 二人の言葉を聞いたロンギルス皇帝はしばらく黙っていたが、やがて嬉しそうな笑い声を上げる。

『クククッ……ハハハッ! なるほど。我らの予想の上を行くというわけか』
「笑い事では済まない! これでは何のために――」
『落ち着け』

 恐ろしく冷たい声音で発せられた一言に、両国の王は背筋が凍る思いだった。
 心底愉快そうに笑った後の暗い感情を抑えるような様子のロンギルス皇帝の考えることが二人には理解できなかったのだ。

『予定を変更する。少々早いが、例のアレを投入する。貴様らの国にも配備してあるはずだが、それらはどうなっている?』
「アレ……。あの兵器のことか? メンテナンス自体はしているが……まさかあれを?」
「……確かにアレを使えば戦況は一変するだろうが、あの力は強すぎるのではないか?」

 先程炎のように攻め立てていたアスクード王は打って変わって正気を疑うような声音で質問を投げかけていた。彼がそんな事を思うほど、ロンギルス皇帝の言葉は信じられないものを宿していた。

『兵器というのは飾って楽しい道具ではない。使ってこそ価値のあるものだ』
「……わかった。全て投入する。それでいいんだな」
『問題ない。ジパーニグ・アリッカルはしばらく体勢を立て直すことに終始しろ。グランセストにはシアロルとイギランスで攻めに行く。その際、ジパーニグの勇者を使うことになるが……構わんな?』
「了承した。そちらに向かわせるから好きなように使ってくれ」

 聞いているような口調でロンギルス皇帝は話しかけているが、実際は確定事項を口にしているだけである。決定権は皇帝の方にあり、二人の王には存在しない。だからこそ否定することはせず、クリムホルン王はさっさと受け入れてしまった。

『よろしい、それでは見せてあげようではないか。自らが拠り所にしているものの脆さを。我らの力でな』

 含みのある笑い方をしたロンギルス皇帝はそれだけで回線を切断してしまった。
 二人に残ったのはなんの応答もしない水晶玉のみ。

「まさかアレを使うということは……あの御方もそれだけ本気ということか」

 クリムホルン王は椅子の背にもたれかかりながら天井を仰ぎ見る。
 彼の目にはこれから起こるであろう出来事を予測しながら、憐れみの視線をグランセストがあるであろう方面に向けていた。

 本来ならばロンギルス皇帝の使用すると宣言した兵器は、もっと時間が経ってから――それこそ何世紀か後に使用する予定の物だったのだ。
 だが、皇帝の言うことももっとも。兵器とは使わなくても価値のあるものと、使うからこそ価値の出てくるものの二種類がある。今回の話に上がったものは明らかに後者のものだからだ。

 しばらくじっと動かずに物思いに耽っていたクリムホルン王は、事情を知っている者を呼び出し、勇者である司を向かわせる為に行動に移ることにしたのだった――
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