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第十四節 奸計の時・セイル編

第253幕 水龍の本気

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 俺が水龍を操ってることがわかってるのか、先程の黒い箱状のゴーレム(?)の惨状を見た他の黒箱は次々と、スパルナや背中に乗ってる俺の方を狙い始めた。

「ちっ……スパルナ、大丈夫か?」
「う、うん……なんとか。でも長く保たないよ」

 次々と放たれる大小の弾の数々は、ちょっとした雨と呼んでも差し支えない。
 これらの猛攻を辛うじてとは言え、避け続けていられるスパルナは本当に大した奴だ。普段の時はやっぱりまだまだ子どもで、甘えたがりな子だけれど、戦闘になるとやはり頼りになる。

 だけどいつまでもスパルナに頼りぱなしでいるわけにはいかない。
 俺は未だ留まってくれている水龍を使って次の黒箱を飲み込んだ。その間にも俺たちや水龍に激しい攻撃に晒されて行くんだけど、こっちからしてみたら相当怖い。
 いつ当たるかも知れないという恐ろしさはヒヤヒヤしたもので、それに加えて水龍に魔力を与え続けながら制御しないといけないこの状況……俺の精神をガリガリ削っていってくれる。

 スパルナの急旋回に身を屈めながら、なんとか二体目の黒箱を飲み込むことが出来たんだけど……水龍の体内にある黒箱はまだ原型を保っている。やっぱり、こんな体勢で魔力を与え続けるってのも難しい。
 飲み込まれた黒箱は相変わらず攻撃し続けてくるもんだから、水龍の修復に更に魔力を持っていかれてしまう。

「これは……きついな……」

 少しずつ不利になっていく戦況に息が乱れていくのを感じるけど、ここで諦めるわけにはいかない。
 ありったけの魔力を込めて、水龍の体内に存在する二つの黒箱を鉄くずに変えてやる。

 これで計三つ……。それでも全然減っているように思えないのは。その分攻撃に苛烈さが増しているからだろう。
 兵士たちに向いていた攻撃もこっちに来て本格的にやばい……そう感じたときだった。

 スパルナの行動を見透かしたかのような攻撃が発射される。回避するには難しく、俺の方は水龍の制御に魔力を使っている最中。『これは直撃する』そう悟って、ある種の覚悟を決め、身構えた時……弾は俺たちに当たる少し前で凍りついて動きを止めてしまった。

「……こ、これは?」
「た、たた助かったぁぁ……」
「間に合ったようですね」

『命』『治癒』の魔方陣を片手で構築していた声に俺は驚き、スパルナの声は震えていた。
 それもそうだ。いくら俺が身体を癒してやれば死なないとはいえ、間に合わなければ死ぬかもしれない一撃を冷静に受け止められるほどの余裕はなかった。
 幾多の攻撃で精神を追い詰められれば、そういう声も出るだろう。

 そして、そんな窮地を救ってくれたのは――空にいる俺たちに向けて大きな声で呼びかけてくれているアルディだった。

「魔方兵で援護します。セイルさんはあれの撃破に力を入れてください!」
「わかった!」

 どうやらこっちがあの黒箱の敵意を一身に受けてるおかげで被害は少なくなってきたようだ。それでも銃の部分が兵士たちを攻撃したりして全てを抑えられてるわけじゃないけど……それは仕方ない。

 アルディはすごいもので、その銃撃を掻い潜りながら『氷』の起動式マジックコードを中心に魔方陣を構築していってる。
 その一つ一つに練り上げるように密度の高い魔力が込められていて、黒箱の吸収力を超えた戦いを実現している。
 だけどあれは、相当魔力を消費するやり方だ。いくら防御には最小限に回してるとはいえ、ここまで高威力の魔方陣を連発すれば、すぐに魔力切れを起こしてしまう。

 アルディもそれを承知で動いているようで、少しずつ息を乱していても涼やかな顔で戦っている。

「俺も負けられないな……」
「行こう! お兄ちゃん!」
「ああ。行くぞ、スパルナ!」

 彼の勇姿に力を貰った俺たちは、負けじと攻勢へと転じた。
 水龍に倒れない程度に魔力を注ぎつつ、一つ、二つと黒箱を丸呑みにして腹の中で圧壊させていく。

 やがて向こうも不利を悟ったのか、突如魔方陣が輝いて周囲を霧に覆ってきた。
 大方これに紛れて更に攻撃を仕掛けてくるつもりだろうと思ってたんだけど……黒箱は射撃もそこそこに、来た道を引き返していくようだった。

 こっちは再度『索敵』『地図』の魔方陣を展開してたからそれがすぐにわかった。

 とりあえずこれからどうするか判断を仰ぐために、一度地上に降りると、すぐにアルディが来てくれた。

「どうする?」
「追わなくていいですよ。こちらもかなり被害が出ました。セイルさんたちが追っても私たちは助けに行けませんから」
「わかった」

 俺たちだけじゃ戦えても限度がある。恐らく身体を癒しながら逃げるか、そのまま吹き飛ばされるかのどっちかだ。
 アルディたちの援護がないのなら、こっちも無理する必要はない。

「ところで……その鳥はどこから?」
「あー、うん。説明すると長くなるんだが……こいつはスパルナなんだ」

 アルディは驚いた目をして俺とスパルナを交互に見てきた。それもそうだろう。彼には伝えてない……というか、ここに来てからスパルナは鳥の姿になったことなかったのだから。

「スパルナ。魔人の姿になってくれ」
「はーい」

 一応『魔人』って部分を強調して、スパルナにいつもの姿に戻るように促すと、彼はすぐに鳥から見慣れた子どもの姿へと変わる。
 すぐに身体が隠れる程大きな布を渡してやると、スパルナは手際良く身に纏った。

「は、はは。なるほど……まだ心の整理はつきませんが、納得しました」

 アルディは冷静を保ちつつ驚くという器用な真似をしていたけど、兵士たちからの被害報告を受け、すぐにいつもの調子を取り戻した。

 改めて戦場を眺めると、どこもかしこもぼこぼこになっていて、どれだけ凄惨な攻撃が行われたか嫌でも伝わってくる。

「やっぱり、こんなの間違ってる……」

 誰に伝えるでもなく呟いた言葉は、悲惨な戦場の大地に吸い込まれるように……消えていった。
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