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第二十一節・凍てつく大地での戦い編

第351幕 再戦の為に

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 みんなと久しぶりに会って、酒場で楽しく過ごした次の日。俺とセイルは二人で適当な店で食事をしていた。今後の事を話し合うためにだ。スパルナだけはセイルと一緒について来たがっていたが、セイルがそれを諭して、くずはやシエラたちと一緒に遊ぶことにしたようだ。

「悪いな兄貴。わざわざここまで……」
「別に構わないさ。俺もゆっくりと話をしたかったしな」

 適当なメニューを頼んだ俺は、改めてセイルの様子を伺った。出会った時には少し参ってる様子だった気がしたけど、今の彼は結構意気揚々としていて、落ち込みの欠片もなかった。堂々としているような気さえする。

「? どうしたんだよ? そんなにきょとんとした顔で」
「いや……再会してすぐはあんなに落ち込んでいたのに……と思ってな」
「あ、ああ。あの時は兄貴の顔見てちょっと安心したからかな。だけど、俺も後ろから見てくれるやつがいるから……」

 見てくれる奴……なるほど。スパルナのことか。前は俺の後ろを付いてくる印象があったけど、セイルもすっかり大人になったな。

「それに……俺のせいでヘルガを倒し損なったみたいだからさ」
「ああ……俺も気になったんだが……あれはロンギルス皇帝がセイルの原初の起動式アカシックコードを奪ったってことで間違いないんだよな? どうしてそんな事に……」
「ちょっと長くなるけど、聞いてくれ」

 それからゆっくりと食事をしながら、俺はセイルがシアロルに乗り込んでロンギルス皇帝に勝負を挑んだこと。そしてスパルナを人質にされ、負けを認めざるを得なかったこと。そして……皇帝の『奪』の魔方陣でセイルの『生命』の原初の起動式アカシックコードが奪われたこと……全てを。

「……なるほどな。大体わかった」

 気がついたら随分長いことこの店にいることになった。流石にあまり頼まないで長居するのもどうかと思ったからついつい頼んだけど、正解だったかも知れないな。ようやく話を終えたセイルは、喉の乾きを潤すように冷えたコーヒーを飲んでいた。

「まさか俺も魔方陣を奪われる事になるなんて思っても見なかった……落ち込んだよ。正直、このままいなくなってしまいたかった。だけどスパルナのおかげで……今の俺はここにいることが出来る」

 そう言い切ったセイルの表情は、清々しいくらいにまっすぐで、あまり直視出来ないほどの目をしていた。だが、思った以上に収穫はあった。

「話は戻すけど、ロンギルス皇帝は他人の起動式を奪うことが出来る。それは原初の起動式アカシックコードでも変わらなくて……俺はスパルナの無事と引き換えに、渡してしまったんだ……」
「そうか。……よく決断したな」

 セイルは悔しそうに顔を俯いていたが、これについて俺は責める事が出来ない。ロンギルス皇帝の事だ。あらゆる手を尽くして奪い取ってきたかもしれない。延々とスパルナを痛めつけられたかもしれない。そんな状況になった時の苦渋の選択は、彼も相当悩んだに違いないからだ。

「兄貴……俺を責めないんだな。あの魔方陣がなければ、皇帝もあの場にはやってこなかったはずなのに……」
「俺がもし同じ状況に陥った時、同じ事をしていたかもしれない。それよりも悪い状況に陥っていたかもしれない。そう考えると……お前を責める事なんて出来るわけがないだろう」
「兄貴……」
「それより、今後の事を考えよう。ロンギルス皇帝は恐らく、イギランスとシアロルの二国で戦力を整え、本格的な最終戦争を行うつもりだろう」

 ロンギルス皇帝は相応しい舞台と言っていた。それなら、それくらい大規模な事になるだろう。以前のように散発的に攻め入って来るわけじゃない。あのゴーレムも含めた最大戦力をぶつけて来るはずだ。ミルティナ女王にも既に事の次第を伝える為の兵士を送っているが、どうなることやら……。

「兄貴。出来ればロンギルス皇帝は……俺に戦わせてほしい」
「……本気か? 原初の起動式アカシックコードがない以上、今までと同じ戦いは出来ないんだぞ?」
「わかってる。それでも……このままじゃ、俺は前に進む事が出来ない。あの時、スパルナを盾にされて諦めた俺のままでは……終われない」

 じっとまっすぐ見たセイルの目は、静かに……はっきりとした強い意志が垣間見えた。俺は、その強さを信じる事にした。

「……わかった。俺はヘルガを討つ。ロンギルス皇帝は……お前たちに任せるよ」
「兄貴……ありがとう」
「構わないさ。だけど、何かあったらすぐに駆けつけるからな。お前たちが……みんながそうしてくれたように」

 今回の戦いはくずはもエセルカも……誰も逃げる事は出来ないだろう。ここに来てみんながそれを拒否するとも思えない。だからこそ、俺が必ずみんなを生きて帰す。
 ロンギルス皇帝との戦いはセイルに譲った。だからこそ、俺は俺の出来る戦いをしなければならない。

「さあ、そろそろ戻るぞ。お前の相棒が心配してるだろうからな」
「……ああ!」

 セイルはいい弟分を持ったと思う。あんなに好いてくれて、頑張ってくれるのだからな。
 俺は……セイルにとって、良い兄貴分でいられただろうか?

 答えはわからない。だが――きっと彼なら『当たり前だ』と答えるような……そんな気がした。
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