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236・隠密部隊(フィンナside)
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ティリアースの王都リティアは夜でも眠らない場所が存在する。繁華街の真逆に位置するそこは、大人の為の夜の街。男は女と熱い夜を過ごし、女は男と一夜の夢を見る。
そんな光景を、屋根の上で眺めていたフィンナは汚らわしいと感じていた。
必要な事なのは理解できるが、それでも彼女は妹のフォロウと一緒にソコに売られかけたという事実が、襲いかかってくる。子供を拐い、親からは金を要求し、子供は違法奴隷として売り払う……。そんな組織に捕まった事をどれだけ呪ったかわからない。
絶望の中にいた彼女達を助けたのは……アルファスを領地にしているラディン・リシュファス公爵だった。
瞬く間に違法組織の男達を制圧したその手腕は、今でもフィンナの心の中に残っている。
「隊長、全員揃いました」
頭の中で昔のことを思い出していたフィンナを現実に引き戻したのは、彼女よりも幼い、黒髪の魔人族の少年だった。
かつてエールティアを殺そうとした少年であり、現在はフィンナの下で隠密のいろはを教わっている最中だった。
「遅いです」
「だ、だけど――」
「言い訳無用です。行動が遅かった結果、見つかりでもしたら、どう責任取るです? これなら、吾一人の方が十分です」
ため息混じりに息を吐いたフィンナは、ジロリと少年を見つめ、周囲に潜んでいるであろう他の隠密達にも視線を向ける。
拙い気配の隠し方。どこにいるのか一目でわかる程の下手な潜み方。
そのどれもが、フィンナを呆れさせるには十分だった。
「それで気配隠してるつもりです? 指摘された途端に息を乱すなです。その隣は、なんで屋根に樽があるです? あり得ないものに隠れるなです」
次々と言い当てられ、隠れていた子達次々と現れる。それを見てフィンナはため息吐く。
「揃いもそろってこの体たらくは何です? 私達はこれから、エスリーア公爵家に潜入するのです。これじゃ、捕まりにいくようなものです」
フィンナ達の役目は一つ。エスリーア公爵家の不正の情報を入手し、それをラディンに伝える事だ。本来は彼女一人で行う予定だったのを、少年達が頭を下げて同行させてもらっていたのだが……。
「俺達だって一生懸命――」
「一生懸命やったから失敗してもしょうがないです? 吾達の仕事――ナメてるんです?」
静かに威圧するフィンナに怖気づいた少年達は身体を硬直させてしまった。
だがそれも無理もない。彼らは最低限の殺し技術を叩きこまれただけの捨て駒で、気配を隠すなんてことは素人同然だからだ。
「……すみません」
「お前達も命を救われて、それに報いたいというのなら、もっと命がけでやるです」
「……わかってるさ」
ぷるぷると震える拳は悔しさによるものだ。少年はエールティアに助けられた事に感謝していた。だからこそ、少しでも報いる為に隠密として切磋琢磨している……のだが、フィンナにぼこぼこにされてかなりへこんでいた。
もちろん、それで感情が揺らぐようなフィンナではないのだが。
「吾は任務をこなすです。お前達は互いに隠れ鬼をやるです」
「またあれかー……。あんな遊び何になるんだ?」
かくれんぼなのだが、今それが必要あるのか? と疑問を浮かべたような表情をしている少年に、フィンナは再びため息をついた。
「隠れる方は隠密行動。見つける方は気配を察知する能力を身に着けられるです。本気の隠れ鬼をし続ければ、良い修行になるです」
「……そうか。ただ遊びを教えてくれただけなのかと思っていた」
「吾とフォーがそんな事を教える訳ないです。全部お前達の修行です。しっかりやるです」
「わ、わかった」
「それじゃあ、吾は行くです。お前達は絶対に……絶対に! 付いてくるなです」
フィンナが念押しするのは、それだけ自分の仕事に誇りを持っているからだ。
少年達の事をお荷物としてしか思っていないフィンナにとって、自らの仕事を邪魔されることは耐え難い屈辱だった。
彼女にとって、エールティアの隠密を鍛え上げることなど二の次であり、最も優先すべき事はラディンの命じられた仕事を正確に、迅速にこなす事だった。
「言われなくてもわかってるよ。あん――師匠の仕事の邪魔は絶対にしない。そういう約束でついてきたんだからな」
「良い返事です。吾も時間が空いたら、出来る限り面倒見てやるです。だけど、少しは根性見せろです」
少しだけ不敵に笑ったフィンナは、言うだけ言うと夜闇に溶け込む。少年達に、まるでこれがお手本だと言うかのように目の前から堂々と走り去る彼女は、ふと気付いた事があった。
(そういえば、少年達の名前を聞いてなかったです。……まあ、もう少し腕を磨いてもらわないと名前を覚えるのに値しないですが。それより仕事をこなす方が先決です)
一応、弟子として教えているのだから名前くらい知っておいた方がいいだろう、と思ったフィンナだったが、すぐに思いなおすことにした。少年達に名前を聞きだす機会くらいこの先いくらでもある。今は与えられた仕事を忠実にこなそう。そう、心の中で思いながら、夜の屋根を駆け抜けるのであった。
そんな光景を、屋根の上で眺めていたフィンナは汚らわしいと感じていた。
必要な事なのは理解できるが、それでも彼女は妹のフォロウと一緒にソコに売られかけたという事実が、襲いかかってくる。子供を拐い、親からは金を要求し、子供は違法奴隷として売り払う……。そんな組織に捕まった事をどれだけ呪ったかわからない。
絶望の中にいた彼女達を助けたのは……アルファスを領地にしているラディン・リシュファス公爵だった。
瞬く間に違法組織の男達を制圧したその手腕は、今でもフィンナの心の中に残っている。
「隊長、全員揃いました」
頭の中で昔のことを思い出していたフィンナを現実に引き戻したのは、彼女よりも幼い、黒髪の魔人族の少年だった。
かつてエールティアを殺そうとした少年であり、現在はフィンナの下で隠密のいろはを教わっている最中だった。
「遅いです」
「だ、だけど――」
「言い訳無用です。行動が遅かった結果、見つかりでもしたら、どう責任取るです? これなら、吾一人の方が十分です」
ため息混じりに息を吐いたフィンナは、ジロリと少年を見つめ、周囲に潜んでいるであろう他の隠密達にも視線を向ける。
拙い気配の隠し方。どこにいるのか一目でわかる程の下手な潜み方。
そのどれもが、フィンナを呆れさせるには十分だった。
「それで気配隠してるつもりです? 指摘された途端に息を乱すなです。その隣は、なんで屋根に樽があるです? あり得ないものに隠れるなです」
次々と言い当てられ、隠れていた子達次々と現れる。それを見てフィンナはため息吐く。
「揃いもそろってこの体たらくは何です? 私達はこれから、エスリーア公爵家に潜入するのです。これじゃ、捕まりにいくようなものです」
フィンナ達の役目は一つ。エスリーア公爵家の不正の情報を入手し、それをラディンに伝える事だ。本来は彼女一人で行う予定だったのを、少年達が頭を下げて同行させてもらっていたのだが……。
「俺達だって一生懸命――」
「一生懸命やったから失敗してもしょうがないです? 吾達の仕事――ナメてるんです?」
静かに威圧するフィンナに怖気づいた少年達は身体を硬直させてしまった。
だがそれも無理もない。彼らは最低限の殺し技術を叩きこまれただけの捨て駒で、気配を隠すなんてことは素人同然だからだ。
「……すみません」
「お前達も命を救われて、それに報いたいというのなら、もっと命がけでやるです」
「……わかってるさ」
ぷるぷると震える拳は悔しさによるものだ。少年はエールティアに助けられた事に感謝していた。だからこそ、少しでも報いる為に隠密として切磋琢磨している……のだが、フィンナにぼこぼこにされてかなりへこんでいた。
もちろん、それで感情が揺らぐようなフィンナではないのだが。
「吾は任務をこなすです。お前達は互いに隠れ鬼をやるです」
「またあれかー……。あんな遊び何になるんだ?」
かくれんぼなのだが、今それが必要あるのか? と疑問を浮かべたような表情をしている少年に、フィンナは再びため息をついた。
「隠れる方は隠密行動。見つける方は気配を察知する能力を身に着けられるです。本気の隠れ鬼をし続ければ、良い修行になるです」
「……そうか。ただ遊びを教えてくれただけなのかと思っていた」
「吾とフォーがそんな事を教える訳ないです。全部お前達の修行です。しっかりやるです」
「わ、わかった」
「それじゃあ、吾は行くです。お前達は絶対に……絶対に! 付いてくるなです」
フィンナが念押しするのは、それだけ自分の仕事に誇りを持っているからだ。
少年達の事をお荷物としてしか思っていないフィンナにとって、自らの仕事を邪魔されることは耐え難い屈辱だった。
彼女にとって、エールティアの隠密を鍛え上げることなど二の次であり、最も優先すべき事はラディンの命じられた仕事を正確に、迅速にこなす事だった。
「言われなくてもわかってるよ。あん――師匠の仕事の邪魔は絶対にしない。そういう約束でついてきたんだからな」
「良い返事です。吾も時間が空いたら、出来る限り面倒見てやるです。だけど、少しは根性見せろです」
少しだけ不敵に笑ったフィンナは、言うだけ言うと夜闇に溶け込む。少年達に、まるでこれがお手本だと言うかのように目の前から堂々と走り去る彼女は、ふと気付いた事があった。
(そういえば、少年達の名前を聞いてなかったです。……まあ、もう少し腕を磨いてもらわないと名前を覚えるのに値しないですが。それより仕事をこなす方が先決です)
一応、弟子として教えているのだから名前くらい知っておいた方がいいだろう、と思ったフィンナだったが、すぐに思いなおすことにした。少年達に名前を聞きだす機会くらいこの先いくらでもある。今は与えられた仕事を忠実にこなそう。そう、心の中で思いながら、夜の屋根を駆け抜けるのであった。
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