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345・明けた日の事

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 ファリスを救出して、シュタインから色々聞いて……ようやく次の日を迎えた。
 既に様々な国の有力者に宛てた手紙をしたためていた。帰ってからずとこの調子だ。

「エールティア様、少しは休憩されてはどうですか?」

 部屋で可能な限り執筆していると、雪風が部屋の中に入ってきた。
 手には深紅茶と菓子が乗ったトレイがあって、心配そうな表情をしていた。

「ありがとう。でも、少しでも早くしないといけないからね」
「ですが……どれだけ急いでも間に合わないのでは?」

 雪風の言葉は事実だろう。どんなに急いでも確実に間に合わない。それはわかっている。だけど――

「無理だから諦める。そんな事……出来る訳ないでしょう。最善を尽くす。それが聖黒族の女王になるものとして正しい行いではないかしら」

 ……この世界で様々な事に触れた。どれも私にとって、大切な思い出達。それらを見捨てるなんて……とてもじゃないけれど出来ない。
 もう何も見捨てないと誓った。今更何を……と自分でも思う。だけど、私を温かく迎え入れてくれたこの世界を守りたい。

 だから、どんな些細な事にでも最善を尽くしてみせる。

「少しでも被害を減らす。可能な限り助ける。それが今の私に出来る事」

 既にフォロウを経由してお父様の耳には入っているはずだ。
 あの姉弟は特殊な方法で会話しているみたいだから、今頃は女王陛下にも報告が済んでいて、準備を整えていてもおかしくはない。

「エールティア様……」

 私の言葉に感極まったとでも言いたげな表情を浮かべている雪風の後ろの扉から音がなる。

「入ってちょうだい」

 静かに扉を開けてきたのは……普段は隠れ潜んでいるはずのフォロウだった。

「姫。姉者から連絡。領主様に伝えた。気を付けるように」
「ええ。ありがとう」
「用があるなら鈴を三度」

 それだけ言ってフォロウは消えてしまった。相変わらず素早い。端的に物事を放して消える姿は鬼人族の忍びそのものに見える。

「相変わらずですね。彼も」

 呆れた雪風は去っていったフォロウを見送っていった。
 初めて会った時は凄く言い合ったそうだ。彼女は真面目な性格だから、目上の相手にあんな態度を取る彼が許せなかったのだろう。
 よくそれで互いに許し合えるような仲になったものだ。私も知らない特別な事があったんだろう。

 みんな自分の人生を生きて未来へ向かっている。この二人が分かり合えたような世の中を守って見せる。

「そういえば、二人はどうなったの?」
「彼らはとりあえず見張りを付けて部屋にいてもらっています……が、大丈夫なのでしょうか?」

 再び不安そうな雪風の言いたいことは理解できる。二人を匿う上で、ファリスとローランの身の上を雪風にも話さなければならなかった。だから疑うのも無理もないだろう。
 それに、ファリスはあの子――ジュールを傷つけた。それが余計に不安なんだろう。

「心配?」
「当然です! 彼女は……!」
「わかってる。それを含めて、側に置くことを決めたの」
「ですが――!」

 強く食い下がるのも無理もないけど、もう決めたことだ。一度決めたら頑固だということを彼女も知っているだろう。

「大丈夫。私の側にいる以上、彼らに私達が不利になるような真似は決してさせない。もし裏切ったら……その時は私が始末をつける」

 それすら覚悟して私は彼らを側に置くことを決めた。しばらく二人でじっと見つめ合う。
 部屋に二人っきり。互いに熱を帯びた瞳で見つめ合う。

 これがもっと甘い雰囲気だったり、男の人だったりしたら……他人に見られたら大分不味い状況になっていただろう。

「エールティア様がそこまで仰られるのでしたら、僕もこれ以上何も言いません。ですがこれだけは忘れないでください。僕達は貴女様を慕っております。危険な目に遭って欲しくない……それだけはどうか――」
「……大丈夫。これが片付けば面倒事は大体片付く。決して貴女達を悲しませるような事はしないから」

 危険な事はしない――それを断言する事は出来なかった。だけど、可能な限り誠実に答えたつもりだ。
 この戦いが終われば……ダークエルフ族との『戦争』に勝利すれば、後継者問題以外の面倒事は残っていない……はずだ。そうしたら、また学園生活に戻ればいい。魔王祭も何もない平穏な生活にね。

 だからこそ、精力的に取り組んでいるんだけど……そんなに心配させては逆に負担をかけてしまうかもしれない。なんでもダメダメと言われれば余計に、ね。

「……少しだけ、休憩しましょうか」
「エールティア様!」

 机にペンを置いて一息つくと、雪風が嬉しそうな声を上げて明るい笑顔を向けてくれていた。
 尻尾があったら喜んでぶんぶん振り回していそうだ。

「ほら、用意してちょうだい。貴女も一緒に、ね?」
「……! ありがとうございます!」

 あまりにも嬉々として準備するものだから、思わず頬がにやけてしまう。
 忙しいのは確かだけれど……こういう時間があってもいい。

 穏やかな時間を守るために戦っているのだから……ね。
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