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368・北の国の王
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マデロームは元々魔人族とドワーフ族の国に分かれていたらしい。だから城も二つ存在する。どちらも冬の景色から逸脱している鉄の城で、重厚感ある建物は難攻不落の要塞のようでもある。
「エールティア殿下でございますね。お待ちしておりました」
門の前に到達したと同時に門兵から敬礼される。どうやら『次期女王陛下』から『殿下』に変わったみたいだけれど……それでも私には過ぎた敬称だと思う。
ティリアースにとって『殿下』というのは他国にとっての『王太子』に匹敵する敬称だ。
……いや、そうでもないか。
次期女王候補は私しか存在しない。もちろん、他の聖黒族の貴族や今後産まれてくるであろう子どもにもチャンスはあるだろうし、現時点ではという話だけどね。
「わざわざ話を通してくれていた……という訳ね。随分と準備が良いわね」
「貴女様のご活躍は耳にしております。どうぞお通りください」
憧れの目。何度か注がれた事があるけれど、やはり心地の良いものだ。
軽く微笑んで門を潜ると――そこには白い雪に彩られた鉄の城がはっきりと姿を見せる。遠くから見ていた時よりも遥かに美しく感じる。北国特有の暖かい服を身に纏って寒さを防いでいても尚、凍えそうなほど冷たく感じる。
雪景色に広がる重厚な城は、それだけで威圧感を与えてくる程だ。
中に入ってもそれは変わらない。城内部の冷徹なまでに無機質な鋼の色とそれを支える陽の光のように柔らかい明かりがコントラストになっていてティリアースが誇る城の数々とは違った表情を楽しませてくれる。
兵士達もきびきびと動いていて、無駄のない。冷たさすら感じる。他の国の普通の兵士達より明らかに練度が異なる。鍛錬に裏付けされた自信が彼らを支えているのだろう。どんな相手であろうと萎縮する事はないという意気込みが伝わってくるかのようだ。
私もそれに負けじと胸を張って玉座の間へと続く広い道を進み、威厳に満ちた装飾の施された大きな扉の前に辿り着いた。扉に付き従うように立っていた兵士が二人がかりでそれを開いて――広い部屋には兵士が道を作っていた。
その先にある血のように赤い玉座に座っているのは――屈強な肉体を持つ魔人族の王。厳しい冬の気候が育てたかのようなその肉体は、ドワーフ族にも引けを取らない。
「お初にお目にかかります。北の国の王。私は――」
いつも……のように貴族の令嬢らしい挨拶をしようとしたのだけれど――国王が片手をあげて途中で遮られてしまった。
「よい。そなたの活躍はこの国中――いや、世界中に知れ渡っておる。そのような御仁に先に名乗らせるなど、私には出来ぬことだよ」
おどけるように笑うマンヒュルド王は、静かにだけれど力強く立ち上がり、私のところに勇ましく歩み寄ってきた。
「さて、お初にお目にかかる。我が名はマンヒュルド・マデローム。この国の王にして、貴女に命を救われた者だ」
「命を……?」
今初めて会ったと本人も言っているのに、私がいつ救ったというのだろう? 頭の中に疑問が湧き上がって止まらない。
そんな戸惑っている私の様子をおかしそうにマンヒュルド王は見つめている。
「当然であろう。私とは――王とは即ち国。そして国民の一人一人が私の血であり肉であり、命である。戦火に巻き込まれた民草を救い、怪我を癒し助けた」
力強い笑みを浮かべているマンヒュルド王の話を聞いてようやく合点がいった。国と自分は一心同体なのだと……要はそう言いたいのだろう。一歩間違えればかなり危険な発想だけれど、嫌いではない。
「この国の民達の生活に触れ、共にしたこの身からすれば当然の行いです」
「ははは! 謙遜するな。しかし、我が国を気に入ってもらえたのなら嬉しい限りだ」
彼の本心からの笑みを受けて、私も自然と笑みが零れる。
最大の礼を尽くしているマンヒュルド王は、優雅に玉座に戻ってどっかりと腰を据える。
「それだけが理由なのではないのでしょう?」
たったそれだけなら、もっと後でも良いはずだ。落ち着いた頃合いを見計らって呼んでも全く問題にならない。
「ふっ、やはりわかるか。なに、簡単な話だ。此度の戦の元凶――その話を詳しく聞きたくてな」
「私がそれを知っている――と?」
「知らぬとは言うまい。副都で泳がせていたダークエルフ族だと思しきエルフ族と騒ぎを起こしていた事。私の耳に入らないと思うたか?」
……やっぱりそこからか。
隠れて移動していたけれど、結構派手に戦ったからね。泳がせていた……という事は誰かを潜ませていたか――それか遠くから見張っていたか。なんにせよ、私の事はばっちり知られているらしい。
水面下で動いていた彼らを気付かずのさばらせていただけかと思っていたけれど、中々どうして考えている王様だ。
「安心せよ。此度の戦いで尽力したそなたに嫌疑を掛ける意図は微塵もない。だが、敵対勢力の情報を知る手立てを失い、ほとんど何も知らない状況で戦い抜ける事態ではない事も、そなたはわかっておろう?」
「――わかりました。私が話せる限りのことをお話ししましょう」
「うむ。そう言ってくれると思っておったわ。立ち話もなんだ。じっくりと腰を据えて話せる場所に移ろうぞ」
こくりと頷いた私に満足しているような表情を浮かべるマンヒュルド王。考える必要もない。ここで情報を出し渋れば、それこそ嫌疑を掛けられる可能性もある。
そんな些細な事で嫌な気持ちにさせられるのも御免だ。出しても良いと思える情報は出し惜しみせずに喋った方が良いだろう。
「エールティア殿下でございますね。お待ちしておりました」
門の前に到達したと同時に門兵から敬礼される。どうやら『次期女王陛下』から『殿下』に変わったみたいだけれど……それでも私には過ぎた敬称だと思う。
ティリアースにとって『殿下』というのは他国にとっての『王太子』に匹敵する敬称だ。
……いや、そうでもないか。
次期女王候補は私しか存在しない。もちろん、他の聖黒族の貴族や今後産まれてくるであろう子どもにもチャンスはあるだろうし、現時点ではという話だけどね。
「わざわざ話を通してくれていた……という訳ね。随分と準備が良いわね」
「貴女様のご活躍は耳にしております。どうぞお通りください」
憧れの目。何度か注がれた事があるけれど、やはり心地の良いものだ。
軽く微笑んで門を潜ると――そこには白い雪に彩られた鉄の城がはっきりと姿を見せる。遠くから見ていた時よりも遥かに美しく感じる。北国特有の暖かい服を身に纏って寒さを防いでいても尚、凍えそうなほど冷たく感じる。
雪景色に広がる重厚な城は、それだけで威圧感を与えてくる程だ。
中に入ってもそれは変わらない。城内部の冷徹なまでに無機質な鋼の色とそれを支える陽の光のように柔らかい明かりがコントラストになっていてティリアースが誇る城の数々とは違った表情を楽しませてくれる。
兵士達もきびきびと動いていて、無駄のない。冷たさすら感じる。他の国の普通の兵士達より明らかに練度が異なる。鍛錬に裏付けされた自信が彼らを支えているのだろう。どんな相手であろうと萎縮する事はないという意気込みが伝わってくるかのようだ。
私もそれに負けじと胸を張って玉座の間へと続く広い道を進み、威厳に満ちた装飾の施された大きな扉の前に辿り着いた。扉に付き従うように立っていた兵士が二人がかりでそれを開いて――広い部屋には兵士が道を作っていた。
その先にある血のように赤い玉座に座っているのは――屈強な肉体を持つ魔人族の王。厳しい冬の気候が育てたかのようなその肉体は、ドワーフ族にも引けを取らない。
「お初にお目にかかります。北の国の王。私は――」
いつも……のように貴族の令嬢らしい挨拶をしようとしたのだけれど――国王が片手をあげて途中で遮られてしまった。
「よい。そなたの活躍はこの国中――いや、世界中に知れ渡っておる。そのような御仁に先に名乗らせるなど、私には出来ぬことだよ」
おどけるように笑うマンヒュルド王は、静かにだけれど力強く立ち上がり、私のところに勇ましく歩み寄ってきた。
「さて、お初にお目にかかる。我が名はマンヒュルド・マデローム。この国の王にして、貴女に命を救われた者だ」
「命を……?」
今初めて会ったと本人も言っているのに、私がいつ救ったというのだろう? 頭の中に疑問が湧き上がって止まらない。
そんな戸惑っている私の様子をおかしそうにマンヒュルド王は見つめている。
「当然であろう。私とは――王とは即ち国。そして国民の一人一人が私の血であり肉であり、命である。戦火に巻き込まれた民草を救い、怪我を癒し助けた」
力強い笑みを浮かべているマンヒュルド王の話を聞いてようやく合点がいった。国と自分は一心同体なのだと……要はそう言いたいのだろう。一歩間違えればかなり危険な発想だけれど、嫌いではない。
「この国の民達の生活に触れ、共にしたこの身からすれば当然の行いです」
「ははは! 謙遜するな。しかし、我が国を気に入ってもらえたのなら嬉しい限りだ」
彼の本心からの笑みを受けて、私も自然と笑みが零れる。
最大の礼を尽くしているマンヒュルド王は、優雅に玉座に戻ってどっかりと腰を据える。
「それだけが理由なのではないのでしょう?」
たったそれだけなら、もっと後でも良いはずだ。落ち着いた頃合いを見計らって呼んでも全く問題にならない。
「ふっ、やはりわかるか。なに、簡単な話だ。此度の戦の元凶――その話を詳しく聞きたくてな」
「私がそれを知っている――と?」
「知らぬとは言うまい。副都で泳がせていたダークエルフ族だと思しきエルフ族と騒ぎを起こしていた事。私の耳に入らないと思うたか?」
……やっぱりそこからか。
隠れて移動していたけれど、結構派手に戦ったからね。泳がせていた……という事は誰かを潜ませていたか――それか遠くから見張っていたか。なんにせよ、私の事はばっちり知られているらしい。
水面下で動いていた彼らを気付かずのさばらせていただけかと思っていたけれど、中々どうして考えている王様だ。
「安心せよ。此度の戦いで尽力したそなたに嫌疑を掛ける意図は微塵もない。だが、敵対勢力の情報を知る手立てを失い、ほとんど何も知らない状況で戦い抜ける事態ではない事も、そなたはわかっておろう?」
「――わかりました。私が話せる限りのことをお話ししましょう」
「うむ。そう言ってくれると思っておったわ。立ち話もなんだ。じっくりと腰を据えて話せる場所に移ろうぞ」
こくりと頷いた私に満足しているような表情を浮かべるマンヒュルド王。考える必要もない。ここで情報を出し渋れば、それこそ嫌疑を掛けられる可能性もある。
そんな些細な事で嫌な気持ちにさせられるのも御免だ。出しても良いと思える情報は出し惜しみせずに喋った方が良いだろう。
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