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580・決死の一撃(ファリスside)
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(不味い……どう考えても逃げきれない)
元々身長の差もある上、背中のベルンは足をずりずりと引きずる事になり、激しい動きがあまり出来ない。元々【アジャイルブースト】中は真っ直ぐしか走れないからそれに関して言えば問題ないが、このままでは追いつかれてしまうか――なんとか軍に合流したと同時に男も突っ込む事になるだろう。広い空間に好きなだけ魔導を放つ事が出来た今までと違い、色々と制約のある戦場では彼女も十全に力を奮う事が出来ない。
ベルンを背負って逃げてしまった事が選択ミスであったようにも思える状況だが、あのまま戦いを続けていればワイバーンに多少守られているとはいえ全く動けない彼が標的にされるか巻き添えを喰らう形で死ぬかも時間の問題だった。この時ほど治療系の魔導を扱えていれば……とも思ったが、それはない物ねだりでしかなかった。
彼女の【リバース】は神偽崩具によって与えられた傷のみしか癒すことが出来ない。ベルンの傷はどうしようもないのだ。あまり激しく動けばベルンの命の灯が消え失せてしまう。悶々とした思考の渦に囚われながらも歩みを止めずに進む。背後から近づいてくる死の気配に鼓動が早くなり、頬が紅潮する。ファリスにとって死など恐れる事ではない。生と死のはざまにおいてこそ生きている事を実感できるのだから。無論、自信の感情にベルンを巻き込む気など毛頭ない彼女はそれを抑え込んでいた。
「……ごほっ、【ラピッ……ド・ガ……ントル、ネ】ッッ!」
背後に近づく敵の気配に辛うじて反応したベルンは息も絶え絶えに魔導を発動させた。ベルンは込める事が出来るだけの魔力を込めたのだろう。発動した【ラピッド・ガントルネ】は次々と風の弾丸を黒竜人族の男に撃ち込まれていく。最初は余裕で受け止めていた男も次第に被弾の量がどんどん増えていき、視界を埋め尽くす弾幕に次第に歩みが遅くなり、徐々にファリスとの差が開いて行く。
「王子、あまり無理しないで」
「にゃ、は……わかって、ご、ほっ……るから……早、く。行く……ごほっ」
現在でも精一杯の力を振り絞っているベルンは焼けた喉が苦しいのか何度も咳をしていた。吐血していないところから臓器まで刃が到達していなかったのがわかる。
「喋ったら身体に障るから大人しくしていて」
「にゃ……はっ……」
相変わらず笑みを浮かべたベルンだったが、決して魔導に供給する魔力を止める事はなかった。発動し続ける【ラピッド・ガントルネ】は止まることなく風の弾を生み出し続ける。イメージ次第ではあるが、普通の魔導であれば一度消費した魔力によって性能が決まる。魔力を絶えず注ぎ込めば延々と発動する事が出来る魔導を複数持つベルンのような存在はそれなりに珍しい人材に部類されていた。
そんな彼が魔力が空っぽに近い状態まで魔導を発動し続けたおかげでなんとか男を振り切り、ファリスは自陣へと戻っていった。
「ファリス様!!」
「治癒兵を早く!」
「わ、わかりました」
最前線を通りすぎ、軍の中央辺りまで逃げ切ったファリスはようやく足を止め、ちょうど駆け寄ってきた兵士に怒声で指示を飛ばす。最初は驚き身を竦めていた兵士だったが、ベルンの容態を確認してすぐさま飛んでいくように走り出した。その間にも他の兵士達が集まり出した。中には前線を維持していたオルドやワーゼルなどの者達も見受けられた。
「オルド、丁度良いところにきたわね」
「ファリス様……」
ワイバーンが墜落していく姿を目撃していた彼もベルンは死んでいたかもしれないと覚悟していた。目の前でなんとか生きているベルンの姿を見て生きていた事にオルドは嬉しさがこみ上げていた。
「ベルンの事、任せても良い?」
「ええ。お任せください」
オルドが神妙な面持ちで頷くと、ファリスは背負っていたベルンを降ろし、地面に寝かせた。彼女の背中や長い髪の毛にはベルンの血がべっとりとついていたが、本人は気にしていない様子だった。
「はぁ、はぁ……ファ、リ……」
「いいから横になっていなさい。助かる命なんだから」
何かを訴えようとしているベルンの言葉を最後まで聞かず、ファリスは踵を返してあの男がいるであろう場所に戻ろうとする。
「後はよろしくね」
「ファリス様はどちらに?」
「野暮用を済ませにね」
ベルンはシルケットでも相当な実力を持っている人物の一人。そんな彼がずたぼろにするような相手が存在するのだ。今まで共に行動してきたオルドが心配するのも無理からぬ話だろう。
それを知ってか知らずか、ファリスは適当に返事をして立ち去った。
再び最前線に躍り出る彼女が見たものは悲鳴と痛みによるうめきで満たされた光景だった。次々と前線の兵士たちを切り裂き、焼き殺し、燃えかすが地面に倒れ伏す。正に地獄。ダークエルフ族の兵士達が近寄ろうとしないのが唯一の救いとも言えた。もし共闘していたらもっと被害が大きくなっていただろう。
「さっきはよくもやってくれたわね。死ぬ準備は出来ているかしら?」
目の前に立ち塞がった少女を鋭い瞳で睨む異形の怪物。彼は少女を軽んじていた。一度逃げていった獲物がおめおめと戻ってきたのだから。
少女――ファリスは怒りに支配されていた。屈辱を味わった。この戦いは自らのプライドをかけたものへと発展したと。
そして彼らの大きな戦いの火が切って落とされる。
元々身長の差もある上、背中のベルンは足をずりずりと引きずる事になり、激しい動きがあまり出来ない。元々【アジャイルブースト】中は真っ直ぐしか走れないからそれに関して言えば問題ないが、このままでは追いつかれてしまうか――なんとか軍に合流したと同時に男も突っ込む事になるだろう。広い空間に好きなだけ魔導を放つ事が出来た今までと違い、色々と制約のある戦場では彼女も十全に力を奮う事が出来ない。
ベルンを背負って逃げてしまった事が選択ミスであったようにも思える状況だが、あのまま戦いを続けていればワイバーンに多少守られているとはいえ全く動けない彼が標的にされるか巻き添えを喰らう形で死ぬかも時間の問題だった。この時ほど治療系の魔導を扱えていれば……とも思ったが、それはない物ねだりでしかなかった。
彼女の【リバース】は神偽崩具によって与えられた傷のみしか癒すことが出来ない。ベルンの傷はどうしようもないのだ。あまり激しく動けばベルンの命の灯が消え失せてしまう。悶々とした思考の渦に囚われながらも歩みを止めずに進む。背後から近づいてくる死の気配に鼓動が早くなり、頬が紅潮する。ファリスにとって死など恐れる事ではない。生と死のはざまにおいてこそ生きている事を実感できるのだから。無論、自信の感情にベルンを巻き込む気など毛頭ない彼女はそれを抑え込んでいた。
「……ごほっ、【ラピッ……ド・ガ……ントル、ネ】ッッ!」
背後に近づく敵の気配に辛うじて反応したベルンは息も絶え絶えに魔導を発動させた。ベルンは込める事が出来るだけの魔力を込めたのだろう。発動した【ラピッド・ガントルネ】は次々と風の弾丸を黒竜人族の男に撃ち込まれていく。最初は余裕で受け止めていた男も次第に被弾の量がどんどん増えていき、視界を埋め尽くす弾幕に次第に歩みが遅くなり、徐々にファリスとの差が開いて行く。
「王子、あまり無理しないで」
「にゃ、は……わかって、ご、ほっ……るから……早、く。行く……ごほっ」
現在でも精一杯の力を振り絞っているベルンは焼けた喉が苦しいのか何度も咳をしていた。吐血していないところから臓器まで刃が到達していなかったのがわかる。
「喋ったら身体に障るから大人しくしていて」
「にゃ……はっ……」
相変わらず笑みを浮かべたベルンだったが、決して魔導に供給する魔力を止める事はなかった。発動し続ける【ラピッド・ガントルネ】は止まることなく風の弾を生み出し続ける。イメージ次第ではあるが、普通の魔導であれば一度消費した魔力によって性能が決まる。魔力を絶えず注ぎ込めば延々と発動する事が出来る魔導を複数持つベルンのような存在はそれなりに珍しい人材に部類されていた。
そんな彼が魔力が空っぽに近い状態まで魔導を発動し続けたおかげでなんとか男を振り切り、ファリスは自陣へと戻っていった。
「ファリス様!!」
「治癒兵を早く!」
「わ、わかりました」
最前線を通りすぎ、軍の中央辺りまで逃げ切ったファリスはようやく足を止め、ちょうど駆け寄ってきた兵士に怒声で指示を飛ばす。最初は驚き身を竦めていた兵士だったが、ベルンの容態を確認してすぐさま飛んでいくように走り出した。その間にも他の兵士達が集まり出した。中には前線を維持していたオルドやワーゼルなどの者達も見受けられた。
「オルド、丁度良いところにきたわね」
「ファリス様……」
ワイバーンが墜落していく姿を目撃していた彼もベルンは死んでいたかもしれないと覚悟していた。目の前でなんとか生きているベルンの姿を見て生きていた事にオルドは嬉しさがこみ上げていた。
「ベルンの事、任せても良い?」
「ええ。お任せください」
オルドが神妙な面持ちで頷くと、ファリスは背負っていたベルンを降ろし、地面に寝かせた。彼女の背中や長い髪の毛にはベルンの血がべっとりとついていたが、本人は気にしていない様子だった。
「はぁ、はぁ……ファ、リ……」
「いいから横になっていなさい。助かる命なんだから」
何かを訴えようとしているベルンの言葉を最後まで聞かず、ファリスは踵を返してあの男がいるであろう場所に戻ろうとする。
「後はよろしくね」
「ファリス様はどちらに?」
「野暮用を済ませにね」
ベルンはシルケットでも相当な実力を持っている人物の一人。そんな彼がずたぼろにするような相手が存在するのだ。今まで共に行動してきたオルドが心配するのも無理からぬ話だろう。
それを知ってか知らずか、ファリスは適当に返事をして立ち去った。
再び最前線に躍り出る彼女が見たものは悲鳴と痛みによるうめきで満たされた光景だった。次々と前線の兵士たちを切り裂き、焼き殺し、燃えかすが地面に倒れ伏す。正に地獄。ダークエルフ族の兵士達が近寄ろうとしないのが唯一の救いとも言えた。もし共闘していたらもっと被害が大きくなっていただろう。
「さっきはよくもやってくれたわね。死ぬ準備は出来ているかしら?」
目の前に立ち塞がった少女を鋭い瞳で睨む異形の怪物。彼は少女を軽んじていた。一度逃げていった獲物がおめおめと戻ってきたのだから。
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