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594・末恐ろしい男

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 ファリス達がリュネーを救出し、純血派の猫人族を鎮圧した頃――聖黒族の総本山であるティリアースでとある噂が広まっていた。

 ――

「怪しい黒竜人族?」

 その報告を聞いていた私は思わず聞き返してしまった。ファリスが出ていってからも相変わらずダークエルフ族の拠点を潰す作業が続いていて、これじゃあいつまで経っても学園に戻る事が出来ないと嘆いていた矢先。諜報員として働いているフォロウが背後から知らせてくれた。

「容姿違う。外国の者。旅人の前現れる」

 こちらも相変わらず短い単語で喋ってきて集めてくれた情報を自分の脳内でまとめる作業を行わなければならなかった。幸いにも書類でまとめてくれているから大体の事はわかるんだけど。
 そこには黒竜人族の少年が夜な夜な商人や旅人を襲っているらしい報告が記載されていた。その割には特に被害もなく、ある程度小競り合いを繰り広げてからさっさと逃げ去るを繰り返しているようだった。どうやら何かを待っているようにも思える行為だけど……

「……どう思う?」
「罠」

 実に端的に表してくれたけど、まあ間違いなくそうだろう。そうでもなきゃそんな事はしない。

「やっぱりそうよね。なら……私が行かないとね」
「何故?」
「決まっているでしょう。その黒竜人族は私が兵士を動かすのを待っている。ディトリア周辺でしか襲われていないのがその証拠でしょう」
「ラディン様」
「お父様は女王陛下のお膝元だから有り得ない。ここにいる聖黒族に用がある……そう考えた方が妥当だと思うの。そうなるとお母様か私。ここは私の方が可能性があると思ってね」

 もちろんそれは直感だ。お母様に用がある事も十分に考えられる。だけどあまり町の外に出ていかれないお母様の事を知っているならこんな作戦は取らないはずだ。よく他のダークエルフ族の拠点を潰しに外に出ている私の方が十分考えられる。

「危険」

 立った一言だけど、強い否定の想いが込められていた。このような事を繰り返した上、書類上では兵士達が捕獲を試みようとしていて悉く失敗している。戦闘にまで発展するのだけれど、適当にあしらわれて終了。こちらには怪我以外の損害は与えられていなかった。だから……とは言えないけれど、そこまで危険はないはずだ。本当に危ない人物だったらそもそも襲い掛かってくる者全てを皆殺しにしていけばいいはずだしね。何か探しているような感じすらするし、一度会ってみるだけなら問題ない。

「心配ならついてきなさい。雪風も同行してもらう予定だから」
「……」

 問いかけてみたけれどなんの反応もない。一応私の背後にはいてくれているみたいだけど……。

、表には出れない」
「わかってる。それが貴方達が選んだ道なのだから。自分の役割を全うする事だけを考えてくれればそれでいいから」
「……了解」

 それだけ呟いて彼は完全に姿を消した……と思う。わざわざ振り向く必要もないし、彼の姿を確認するのは彼らの流儀に反する。初めて私に姿を見せてくれたあの日は顔合わせも兼ねてたらしく、以降は自らの姿を見せる事はなくて、必ず見えないところか暗がりに潜んだ状態で報告してくる。何でも基本的に姿を見せる事を己に禁じているらしく、緊急性がある場合を除いて主人にすら顔を見られたくないのだとか。
 それだけ影に徹していると言えば聞こえはいいけど、正直最初はかなり厳しかった。何しろファリスがいなくなって以降はいきなり報告に現れる事が多々あったのだ。しかもこっちが魔導で索敵を掛けると察知しているのか近寄ってくることすらしないし、かなり心臓に悪い。

 ……それでも慣れというのは恐ろしいもので、大体彼が来たかどうかわかるようになってからはかなりスムーズに行動できるようになった。しかも鈴一つで呼ぶことが出来るから情報を集めて欲しいときなんてすぐに呼び出すことが出来る。恐ろしい程に快適になった。

 彼の情報収集術はかなり優れていて、今回の件以外にも黒竜人族の貴族が反乱を起こそうと準備をしている事を教えてくれた。武器や物資を集めた場所や彼らの兵力まで事細かに調べ上げ、彼らがダークエルフ族と繋がっている証拠として彼らの拠点から何故他の種族と血を混ぜる事になったのか。現在の彼らのやりとりを文書からしたものまで様々な証拠を持ち帰ってくれた。
 ……なんでそんなことまで詳しく調べられるのか全く理解できない。私がそういう分野に精通していないだけなのだけど、彼の隠密力は今まで出会った誰よりも群を抜いていた。これでお姉さんの方も彼以上の実力を持っているという話なのだから末恐ろしい姉弟だ。彼らが味方で本当に良かったと心の底から思った。

「……さて、雪風と他に――誰を連れていこうかしら」

 ぽつりと呟いて自分の思考を切り替える。戦いに行くのは良いけれど、雪風だけだったら後でお母様に叱られかねない。後二人くらい実力者を引き連れて少数精鋭で向かった――という事にしないとね。
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