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605・早鳥の伝令

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 クロイズに中途半端に言葉を切られ、悶々とした夜を過ごした次の日の朝。私は大きな音共に目を覚ます羽目になってしまった。

「ティ、ティア様!! 大変です!!」

 無造作に開け放たれる扉。同時に響くジュールの大きな声。そしてあまり寝付けなかった自分。そのどれもが心地よい朝の目覚めを遮り、若干憂鬱な気分にさせてくれた……が、ジュールの表情は緊張に包まれていてただ事ではないことを告げていた。

「……何かあったの?」

 はっきり意識を切り替えて真面目な表情を作っていると、ジュールはおろおろと左に右にと身体を向けてそわそわしながらもなんとか言葉を紡ぐ。

「は、反乱が起きました! 黒竜人族の……えっと……なんとかって人が!!」

 どうやらあまりにも慌て過ぎたせいでポンコツになってしまったみたいだ。仕方ない。

「落ち着いて。その知らせを持って来てくれた人は?」
「はい! えっと……今はこの部屋から少し離れたところで待っていただいています。流石に話が大きいですから……」
「そう。通してあげて」
「は、はい!」

 まだ少し慌てているけれど、僅かに落ち着きを取り戻したジュールはばたばたと外へと出ていった。具体的な話は聞いていなかったのがマイナスだけど近くに待機させてくれたのは助かった。反乱の伝令を持って来てくれた兵士ならもう少し冷静に話を進める事が出来るだろう。

 ――

「エールティア姫様、お初にお目にかかります」

 ジュールが私の前に連れて来てくれた兵士はドワーフ族の女性だ。聖黒族よりは大人びているけれど、他の種族から見たら私達とあまり変わらないまである……らしい。そんな人が部屋に入ってくるや否や片膝を付いて頭を下げた。騎士がするような見事な礼儀と言える。

「まず名前を聞いておきましょうか」
「はっ、私はリシュファス領アルファス軍所属のミスミ・アイティルと申します」

 アイティルというのは有名な鍛冶職人を輩出している家名だ。時折鍛冶以外に秀でた者もいて、このティリアースでも知らない人はいない。ちなみに爵位はない。上のルールに縛られたくない……らしい。領地を貰えるほどの働きをしていると思うのだけれど、謙虚なのか煩わしいのかは不明だ。ちなみにリシュファス領の武具は大抵がアイティル製で、多少値は張るが頑丈で鋭いと評判だ。

「……まさかアイティル家の者が来るとはね」
「私は本家から出た身ですので、どうか一兵卒と扱ってください」
「わかりました。それで話をお願い出来る?」

 特別扱いを嫌う性質なのだろう。漏れ出た呟きに即座に反応する辺り、少々可愛げがある。しかし今はそれら全てを後にしなければならない。肝心な事が何一つ進んでいないのだから。

「はい。まずリシュファス領から少々離れたところにある黒竜人族の町をご存じでしょうか?」
「ええ。レイアの出身地ですもの。知らないはずがないわ」

 もっとも、あまり良い感情は湧いてこないけどね。レイアの故郷のはずなのに……どうしてだろう?

「そこはダークエルフ族との関与が認められたイレアル男爵の領地でして、町長のルーフが軍勢を率いて反旗を翻し、リシュファス領に侵攻を開始したとの情報が届きました。私はこの事実を早急にエールティア姫様のお耳に入れるようにと言付けを受けた次第です」

 確かエスカッツ伯爵の子飼いであるヒュッヘル子爵の領地と隣にあるんだっけ。面倒な事にあの一帯は敵対勢力が固まっているから自然と団結していても不思議ではない。それを見越してあんなところに子飼いであるヒュッヘル卿がいったのかとか、あそこだけ複雑な事になっている理由がなんとなーくわかった。

「それを受けて他の二人も決起した……およそそんなところでしょうね」
「……はい。ヒュッヘル子爵やルーセイド伯の方は中央都市リティアに進軍しているので女王陛下の軍が鎮圧に動いております。……が、イレアル男爵の軍勢はその二人とは別にまっすぐリシュファス領に向かっているとか」

 なるほど。イレアル男爵は私達がリティアに向かわないようにするためにこちらに来たと考えるべきだろう。中央にはエスカッツ伯爵領が近くにあるし、そこから更に援軍を求める形をとるはずだ。というか――

「なんでダークエルフ族が侵攻している時に限ってそんな事するかな」

 深いため息と共に漏れ出た問だったけど、答えは最初からわかっている。だからこそするんだ。

「……仕方ない。私はすぐさまリシュファス領に戻ります。丁度しなければならない用事は済みましたから」
「御意。では私は早鳥を使ってアルシェラ様にご報告いたします」
「よろしくね」

 深々と頭を下げたミスミは足早に部屋から立ち去った。彼女はより機動力のある鳥車を用いて先に戻るのだろう。ワイバーンを止めるところがない以上仕方のない事だけどね。

 さて、私も急いで準備しないと。また発生した問題にはうんざりするけれど、こうなったら徹底的にやるだけだ。いつもそうやって切り抜けてきたんだしね。
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