610 / 676
610・懐かしき再会
しおりを挟む
陣営の中は結構バタバタとしている。まだ陣を構築して間もないのだろう。とはいえ、テントは既に設置済み。それでも短時間にテントや食料を準備して軍勢を整えるなんてそう出来るものでもない。私がブリズラクに辿り着くのに大体三日。その間に準備して移動、陣の構築と迅速な展開をするのは流石だ。
「指揮官は……あそこですね」
一番大きなテントには堂々とクォルトンの家紋が掲げられていて、ここが中心だとはっきりわかった。塗りつぶされた剣の上には冠。二つの盾の間に挟まれ守護されているかのような紋章だ。剣は聖黒族。冠はその頂点の女王。そして盾の一つは他国の境界線を守護するクリムウォル侯爵。残る一枚は内側を守るクォルトン卿を表しているらしい。聖黒族への忠誠心も高く、特にお父様と懇意にしているところからも納得な家紋だ。
テントの中に入ると、中には渋い感じがする顔の狼人族の男性と……見たことのある狐人族の少年がいた。というかあれって――
「ハクロ先輩?」
ぽつりと呟いた言葉が聞こえたのか、白い狐耳がぴくりとこちらの方を向いて彼は驚きながら私に視線を合わせた。
「エールティア殿下……」
どこかばつが悪そうに顔を伏せたハクロ先輩とは対照的に顔に長い傷がある鋭い目をした狼人族の男性は僅かに目を細める。それだけで感情表現が苦手なタイプだとわかる程度に辿々しい感じがした。
「お初にお目にかかります。私はクォルトン伯爵の元で働かせてもらっているワルフと申します」
「エールティア・リシュファスよ。今回はイレアル男爵に対抗するためにここまでやってきたわ。よろしくね」
頭を下げてきた指揮官ににこやかな笑顔を向ける。相手には見えていないけれど、こういうのは誰が見ているのかわからない。いい意味での感情表現は素直に行わないとね。
「それにハクロ先輩も」
狐人――改めて銀狐族のハクロ先輩は気まずそうな表情でこちらを見ている。あまり視線を逸らすのも無礼になると判断したのだろう。私の方は見ているけど、なんだか見ていて複雑な気分になる。
「もう先輩ではありません。というより、学園ではありませんので」
「……そうね。ごめんなさい」
他人行儀な態度を取ってくる事は悲しいけど、本来はこういう関係なのだ。これも仕方がない事だ。
「それで、イレアル男爵軍の行動はどうなっているの?」
どうにも気まずい空気を振り払うべく話題を逸らすことにした。それにワルフは乗っかってくれた。
「はい。どうやら向こうも陣地を構えているようです。こちらの迅速な動きに対応してのことでしょう。内乱は長くなるべきではないのですが……」
少し目を伏せた彼が何を案じているのかは大体見当がつく。国として一致団結しているのであれば一体感が生まれて士気が高まる。
しかし内乱は違う。隣人だった者が敵になるかも知れないのだ。しかも相手は初代女王陛下を支えてきたフレイアールの血を引く黒竜人族。それに加えて今までティリアースを支えてくれていた貴族が数名と考えたら士気にも多かれ少なかれ影響があるだろう。
「はぁ……身内で戦っている場合じゃないのだけど、こうなったら仕方ないものね。私達にできることは一刻も早くこの下らない戦いを終わらせること。それに尽きるはず」
「向こうの兵士は何も思わないのでしょうか? 女王陛下に弓引くことになるのに……」
ジュールは悲しげな表情を浮かべている。それに答えたのはワルフだった。
「国に忠誠を誓っている者達は何らかの手段で隔離されている可能性が高い。既に葬られているか放逐されたか……なんにせよ直接士気に影響を与える者は排除しているだろう。そうでなければある程度動きがあるはずだからな」
その事には私も同意する。国がまとまっていないように彼らも一枚岩ではない。それぞれの思惑で動いている以上、統率が取れないなら排除するしかない。今のイレアル軍に正規兵がどれだけいるか怪しいものだ。
「向こうが始めたんだ。今更引く訳ないだろうが。それより遣いは送ったのか? 一応最初は交渉……だろ」
「それについては昨日送っている。しかし丸一日経っても戻ってこない以上――」
既に殺されたと思った方がいい。彼の目はそう語っていた。
離れているとはいえ、鳥車なら一日もかからない距離だ。本来ならわざわざ死地に赴くようなことをさせるべきではない。だけど相手の要求次第ではなんとか出来るかも知れない。そんな淡い期待があったからこそ実行したのだろう。
「ダークエルフ族に加味している以上、どのような卑怯な行為を行なってもおかしくはない。開戦宣言もなく一方的に攻撃を開始してきた輩だからな」
普通は侵攻する前に使者を送るものだ。それをせずに唐突に侵略してくる者と手を組んでいるのだから何をしてもおかしくはない。
その事実にテントの中は暗い雰囲気が満ちてしまう。先はわからないけれど今は前に進むしかない。道を拓こうとするなら立ち止まることは出来ないのだから。
「指揮官は……あそこですね」
一番大きなテントには堂々とクォルトンの家紋が掲げられていて、ここが中心だとはっきりわかった。塗りつぶされた剣の上には冠。二つの盾の間に挟まれ守護されているかのような紋章だ。剣は聖黒族。冠はその頂点の女王。そして盾の一つは他国の境界線を守護するクリムウォル侯爵。残る一枚は内側を守るクォルトン卿を表しているらしい。聖黒族への忠誠心も高く、特にお父様と懇意にしているところからも納得な家紋だ。
テントの中に入ると、中には渋い感じがする顔の狼人族の男性と……見たことのある狐人族の少年がいた。というかあれって――
「ハクロ先輩?」
ぽつりと呟いた言葉が聞こえたのか、白い狐耳がぴくりとこちらの方を向いて彼は驚きながら私に視線を合わせた。
「エールティア殿下……」
どこかばつが悪そうに顔を伏せたハクロ先輩とは対照的に顔に長い傷がある鋭い目をした狼人族の男性は僅かに目を細める。それだけで感情表現が苦手なタイプだとわかる程度に辿々しい感じがした。
「お初にお目にかかります。私はクォルトン伯爵の元で働かせてもらっているワルフと申します」
「エールティア・リシュファスよ。今回はイレアル男爵に対抗するためにここまでやってきたわ。よろしくね」
頭を下げてきた指揮官ににこやかな笑顔を向ける。相手には見えていないけれど、こういうのは誰が見ているのかわからない。いい意味での感情表現は素直に行わないとね。
「それにハクロ先輩も」
狐人――改めて銀狐族のハクロ先輩は気まずそうな表情でこちらを見ている。あまり視線を逸らすのも無礼になると判断したのだろう。私の方は見ているけど、なんだか見ていて複雑な気分になる。
「もう先輩ではありません。というより、学園ではありませんので」
「……そうね。ごめんなさい」
他人行儀な態度を取ってくる事は悲しいけど、本来はこういう関係なのだ。これも仕方がない事だ。
「それで、イレアル男爵軍の行動はどうなっているの?」
どうにも気まずい空気を振り払うべく話題を逸らすことにした。それにワルフは乗っかってくれた。
「はい。どうやら向こうも陣地を構えているようです。こちらの迅速な動きに対応してのことでしょう。内乱は長くなるべきではないのですが……」
少し目を伏せた彼が何を案じているのかは大体見当がつく。国として一致団結しているのであれば一体感が生まれて士気が高まる。
しかし内乱は違う。隣人だった者が敵になるかも知れないのだ。しかも相手は初代女王陛下を支えてきたフレイアールの血を引く黒竜人族。それに加えて今までティリアースを支えてくれていた貴族が数名と考えたら士気にも多かれ少なかれ影響があるだろう。
「はぁ……身内で戦っている場合じゃないのだけど、こうなったら仕方ないものね。私達にできることは一刻も早くこの下らない戦いを終わらせること。それに尽きるはず」
「向こうの兵士は何も思わないのでしょうか? 女王陛下に弓引くことになるのに……」
ジュールは悲しげな表情を浮かべている。それに答えたのはワルフだった。
「国に忠誠を誓っている者達は何らかの手段で隔離されている可能性が高い。既に葬られているか放逐されたか……なんにせよ直接士気に影響を与える者は排除しているだろう。そうでなければある程度動きがあるはずだからな」
その事には私も同意する。国がまとまっていないように彼らも一枚岩ではない。それぞれの思惑で動いている以上、統率が取れないなら排除するしかない。今のイレアル軍に正規兵がどれだけいるか怪しいものだ。
「向こうが始めたんだ。今更引く訳ないだろうが。それより遣いは送ったのか? 一応最初は交渉……だろ」
「それについては昨日送っている。しかし丸一日経っても戻ってこない以上――」
既に殺されたと思った方がいい。彼の目はそう語っていた。
離れているとはいえ、鳥車なら一日もかからない距離だ。本来ならわざわざ死地に赴くようなことをさせるべきではない。だけど相手の要求次第ではなんとか出来るかも知れない。そんな淡い期待があったからこそ実行したのだろう。
「ダークエルフ族に加味している以上、どのような卑怯な行為を行なってもおかしくはない。開戦宣言もなく一方的に攻撃を開始してきた輩だからな」
普通は侵攻する前に使者を送るものだ。それをせずに唐突に侵略してくる者と手を組んでいるのだから何をしてもおかしくはない。
その事実にテントの中は暗い雰囲気が満ちてしまう。先はわからないけれど今は前に進むしかない。道を拓こうとするなら立ち止まることは出来ないのだから。
0
あなたにおすすめの小説
薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜
仁徳
ファンタジー
少年はとある研究室で実験動物にされていた。毎日薬漬けの日々を送っていたある日、薬を投与し続けても、魔法もユニークスキルも発動できない落ちこぼれの烙印を押され、魔の森に捨てられる。
森の中で魔物が現れ、少年は死を覚悟したその時、1人の女性に助けられた。
その後、女性により隠された力を引き出された少年は、シャカールと名付けられ、魔走学園の唯一の人間魔競走者として生活をすることになる。
これは、薬漬けだった主人公が、走者として成り上がり、ざまぁやスローライフをしながら有名になって、世界最強になって行く物語
今ここに、新しい異世界レースものが開幕する!スピード感のあるレースに刮目せよ!
競馬やレース、ウマ娘などが好きな方は、絶対に楽しめる内容になっているかと思います。レース系に興味がない方でも、異世界なので、ファンタジー要素のあるレースになっていますので、楽しめる内容になっています。
まずは1話だけでも良いので試し読みをしていただけると幸いです。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
異世界召喚された俺の料理が美味すぎて魔王軍が侵略やめた件
さかーん
ファンタジー
魔王様、世界征服より晩ご飯ですよ!
食品メーカー勤務の平凡な社会人・橘陽人(たちばな はると)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。剣も魔法もない陽人が頼れるのは唯一の特技――料理の腕だけ。
侵略の真っ最中だった魔王ゼファーとその部下たちに、試しに料理を振る舞ったところ、まさかの大絶賛。
「なにこれ美味い!」「もう戦争どころじゃない!」
気づけば魔王軍は侵略作戦を完全放棄。陽人の料理に夢中になり、次々と餌付けされてしまった。
いつの間にか『魔王専属料理人』として雇われてしまった陽人は、料理の腕一本で人間世界と魔族の架け橋となってしまう――。
料理と異世界が織りなす、ほのぼのグルメ・ファンタジー開幕!
家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜
奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。
パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。
そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?!
しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...?
ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...?
不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。
拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
小説家になろう様でも公開しております。
《完結》当て馬悪役令息のツッコミ属性が強すぎて、物語の仕事を全くしないんですが?!
犬丸大福
ファンタジー
ユーディリア・エアトルは母親からの折檻を受け、そのまま意識を失った。
そして夢をみた。
日本で暮らし、平々凡々な日々の中、友人が命を捧げるんじゃないかと思うほどハマっている漫画の推しの顔。
その顔を見て目が覚めた。
なんと自分はこのまま行けば破滅まっしぐらな友人の最推し、当て馬悪役令息であるエミリオ・エアトルの双子の妹ユーディリア・エアトルである事に気がついたのだった。
数ある作品の中から、読んでいただきありがとうございます。
幼少期、最初はツラい状況が続きます。
作者都合のゆるふわご都合設定です。
日曜日以外、1日1話更新目指してます。
エール、お気に入り登録、いいね、コメント、しおり、とても励みになります。
お楽しみ頂けたら幸いです。
***************
2024年6月25日 お気に入り登録100人達成 ありがとうございます!
100人になるまで見捨てずに居て下さった99人の皆様にも感謝を!!
2024年9月9日 お気に入り登録200人達成 感謝感謝でございます!
200人になるまで見捨てずに居て下さった皆様にもこれからも見守っていただける物語を!!
2025年1月6日 お気に入り登録300人達成 感涙に咽び泣いております!
ここまで見捨てずに読んで下さった皆様、頑張って書ききる所存でございます!これからもどうぞよろしくお願いいたします!
2025年3月17日 お気に入り登録400人達成 驚愕し若干焦っております!
こんなにも多くの方に呼んでいただけるとか、本当に感謝感謝でございます。こんなにも長くなった物語でも、ここまで見捨てずに居てくださる皆様、ありがとうございます!!
2025年6月10日 お気に入り登録500人達成 ひょえぇぇ?!
なんですと?!完結してからも登録してくださる方が?!ありがとうございます、ありがとうございます!!
こんなに多くの方にお読み頂けて幸せでございます。
どうしよう、欲が出て来た?
…ショートショートとか書いてみようかな?
2025年7月8日 お気に入り登録600人達成?! うそぉん?!
欲が…欲が…ック!……うん。減った…皆様ごめんなさい、欲は出しちゃいけないらしい…
2025年9月21日 お気に入り登録700人達成?!
どうしよう、どうしよう、何をどう感謝してお返ししたら良いのだろう…
スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~
深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】
異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる