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619・復讐の黒竜人族(ハクロside)

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 声を上げながら剣を振り続けるクリム。恨み節全開で目の前しか見えていないのかと思いきや、フェイントを織り交ぜて攻撃をし続けてくる彼は憎悪に燃えている割には平静に見える。

「クリム……あの時、エールティア殿下に決闘で敗北した男か!」

 なんとか答えを捻りだしたが、それはクリムの神経をより逆撫でする結果になった。

「あの時の俺とは違う! 今度こそ……あの女に目に物を言わせてやる!」

 挑発と受け取ったクリムは激昂して剣を振り回す。人は怒りに身を任せると攻撃が単調になる。意図せずして逆鱗に触れたハクロだったが、結果的にプラスに働いた。
 一直線の攻撃を容易く避け、カウンター気味に刃を振るう。辛うじて首皮一枚の回避を成功させたクリムだったが、のけぞるように多少無茶な姿勢で回避したためか身体を半回転させて放たれた蹴りは防ぐ事も叶わず腹に直撃する。

「ぐぅぅっっ」

 うめき声を上げて苦悶の表情を浮かべるクリムに追撃を仕掛けるが、それを簡単に許す彼ではなかった。

「甘く……見るなぁぁぁっっ!! 【スローモーメント】!」

 魔導が発動した一瞬。ほんの僅かの時間だが、クリムの身体は動きが鈍った。まるで全身に鉛を仕込まれたかのような。鎧を着たまま海で泳ぐような――そんな苦しさが全身を支配した。

「がっ……あっ……」

 息をする事すら苦しい。体感で永遠に続くのだろうかとも思えたそれは短い時間。現実で言うならば一秒といったところか。しかし戦いにおいてはどんなに短くても致命的になりうる。先程まで苦しい表情を浮かべていたクリムが接近しており、今まさに剣を振り下ろす瞬間。【スローモーメント】から解放されたばかりのハクロにそれを防ぐ手立てはなく、身体を切り裂かれてしまう。

「ぐぅっ、ああああぁぁ!!」

 辛うじて身体の重さにふらついたおかげで致命傷にまでは至らなかったが、それでも腹部辺りは他の部位より深く斬られており、動きに支障をきたす程だった。

 ぼとぼとと滴る血を抑えるように片腹を手で押さえつけるハクロの姿にクリムは滑稽なものを見るような視線を向けていた。

「哀れだなハクロよぉ。あれだけ努力がどうたら騒いでいた挙句だもんなぁ……。お前の言う努力なんてよ、結局才能がある奴が言ってるたわごとに過ぎないのにな!」
「な……にぃ……?」

 聞き捨てならない。自分はどんな苦境も努力をして切り抜けてきた。彼の目はそれを強く訴えていたが、クリムは嘲笑う事で返した。

「【覚醒】……だっけか。そんなもん、才能ない奴が出来る訳ねぇだろ。誰でもぽんぽん【覚醒】出来ればそんな苦労はないだろうけどよ!!」

 既に回避行動がとれなくなりつつあることをいい事に剣で斬りかかるのではなく拳によって殴りかかってきた。防ぐ事は出来ても体格差から重くのしかかる。防御した腕はじんじんと痛み、歯噛みをするハクロを見てクリムは優越感に浸っていた。特待生といえば学園にいたころは高みにいたのだ。それが今はわき腹を押さえ、攻撃を仕掛ける事すら躊躇っている状態。それがクリムには心地よかった。

「血筋、才能、選ばれた種族だからって戦いじゃ何の意味もねぇんだよ! お前を殺してそれを証明してやる!」
「ぼ、僕は……」

 ぐっと力がこもる。自分が才能だけでこの場に立っている訳ではない。それは自分自身がよくわかっている。だからこそ、クリムの言い方が許せなかった。

「僕は! そんなものだけでこの場所に立っている訳じゃない!!」
「……はっ、笑わせんなよ。じゃあなんでお前はそこにいる? 使い捨ての奴らは普通、前線で戦うもんだ。なのになんでお前はそこにいない?」
「それは……」

 ハクロは言葉に詰まってしまった。なんの実績もない彼がそれなりに重用されている理由。それは彼が【覚醒】した希少性の高い存在だからこそに他ならなかった。ただの兵士であればポレック伯爵の館に呼ばれる事もあり得ない。それは誰よりも彼自身がわかっていた。

「努力で何をしてきた? 鍛錬でそこまでこれたか? 結局お前なんか才能だけでのし上がっているにしか過ぎねぇんだよ!!」
「違う!!」

 否定の声を上げるハクロは剣を構え、戦う姿勢を見せる。自分の優位性を確信しているクリムは小馬鹿にした様子でそれに応じた。なんとか距離を詰め、斬撃を放つハクロだったが、その姿は弱々しく、先程のようなキレのある動きは見られない。バックステップを取ったクリムは余裕で回避し、傷ついているハクロでも防げる程度の手加減をして反撃を加えていた。

「惨めだな。哀れだな! 結局お前には何も成せない! 才能だけの愚物だよ!!」
「……っ!」

 絶句したハクロの身体からは力が抜けていった。いくら努力したと目を背けても、自分が【覚醒】の力のおかげで成り上がり、またその道の途中である事を突き付けられているような……そんな感覚に囚われてしまった。そんな状態で万全に力を振るう事など出来るはずもなく、ハクロは窮地に立たされたまま、己の存在に苦悩するのだった。
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