山田の記憶

とある、山田

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第二章

苦味

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山田は今日も、6時半に起きる。

目覚ましの音が鳴る前に自然と目が覚めるのが、ここ数年の習慣だった。窓から差し込むやわらかな朝の光が、天井にぼんやりと反射している。
「今日もいい天気になりそうだな」
……ただ、その光はどこか青みが強く感じた。まるで、蛍光灯がついたままのような、不自然な白さを含んでいた。

顔を洗い、髪を撫でつけ、電気ケトルでお湯を沸かす。パンはトースターで軽く焼き、コーヒーはペーパードリップで淹れる。
一口含んだ瞬間、山田は小さく眉をひそめた。
「……ちょっと、苦いな」
いつもと同じ豆、同じ分量、同じ抽出時間のはずだった。だが、口の奥に残る苦味がしつこい。寝起きのせいかもしれない。

食卓にひとり。妻は早番で既に出勤している。朝はいつもこの静けさと二人きりだ……のはずだった。
ふと、リビングのカーテンの色が、いつもより濃く見えた。洗ったばかりのはずなのに、どこかくすんでいる。

着替えて、工場の作業服に袖を通す。薄いブルーの制服は……今日はやけに色が薄く見える。光の加減かとも思ったが、どうにも落ち着かない。ポケットから昨日のメモを取り出すと、字が少しだけにじんでいた。
「……あとで書き直すか」

空は澄んでいる。工場の屋根には、ほんのわずかに朝霧が残っていたが、どこか輪郭がはっきりしない。まるで景色がぼやけているようだ。

工場に入ると、いつもの匂いが鼻をついた。
「おはようございます」
入り口で佐藤が頭を下げた。……あれ、いつもは手を挙げるだけだったはずだ。
「おはよう」
とりあえず、返す。

今日の作業は、布を染める工程のチェック。
「ここの温度は問題ないな……次は脱水機」
機械のメーターを見つめながら、山田は首を傾げた。
針が微かに揺れている。いつもならピタリと安定しているはずなのに。

染め上がった布の色を見る。紺色……だが、少しだけ色が浅いような気がした。照明のせいだろうか。スワッチと照らし合わせると数値は一致しているのに、山田の目には明らかに薄く見えた。

「お疲れ様です。」
パートの女性の声に、山田は顔を上げた。
「お疲れ様です。」
声を返しながら、どこか胸の奥に、小さな針が刺さったような違和感が残った。

午後の検反でも、布の色が均一に見えない。山田の目の錯覚か、それとも照明の問題か。気にするほどの差ではないが、ずっと気になっている。

夕方、スーパーで牛乳と卵を買う。レジの店員が、妙にゆっくりとした声で「ありがとうございました」と言った。気のせいか、店内のBGMが聞こえなかった気もする。

「おかえりなさい」
玄関の向こうから、妻の声。
「ただいま」
答えながら、山田は目を閉じる。

今日も、少しだけ変わった一日が終わる。



最後までお読みいただきありがとうございました。
この物語は、「日常のかけらが少しずつ崩れていく恐怖」と「それでも朝はやってくる」という回復をテーマに描いています。
次の章でも、山田の変わらぬ朝に、少しずつ“何か”が混ざっていきます。
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