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第一章 再誕者の産声
魔導書を手に入れる
しおりを挟む月日は流れ──。
今日でようやく1歳になったらしい。
両親の言葉もほとんど理解できるようになった。
揺りカゴを卒業したら、時計と思われる複雑な機械も見つけた。
文字盤には1~30までの区切りと、いくつかの針がある。
観察してみると、60秒、60分でそれぞれの針がひと回りしている。
なんとも不思議だが、時計の規格までとてもよく似ている。
俺の観察したかぎりでは、1日30時間あるのは間違いなさそうだった。
さらには、あっさりとカレンダーらしきものも見つけてしまった。
カレンダーを見る限り、この世界の1年は季節に準拠した12か月480日からなるようだ。驚愕の事実である。
冬一月 40日 夏一月 40日
冬二月 40日 夏二月 40日
冬三月 40日 夏三月 40日
春一月 40日 秋一月 40日
春二月 40日 秋二月 40日
春三月 40日 秋三月 40日
12ヵ月×40日=480日
今日が誕生日であることは、カレンダーのしるしを見てわかった。
ところで、空に3つほど大きな天体が浮かんでいるのに気がついた。
大きさ月ほどのサイズだ。
たぶん、この世界の衛星だろう。
父親に聞いたところ、あれはちゃんと月という名らしい。
この世界では月は3つでワンセットと考えられているようだ。
世界常識以外にも、両親についても知識も増えた。
父の名は、アディフランツ・アルドレア。
母の名が、エヴァリーン・アルドレア。
エヴァはすごく若く、まだ20歳とかそこらへんな気がする。
逆にアディは30歳前半くらいに見える。
でも、ふたりの会話には遠慮みたいなものが感じられない。エヴァはよくアディの頭をぺしぺし叩いてるし。きっと、アディが老け顔なだけでさほど歳は離れていないのだと思う。
そして、俺はアーカム・アルドレアだ。
両親からはアークと呼ばれている。
これがニックネームなのか、家族間、あるいは親と子のあいだで使われる呼び方なのか、まだわからない。この世界の文化については引き続き調査をつづける必要がある。
「アーク、お誕生日おめでとう!」
「奇跡の復活からはや一年だな!」
誕生日は家族3人でしめやかに行われた。
ケーキはでなかった。代わりに豪華なチキンがでてきた。
あきらかに量を間違っている感じの盛られ方だった。
誕生日の食を盛大にするのは、どこの世界でもいっしょらしい。
「アーク、お前にプレゼントがあるぞ」
アディはどこからともなく箱をだして渡してくる。
受け取って開くと、用途不明の部品(?)が出てきた。
「とおさま、こえはなんです?」
エーテル語──以前まで異世界語だと思ってた──で問うてみる。
アディとエヴァは俺が喋っているだけで、すごく嬉しそうにしてくれる。
なにしてもめくちゃ褒めてくれるので、ほんとうにいい両親に恵まれたと思う。
「アークはまだ気づいていないかもしれないが、お前は天才なんだ」
「アークだけよ、こんなにおしゃべりできるのは。同い年の子はまだまだ言葉なんて話せないものなのよ」
あ、やべ。
子供が普通は何歳でしゃべりだすとか知らなかったよ。
知能レベルが36歳、いや、今年で37歳なの忘れてた。
え、俺、めっちゃ怖い子じゃね。もしかして、エヴァにもアディにも、俺って不気味な子供に見られてたりすんのかな。もうちょっと幼ぶったほうがいいな、これは。
「だから、そんな天才なアークは将来魔法使いになるべきだから──ひいッ……!」
アディがそう言って話を続けようとすると、エヴァが睨みをきかせた。
背筋の凍るような眼光にアディは、思わず息を呑む。
「待ってアディ。その話はしない約束でしょ?」
「え、エヴァ?」
「さりげなくアークを魔法使いにする方向で誘導するのやめなさいよ」
「ぎくっ……こほん。ま、まあ、そのなんだ。アークの将来の話は置いておいて、と。僕たちの子は天才だ。だから、杖を託すくらいはしてもいいと思ってるんだ」
杖ってアディが持ってるアレか。
まだ魔法関連のこと全然わからないから、あの魔法の杖がどんな機能をもってるのか知らないんだよな。杖ないと魔法使えないのかな?
「とおさま、これがあえば、まほう、つかえます、か?」
「なくても使える」
杖はなくてもオッケーと。
「だが、あったほがいい。魔法使いになれば勝手がわかるさ」
「はい、わかいました」
「それとアーク。その部品は杖の一部だ」
「といいますと?」
「これから誕生日のたびに部品をひとつすつ渡そうと思ってる」
普通に渡してくれませんかね。ねえ?
「ちなみにパーツは7つある」
杖の完成6年後かい。
ディアゴスティーニでもそんな引っ張らない件について。
「ちょっとずつ完成していくの、なんだかわくわくするだろ?」
「ぇぇ、まあ、たしかに……」
「それに流石にアークは魔術を習うには早過ぎる。7歳くらいでちょうどいいさ」
まあ、アディがそういうならいいけどさ。
かくして、俺は6年後の魔術師デビューを心待ちにすることになった。
────
時は流れ、俺は先日で、3歳の誕生日を迎えた。
アディのディアゴスティーニ式の魔法の杖組み立てキットはすこしずつ揃って来ている。いま手元にあるのは3つの筒状のパーツだ。
どうにも完成形はステッキサイズの魔法の杖らしい。
アディに教えてもらったところ、中杖、という規格なんだとか。
かくいうアディは身の丈ほどの大きなロッドサイズの杖をもっている。
ロッドサイズの杖は、大杖というらしい。
そして、もっともちいさい規格が小杖だ。
小杖はスティックサイズで、だいたい20cm~40cmほどのサイズの杖のことを示すらしい。
デカいほど基本的に性能はいいんだとか。
やはり、おっきいことは良い事なんだな。
体の自由がきくようになってきたので、数年前から企画していた計画を実行に移すことにした。
俺はアディの書斎に侵入して、天井まで届く本棚の上の、茶色い本を見あげる。
そう、本である。
本は古くより情報伝達のメディアとして活用されてきた。
アディに本を読ませてくれと何度もお願いしたのに、一向にとってくれる気配がないので、自分でとることにしたのだ。
異世界にきてもうすでに3年もの時間が経過している。
これまでに多くの事実を知ったが、3年の成果としてはいささか物足りない。
というのも、俺は最近よく考えるようになっていた。
こんな呑気に過ごしていていいのか、と。
なぜ異世界転生したのか調べなくていいのか、と。
あるいは、俺の異世界転生をイセカイテック社はどう受け止めたのか、と。
鏡を見れば、そこにはアディ譲りの薄紅色の瞳と、黒い髪をしたガキが映ってる。
だが、俺には見える。その奥に、メガネを曇らせた中年の姿がいる。
本気になってるか、と醜い姿の俺自身が問うてくる。
この法外なチャンスの意味を本当に理解しているのか、と突きつけてくる。
青い空をみあげても答えは返ってこない。
見えない敵が、すぐそこまで迫っているような気分だった。
俺は自分の力で切り開いてきた人間だ。
理不尽で失ったものは大きかった。
あまりにも残酷だった。
非情なエンドロールだった。
だからこそ、俺は思う。
俺は本当にベストを尽くせたのだろうか、と。
大学生になってはじめて野望を抱いた。
それまでの強者にこびる情けない人生をふっしょくするためにだった。
頭もよくなく、顔もブサイクで、アベレージ101キロのデブだった。
それまで何の努力もしてこなかった。
だが、無我の境地にいたり、一心に励めば恵まれたやつらをOutwit──出し抜くことができると思った。だから本気になった。
そして、この転生という奇跡を手もとにたぐりよせた。
それなのに、なんだ今の俺は。ふぬけか。
裕福な家に生まれて、なんとなく将来が安心できそうな容姿だからって、調子に乗っているのか?
馬鹿野郎が。
そんなんじゃねえだろ。
伊介天成の真骨頂は、いつだってベストを尽くすことからはじまった。
ウサギとカメでいえば、かつての俺はカメだ。それも、脂汗の絶えない迫害されるばかりで反撃する勇気もない玉無し野郎で、ブサイクで童貞のカメだった。
だが、そんな醜いカメでもウサギをかみ殺すことができると俺は知ってる。
ウサギに転生した瞬間、かつての自分を忘れるなんて。
もう愚かな自分にはなるまいとあの時に誓ったのではなかったのか。
「ベストを尽くす……っ」
書斎机のうえにのぼり、膝をまげて、全力でジャンプした。
茶色い本に手がとどいた。
俺がタッチした衝撃で、本が床におちた。俺と一緒に。
「いってええ……! でも、ベストを尽くしたぁ~……!」
偉人として、偉大な功績を残して、歴史に名を残す。
これが俺の夢だ。凡人にはくだらないものだろうが俺には違う。
醜いカメじゃ、20歳から本気をだしても、ゴール直前で足元をすくわれた。
今回はそうはなるものか。
この伊介天成──いや、アーカム・アルドレアにはもはや油断はない。
アーカムに才能があるかは知らん。
だが、そんなものどうでもいい。
俺は次こそ足元をすくわれないために、ベストを尽くし続ける。
それだけだ。
「よいしょっと。んぅ……」
幾何学模様と、記号式が書かれているな。
まったく読めない。読めない、が……読めるぞ。
こっちはだてに読めもしない中国語論文を眺めていないのだ。
全然読めないのに、同僚たちに読めてる風にするために、眉間にしわをよせて難しい顔しつづけて8年間、中国語話者だと騙しとおした俺を舐めるなよ。
ふむふむ、そうか……。
わかりました。これは魔導書ですね。たぶん。
アディが隠していたことと、魔法を教えるのに慎重だったことからたやすく推測できますね。あれ、読む必要あった?
「悪いがアディ、俺はもう止まれない」
この日、アーカム・アルドレアは窃盗の前科持ちになりました。
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