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第二章 怪物殺しの古狩人

到達点

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 クトゥルファーンは驚愕に目を見開いた。
 すべてを使い切り、戦闘能力が完全に失われたはず狩人がが再び立ち上がったからだ。

 濃密な青紫色のオーラが巨大に膨らんでいく。
 油田を掘りあて、勢いよくあふれるかのように無限にも等しい剣気圧。
 眩い光の層をなし、衣のように見えた。
 ビヂビヂ……。蒼雷が空気を焦がす破裂音が聞こえる。

 見ただけでわかる。
 途方もないエネルギーの塊であると。
 あの光の筋ひとつひとつが大魔法クラスの魔術を発動可能にする超高密度の魔力であると。
 
「今ここで、お前を殺す、クトゥルファーン」

 冷たい声であった。

「私を殺すだと。大きくでるものだ、アーカム・アルドレア」

 威圧的に言ってはみたものの、クトゥルファーンには未だに何も理解できない状況への焦燥感があった。
 
 何が起こった?
 何が起こっている?
 何が起こるのだろう?

 自分は何を目撃している?

 ただ、ひとつわかること。
 それは、アーカム・アルドレアがこれまで軽くあしらって来た子供ではないこと。

 なにかされる前に殺した方がいい。

 クトゥルファーンは両手五指から赫糸を展開して、それを適度に伸ばすと、神速でふりぬき、ムチのごとく薙ぎ払った。

 血の河のいずる荒廃した山岳を削りながら、超広範囲まとめて蹂躙する。
 破壊領域に人間が立っていようものなら、跡形も残らないだろう絶命の波動である。

「見掛け倒しだったか」

 ほっと息をつくクトゥルファーン。
 今の攻撃で死なない生物はいない。

 ぐしゃり。
 肉の裂ける音。
 熱い痛みが腹部から広がっていく。
 同時に身体が持ち上がっていく。

「……は?」

 視線をおろせば胴体を腕が貫いていた。
 アーカムの腕であった。

 いつの間にか背後にまわり、いつの間にか致命傷を見舞っていたのだ。
 クトゥルファーンはその挙動に気づくことすら出来なかった。

 背面から背骨を断ち切り、心臓を抜き出し、前面へ通った手。
 クトゥルファーンに見えるように顔の前に持って来て、心臓を握りつぶした。
 壊してやったぞ、そう誇示しているかのようだ。

「ごは、ァ」

 クトゥルファーンは眉根をひそめ、背中から羽を展開した。
 アーカムを弾きとばして、距離をとる。
 広がれば横幅5mは下らない6枚の巨大な羽だ。

 空へ舞い上がり、高速飛行へ突入する。
 地上からでは「何かが飛んでる気がする」そんな程度にしか認識できないほど、ほとんど姿を視認できないほどの神速での飛行であった。

 胴体と心臓を再生させ終える。態勢を整えれば、さあ反撃開始だ。赫糸を短く切って何度も地上へむけて放った。紅い弾丸がふりそそぐ。
 
 高速飛行からの一方的な狙い撃ち。
 クトゥルファーンの性格を表した得意技であった。
 しかし、アーカムは一歩二歩、横へ後ろへ、少ない動きで弾丸を避けていた。

 見えているのか?

 血脈開放を使用し、血界まで展開した。
 そのうえで羽を6枚最大まで生やした。
 そして、絶滅指導者の赫糸術だ。
 狩人であろうと自分の死を認識することもできずに撃たれる。世界で最も地味で、最も危険な攻撃のコンビネーションだ。そのはずだ。

「しゃらくさい狩人め」

 クトゥルファーンは血を大量に使い、赫糸でいっきに地上を叩いた。
 爆音とともに、爆撃機が一晩中通り過ぎていたかのような崩壊の波が血界に広がっていく。
 ニヤリと笑みをうかべるクトゥルファーン。
 その時、赫糸に何かが引っかかったような手ごたえがあった。
 揺れも崩壊も土埃もおさまったあと。
 アーカムが赤血の糸の先端を、素手で掴んでいるのが見えた。

 一見、固形に見える血の糸には、恐ろしい応用篇が存在する。
 血の操作に熟達すると、常に高速で剃刀のように流動させながら糸の形状を保つことができるようになるのだ。

 絶滅指導者クラスの赫糸にもなれば、表面はザラザラしており、細かい刃が無数についている。
 そして、秒速数百メートルの速さで流れる血の奔流によって、ふれるだけで鋼すらたやすく切断する恐ろしき大量破壊武装となるのだ。

 死を体現したような血の魔術だ。
 掴むなどできるはずがない。
 それも素手で。人間ごときが。

「逃げるなよ」

 アーカムは静かな瞳を向けたまま、赫糸をヒョイっと軽い様子でひっぱった。
 見た目とは裏腹に物凄い腕力であった。
 たまらずクトゥルファーンは空から引きずり下ろされ、血の河に勢いよく叩きつけられた。
 そのまま、糸がグイっと引っ張っられる。
 糸の先端のクトゥルファーンは、叩きつけられ昏倒する意識のまま、無慈悲に超戦士の眼前までひっばり出されてしまう。

「ま、待て──」

 恐怖のあまり、怪物は思わず制止かける。
 怪物の命乞いを狩人が聞くわけもない。

 濃密な魔力で包まれた拳がクトゥルファーンの胴体を打った。
 引き寄せられる力と、それを反対方向から打つ力。強烈な一撃であった。
 硬化術で最大防御していたにも関わらず、怪物の胸部は深く陥没し、胸付近にあった3つの心臓が同時に破壊されてしまった。

 まずい状況だ。
 速すぎる、強すぎる。
 何もさせてもらえない。

 クトゥルファーンは自分の死をはじめて明確に意識した。
 
 ──私が殺される?

「逃げるなよ」
 
 そんなこと言われて逃げない奴はいない。
 クトゥルファーンは血の河を起動して、河の血を変形させると、無数の槍山を召喚した。
 アーカムは思い切り跳躍することで、槍山から逃れ、地面から大きく離れた。
 クトゥルファーンは赫糸を解除する。
 赫糸に使っていた魔術式のリソースをつかって、代わりに眷属召喚を行った。

 宙空に血の文字が浮かびあがり、巨大な魔法陣が8つあらわれ、直後、燃えるように輝いた。

「出てこい、アラクヴァーヴァ、アイデンメイド、狩人を殺せ」

 血の河の底から、20mもの高さの巨人と、血の怪鳥が7羽が飛び出して来た。
 いにしえの時代、クトゥルファーンが使役していた眷属である。
 
 怪鳥アラクヴァーヴァは鋭いくちばしで空へあがったアーカムをついばむ。
 アーカムはくちばしを握ると、チカラ任せにほかの怪鳥へ投げつけた。
 空中に浮いているゆえ、完全な腕力だけの芸当だ。
 
「潰せ、アイデンメイド」

 巨石のような手がアーカムを叩き潰す。
 アイデンメイドが手をもちあげると、アーカムが地面に埋まっていた。
 もう一度、巨人は拳をふりおろす。

 潰れてしまえ、狩人。
 
 クトゥルファーンは勝利の安心に胸を撫でおろす。
 アーカムは感情の宿ったいないような静かな瞳をしていた。
 目の前の死を受け入れたのだろうか。
 手がおもむろに持ちあげられる。
 そして、指が鳴らされた。
 
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