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後編②
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「そういえばねぇ国王様。私、報告し忘れていたことがありましたの」
ねっとりと、頬を撫でる。
「忘れていただけですよ?ですから、誓約を破ったことにはなりませんの。だって国王様は私に魔王を倒して魔族の鉱山を手に入れて来いとは命令されましたけど、その後は浮かれて放蕩三昧、宝石に心を奪われてましたものね?」
時とともにいくつもの国に分かれた人間と違い、一人の王のもとに一つの国を作る魔族。
竜よりも少なく、人間よりも多い魔力を持つかわりに生殖能力が低く、数が少ない彼ら。
彼らの治める土地にはたくさんの鉱山がある。
一年ほど前のある日。
国王様は私に人間の敵である魔王を倒して来いと命令した。人間の敵などと言うが、だいたいいつも鉱山ほしさに争いを仕掛けるのは人間だ。
とはいえ私は命令されたことを行うだけ。
ただ面倒だったので国王様たちが兵を用意している間に一人でさっさと乗り込んだ。
魔族は一個の動物の群れのようなもの。
頭さえ倒してしまえば後はなんとでもなろうと。
別に殺されるのならそれはそれで良い。
このくだらない下僕な人生に終止符が打てるというだけ。
有り体にいえばやけになっていたし、自殺願望の表れというものだったのだろうが。
結果、一人で乗り込んだ私は王に戦いを挑みたければ我らを倒せという四天王をまとめて氷漬けにし、案外あっさりと魔王も下してしまった。
「私は魔王を倒して、魔族から従属の証として国王様に鉱山を二つほど差し出させましたけれど。魔族は人間と違い強い者をボスとして崇める種族なもので、まあなんと言いますか、私がボスーーつまり魔王になりましたの」
「「「は?」」」
あら皆様仲のよろしいこと。
「うふふ。でですね、魔王就任の報告を空に行うというので竜皇様に会いに行ったのですが、あ、魔族は人間と違って転移魔法が使えますから、まだ少しは空と交流があるのですわ!そうしたら竜皇様が私を自分の番だと言い出しまして。もう本当に面倒です。婚約者がいると言っているのに聞いて下さらないし、私の誓約を知って激怒するし、元魔王は魔王でなんだかおかしな扉を開いてしまったみたいで下僕化しててやっぱり激怒してますし、宥めるのが大変でしたのよ?ですが怒りに任せて二人が国王様やハロルド様をプチッとしてしまったら私はこの先も一生誓約に囚われたまま誰とも結ばれないですから、なので、先に婚約を破棄させて頂くことにしました。これで私の誓約はあと一つ」
「ああ、これで誓約を気にせずそなたを口説くことができるな」
ふわりと背後から肩を抱かれて、前に回された手をぽんと叩いた。
「私、そういうのはあまり慣れていないと言っているでしょう?お手柔らかに、ね?」
そうは言っても、このぬくもりは存外心地よくて悪くはない。そう思いながら私は身体から力を抜き、寄りかかる。
私の背後に転移してきた彼ーーその背の竜の羽根に、会場の貴族たちが我先にと逃げ出そうとして、床に縫い付けられた。
私が贈呈した指輪とブレスレット。それから這い出た黒い糸によって。
「……何故?」
目を見張る国王様。
「あらだって私は宙に浮かべただけですもの。皆様がご自分で手に取られたのでしょう?自業自得というもので私が直接害を与えたわけではないですから、誓約には触れないですよね」
髪を撫でる指に目を細めながら、親切な私は少しだけ声が出るようになった国王様の疑問に答えてあげる。
無理矢理嵌めさせていたら今頃私の心臓は止まっていたでしょうけど。
あくまでも私は束縛の魔法をかけた装飾品を目の前に浮かべてみせただけ。
どこまでが誓約に触れてどこまでが触れないか、私は何度も痛みに耐えて検証してきた。
「ええ、ボ……主、あなたは何もする必要はありません。命令も必要ない。私たちが勝手にするだけですから」
ゾロリとハロルドの足下から這い出てきた元魔王で現私の下僕な男がハロルドの首に指を回す。
というか、今ボスと言いかけたわね。
恥ずかしいからやめろと言ってるのに。
「……ぁ?」
コロンとハロルドの首から上がもげて床に落ちた。
コロコロと転がったそれはビッチの爪先で止まり、ビッチと見つめ合う。
「……っ!ニナ・ニルベール!命令だ!!やめさ……」
やめさせろ、と命令したかったのでしょうが、その前に鼻から下がぱっくりイッてしまいましたわね。
残念でした。
「私、ずっと自分だけならいつ死んでもいいと思っていましたの。私だけならとっくに国王様を殺して自分も死んでいましたのに、あなたは私の大切な家族も巻き込んでくれましたわね?」
誓約は私だけでなく家族にも繋がっていた。
「私はあなたを許さない。だけど私は何もしない。ええ、何もしませんわ。私は、ね?」
だって死ぬのはもう少し後でもいいかと思わせてくれる人が、人たちができたから。
そっと私は私を背後から抱きしめる私の番と、私の足下に来て跪く私の下僕の手をそれぞれ手に取ってゆるく握る。
「心配なさらないで国王様。すぐには殺しはしません。あなたが死んだ場合に私の誓約がどうなるか、しっかり調べて可能なら解いてから、殺すそうですから」
すぐに死んでおいた方が楽だったかも知れませんけど?
甲高い悲鳴があちこちで上がる。
視界の隅に赤いものが見えた。
チリチリと会場を焼く赤い炎。
「では皆様、長らくお付き合い頂いてありがとうございました」
私は失礼しますわね?と声をかけたけれど、うん。
誰も聞いていない。
と思えば私を睨むビッチと目が合った。
すごいわね?いまだに私を睨む気力があるなんて。
感心する私の身体が、抱きしめる腕ごとふわりと宙に浮いた。見上げた赤い瞳に「行くぞ」と促されて、私は小さく頷く。
消え去る間際、ピンクブロンドの髪が炎の赤い舌に舐められるのが見えた。
ねっとりと、頬を撫でる。
「忘れていただけですよ?ですから、誓約を破ったことにはなりませんの。だって国王様は私に魔王を倒して魔族の鉱山を手に入れて来いとは命令されましたけど、その後は浮かれて放蕩三昧、宝石に心を奪われてましたものね?」
時とともにいくつもの国に分かれた人間と違い、一人の王のもとに一つの国を作る魔族。
竜よりも少なく、人間よりも多い魔力を持つかわりに生殖能力が低く、数が少ない彼ら。
彼らの治める土地にはたくさんの鉱山がある。
一年ほど前のある日。
国王様は私に人間の敵である魔王を倒して来いと命令した。人間の敵などと言うが、だいたいいつも鉱山ほしさに争いを仕掛けるのは人間だ。
とはいえ私は命令されたことを行うだけ。
ただ面倒だったので国王様たちが兵を用意している間に一人でさっさと乗り込んだ。
魔族は一個の動物の群れのようなもの。
頭さえ倒してしまえば後はなんとでもなろうと。
別に殺されるのならそれはそれで良い。
このくだらない下僕な人生に終止符が打てるというだけ。
有り体にいえばやけになっていたし、自殺願望の表れというものだったのだろうが。
結果、一人で乗り込んだ私は王に戦いを挑みたければ我らを倒せという四天王をまとめて氷漬けにし、案外あっさりと魔王も下してしまった。
「私は魔王を倒して、魔族から従属の証として国王様に鉱山を二つほど差し出させましたけれど。魔族は人間と違い強い者をボスとして崇める種族なもので、まあなんと言いますか、私がボスーーつまり魔王になりましたの」
「「「は?」」」
あら皆様仲のよろしいこと。
「うふふ。でですね、魔王就任の報告を空に行うというので竜皇様に会いに行ったのですが、あ、魔族は人間と違って転移魔法が使えますから、まだ少しは空と交流があるのですわ!そうしたら竜皇様が私を自分の番だと言い出しまして。もう本当に面倒です。婚約者がいると言っているのに聞いて下さらないし、私の誓約を知って激怒するし、元魔王は魔王でなんだかおかしな扉を開いてしまったみたいで下僕化しててやっぱり激怒してますし、宥めるのが大変でしたのよ?ですが怒りに任せて二人が国王様やハロルド様をプチッとしてしまったら私はこの先も一生誓約に囚われたまま誰とも結ばれないですから、なので、先に婚約を破棄させて頂くことにしました。これで私の誓約はあと一つ」
「ああ、これで誓約を気にせずそなたを口説くことができるな」
ふわりと背後から肩を抱かれて、前に回された手をぽんと叩いた。
「私、そういうのはあまり慣れていないと言っているでしょう?お手柔らかに、ね?」
そうは言っても、このぬくもりは存外心地よくて悪くはない。そう思いながら私は身体から力を抜き、寄りかかる。
私の背後に転移してきた彼ーーその背の竜の羽根に、会場の貴族たちが我先にと逃げ出そうとして、床に縫い付けられた。
私が贈呈した指輪とブレスレット。それから這い出た黒い糸によって。
「……何故?」
目を見張る国王様。
「あらだって私は宙に浮かべただけですもの。皆様がご自分で手に取られたのでしょう?自業自得というもので私が直接害を与えたわけではないですから、誓約には触れないですよね」
髪を撫でる指に目を細めながら、親切な私は少しだけ声が出るようになった国王様の疑問に答えてあげる。
無理矢理嵌めさせていたら今頃私の心臓は止まっていたでしょうけど。
あくまでも私は束縛の魔法をかけた装飾品を目の前に浮かべてみせただけ。
どこまでが誓約に触れてどこまでが触れないか、私は何度も痛みに耐えて検証してきた。
「ええ、ボ……主、あなたは何もする必要はありません。命令も必要ない。私たちが勝手にするだけですから」
ゾロリとハロルドの足下から這い出てきた元魔王で現私の下僕な男がハロルドの首に指を回す。
というか、今ボスと言いかけたわね。
恥ずかしいからやめろと言ってるのに。
「……ぁ?」
コロンとハロルドの首から上がもげて床に落ちた。
コロコロと転がったそれはビッチの爪先で止まり、ビッチと見つめ合う。
「……っ!ニナ・ニルベール!命令だ!!やめさ……」
やめさせろ、と命令したかったのでしょうが、その前に鼻から下がぱっくりイッてしまいましたわね。
残念でした。
「私、ずっと自分だけならいつ死んでもいいと思っていましたの。私だけならとっくに国王様を殺して自分も死んでいましたのに、あなたは私の大切な家族も巻き込んでくれましたわね?」
誓約は私だけでなく家族にも繋がっていた。
「私はあなたを許さない。だけど私は何もしない。ええ、何もしませんわ。私は、ね?」
だって死ぬのはもう少し後でもいいかと思わせてくれる人が、人たちができたから。
そっと私は私を背後から抱きしめる私の番と、私の足下に来て跪く私の下僕の手をそれぞれ手に取ってゆるく握る。
「心配なさらないで国王様。すぐには殺しはしません。あなたが死んだ場合に私の誓約がどうなるか、しっかり調べて可能なら解いてから、殺すそうですから」
すぐに死んでおいた方が楽だったかも知れませんけど?
甲高い悲鳴があちこちで上がる。
視界の隅に赤いものが見えた。
チリチリと会場を焼く赤い炎。
「では皆様、長らくお付き合い頂いてありがとうございました」
私は失礼しますわね?と声をかけたけれど、うん。
誰も聞いていない。
と思えば私を睨むビッチと目が合った。
すごいわね?いまだに私を睨む気力があるなんて。
感心する私の身体が、抱きしめる腕ごとふわりと宙に浮いた。見上げた赤い瞳に「行くぞ」と促されて、私は小さく頷く。
消え去る間際、ピンクブロンドの髪が炎の赤い舌に舐められるのが見えた。
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