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アリシアが父を亡くした時。
アリシア自身も茫然としていたし悲嘆していたし混乱もしていたけれど、たぶんそれ以上に国全体の方が混乱していた。
父を襲った病魔は最初辺境の小さな村で見つかったという。
まず表に現れるのは虫刺されのような赤い発疹。
多くが首や腕の内側、脇など、皮膚の比較的柔らかい部分に集中して、日を追うごとに広がっていく。
ついで発熱、吐き気といった症状が出る。
そうなったら後は数日で昏睡状態にまで陥りそのまま目覚めない。
父の首に赤い発疹が見つかった時には、すでに病は国中に蔓延しはじめていた。
だから、父も、使用人たちも、アリシア以外の周りにいたすべての人間がすぐに父は病に犯されていると気づいたらしい。それで、アリシアは父から遠ざけられた。
もっとも、それ以前から感染を防ぐため、アリシアは外出を禁止されていたし、ほとんど部屋に軟禁されているような状態だったけれど。
毎日寝る前には必ず顔を見せて「おやすみ」を言っていた父がある日から来なくなった。
そして、二度と会えなくなった。
この国では、通常死者は生前の姿そのままで土の下に埋められる。けれど流行り病で亡くなった者だけは別だ。
流行り病で亡くなった死者は、葬儀も行なわれることなく火に焚べられ、灰になる。
発疹が見つかって以来一度も会えず、声さえも聞けないまま、アリシアに残された父は小さな硝子瓶に入れられたわずかな白い灰と一房切り取られたアリシアと同じ色の髪だった。
隣国で特効薬が開発されたのはそれからひと月もしない内。その薬のおかげで父と同じ病に犯されていたオーエンおじ様は助かって、けれど自身も病に倒れたばかりで、自領内の病もいまだ終息には程遠い。オーエンおじ様はとても優秀な貴族家当主でもあるし領主でもあるが、それでもその状態で他家の問題にまですぐさま手を打てるかと言えばそうではなかった。
そもそも国中が混乱していて、情報も混乱し、錯綜していたのだ。
オーエンおじ様は父の死を知る前に病に倒れ、アリシアはというといまだ自失したままで――そのスキを突かれるようにメイソン子爵家族という害虫がやってきた。
父の残した家が、大切な領地が、領民が少しずつ壊されていくのに、あの頃のアリシアはただ悲しく見ているだけだった。それしかできなかった。
あの頃のアリシアはメイソン夫妻が思っていた通リ、何もできない人形のようなものだった。
自分にはもう何もないような気がして、何もかも失くしてしまったような気がして、すべてがどうでもいいように思えた。
そんなアリシアを迎えにきてくれて、側にいてくれて、誰よりも寄り添ってくれたのがクリストファー。クリス兄様だったのだ。
アリシア自身も茫然としていたし悲嘆していたし混乱もしていたけれど、たぶんそれ以上に国全体の方が混乱していた。
父を襲った病魔は最初辺境の小さな村で見つかったという。
まず表に現れるのは虫刺されのような赤い発疹。
多くが首や腕の内側、脇など、皮膚の比較的柔らかい部分に集中して、日を追うごとに広がっていく。
ついで発熱、吐き気といった症状が出る。
そうなったら後は数日で昏睡状態にまで陥りそのまま目覚めない。
父の首に赤い発疹が見つかった時には、すでに病は国中に蔓延しはじめていた。
だから、父も、使用人たちも、アリシア以外の周りにいたすべての人間がすぐに父は病に犯されていると気づいたらしい。それで、アリシアは父から遠ざけられた。
もっとも、それ以前から感染を防ぐため、アリシアは外出を禁止されていたし、ほとんど部屋に軟禁されているような状態だったけれど。
毎日寝る前には必ず顔を見せて「おやすみ」を言っていた父がある日から来なくなった。
そして、二度と会えなくなった。
この国では、通常死者は生前の姿そのままで土の下に埋められる。けれど流行り病で亡くなった者だけは別だ。
流行り病で亡くなった死者は、葬儀も行なわれることなく火に焚べられ、灰になる。
発疹が見つかって以来一度も会えず、声さえも聞けないまま、アリシアに残された父は小さな硝子瓶に入れられたわずかな白い灰と一房切り取られたアリシアと同じ色の髪だった。
隣国で特効薬が開発されたのはそれからひと月もしない内。その薬のおかげで父と同じ病に犯されていたオーエンおじ様は助かって、けれど自身も病に倒れたばかりで、自領内の病もいまだ終息には程遠い。オーエンおじ様はとても優秀な貴族家当主でもあるし領主でもあるが、それでもその状態で他家の問題にまですぐさま手を打てるかと言えばそうではなかった。
そもそも国中が混乱していて、情報も混乱し、錯綜していたのだ。
オーエンおじ様は父の死を知る前に病に倒れ、アリシアはというといまだ自失したままで――そのスキを突かれるようにメイソン子爵家族という害虫がやってきた。
父の残した家が、大切な領地が、領民が少しずつ壊されていくのに、あの頃のアリシアはただ悲しく見ているだけだった。それしかできなかった。
あの頃のアリシアはメイソン夫妻が思っていた通リ、何もできない人形のようなものだった。
自分にはもう何もないような気がして、何もかも失くしてしまったような気がして、すべてがどうでもいいように思えた。
そんなアリシアを迎えにきてくれて、側にいてくれて、誰よりも寄り添ってくれたのがクリストファー。クリス兄様だったのだ。
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