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吸血鬼ミレイの憂鬱

4 第二王子とバラガン

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 廊下には足音と共に緊張が流れていた。第二王子マーカスが、魔術師バラガンと騎士団長ガンシーヌを引き連れて堂々と歩いてくる。彼らの態度は、まるで廊下が自分たちの専用道であるかのようだった。

 その時、レオナルドとミレイが廊下の曲がり角を曲がってきた。ぶつかりそうになるが、レオナルドが慌てて避ける。

「おお、兄貴! こんなところで会うとはな」

 レオナルドは明るく挨拶した。

 マーカスは鼻で笑いながら、嫌味たらしく言葉を返した。

「まあ、馬鹿弟とその…お連れさん。演習はどうだった? また木の的を倒すのに苦労していたのかい?」

 レオナルドは頭をかいて苦笑いを浮かべた。

「いやいや、今日は的じゃなくて、ガンシーヌをね」

 ミレイはそのやり取りを見て、楽しそうに微笑んだ。マーカスの鋭い言葉にも、レオナルドはいつものように明るい態度を崩さない。

 バラガンは二人のやり取りを見て、興味深げにヒゲをひねりながら言った。

「王子、あなたの剣の腕は確かだが、言葉の応酬はまだまだのようだね」

 ガンシーヌはその場の空気を和らげようと、大げさに肩をすくめて見せた。

「王子の剣は鋭いが、舌はまだ研ぎ澄まされていないようだな」

 マーカスは自分が一番とばかりに胸を張り、廊下を先導した。

「さて、私は重要な会議がある。馬鹿王子もその…夜に強いお友達も、邪魔しないようにな」

 レオナルドは肩をすくめてミレイに向かってささやいた。

「マーカスっていつもこんな感じだけど、慣れたもんさ」

 ミレイはクスリと笑いながら答えた。

「君の兄弟愛は、本当に…面白いわね」

 二人の姿が廊下の曲がり角を曲がると、そのコミカルな兄弟のやり取りは幕を閉じた。

 王の間から、王アルベルトは廊下での一幕をこっそりと眺めていた。息子たちのやり取りを見て、彼は心の中で深いため息をついた。

「ああ、レオナルド…勇敢で心優しいが、野心も駆け引きもない」

 王は自分の息子に思いを馳せた。

「そしてマーカスは…野心はあるが、強すぎる」

 アルベルト王は自分の玉座に深く腰を下ろしながら、王国の未来について考え込んだ。レオナルドが剣で敵を倒すのは見事だが、王としての資質はまだまだだ。一方でマーカスは計算高く、王位を狙う姿勢が明確だった。

「どちらも王子としての長所と短所がはっきりしている」

 王はぼんやりと窓の外を見ながらつぶやいた。

「この二人がうまくバランスを取れれば、理想の王になるのに…」

 そんな王の願いとは裏腹に、レオナルドとマーカスは自分たちの世界に生き、それぞれの道を歩んでいた。王アルベルトはふたりがいつか理解し合い、力を合わせて国を導く日が来ることを密かに願っていた。

 マーカス王子は、廊下の人目につかない陰でガンシーヌとバラガンを引き止めた。彼の目には狡猾な輝きが宿っていた。

「次の遠征でのことだが…」マーカスは声を低めて言い始めた。

「レオナルドを…排除する計画を立てている」

 ガンシーヌは一瞬の沈黙の後、慎重に言葉を選んだ。

「それは大胆な…」

 バラガンは不敵な微笑を浮かべながら割り込んだ。
「物騒な話だね。しかし、なぜそんなリスクを冒す?」

 マーカスは冷たく笑い、その真意を明かした。

「王も第一王子のルイスも、あの愚かな愚弟レオナルドを気に入っている。私にとって、やつが邪魔なのだ」

 ガンシーヌは苦虫を噛み潰したような表情で、頷くしかなかった。バラガンは少し楽しそうに、策を巡らせ始めた。

「私の至高魔術で援護いたします。ただし、完璧な計画が必要だ。失敗は許されないからね」

 マーカスは満足そうに二人を見渡し、ささやかな勝利を確信した。

「良い。では、詳細は後で決める。誰にも口外するなよ」

 三人はそれぞれの思惑を胸に、陰謀の種をまいた。王国の未来が、この暗い計画によって大きく揺れ動こうとしていた。
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