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あれ

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 ある紳士が格式の高い店に入った。中年で身なりがよく、動きに品があった。

「こんにちは、当店の店長をしております、木内と申します」
 店長が挨拶をした。店長も客層に合わせた教養を持っていた。

 紳士:「こんにちは、じつは新しく家を建てるので来たんだよ」

 紳士を展示室へ案内して、店長はそれを見せた。
 店長:「それではこちらはいかがですか」

 紳士:「色々なデザインがあるんだね、普段気にして使ってなかったよ」

 店長:「お客様みなさんそういわれます」
 店長は好意的な声色と笑顔で答える。

 紳士:「色は何があるかな」

 店長:「一般的には白です。変わったもので金やピンク、ラメが入ったものがあります」

 紳士:「うーん、あまり奇抜なものは妻も私も好きでないんだよ」

 店長:「清潔感やメンテナンス性も考えると、白をおすすめします」

 紳士:「うん、白で同じもの3つ頂こう」

 店長:「2つでなく、3つですか。さぞや大きなお家なのでしょう」

 紳士:「三階建てだからね、ところで成績書などあるのかね」

 店長:「成績書もありますが、提供できるのはメーカーで実施したタイプテスト(型式試験)データです。ロット生産なので個別のデータは存在しないのでご了承ください」

 紳士:「素材や製造方法が変わらないならそれで問題ないだろう。次に来るときにみせてくれ」

 紳士から名刺をもらう。名刺にはあの大手メーカーの名前が書かれていた。品質保証部門らしい。

 店長:「オプションはいかがされますか」

 紳士:「一般的なものでかまわないよ」

 店長:「ヒーター機能もお付けして大丈夫ですか」

 紳士:「そうだね、お願いしするよ。東北の別荘で冷えるからね」

 店長:「西洋と和式、中国式などありますが、これは西洋式のみのオプションですので」

 紳士:「陶磁器だが、和的な温かみがあってもはや西洋式とは言えない気がするね」
 店長は相槌を打ちながら、タブレットにお客様情報を入力していた。

 店長:「試乗はいかがなされますか?」

 紳士:「こういってはあれだが、少し恥ずかしいのだよ」

 店長:「失礼いたしました」

 紳士:「いやいや、大丈夫、人前で便座に座るのはみな躊躇ちゅうちょすることだからね、お気遣いありがとう」

 ひとしきり談笑したのち、紳士は店を出た。
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