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怪奇小説という題名に憧れる

3 確か

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 確か、こんな話だった気がする。まだ、引き返せるという高原一郎の独白から話は進むのだ。記憶が正しければ...



 和也の指先は、遥の筆跡に触れるように日記のページをめくる。初めの頃は、共に過ごした日々の輝かしい瞬間に彩られていた。ピクニックでの笑顔、映画館でのぎこちない手の重なり、星空の下でのささやかな誓い。それらの記述からは、甘い愛情が溢れ出ているようだった。

 しかし、ページを進めるごとに、日記の内容は変わり始めた。遥の文字は、時に鋭く、時に繊細に、和也に対する不満を綴っていた。彼女が微笑みを浮かべるその裏で、抱えていた疑問と不安がそこにはあった。

「私たち、本当に理解し合えているのかな?」

「和也はいつも忙しくて…一緒にいるはずなのに、孤独を感じることがある」

「彼の夢を応援したいけど、私の夢はどこにあるの?」

 和也の心臓は、その言葉たちに重く圧迫される。彼女の笑顔の裏側にあった真実を、彼は今、初めて知ることになった。その真実は、彼がこれまで意識して見ないようにしていたものだったのかもしれない。

 遥が彼に望んでいたもの、彼が彼女に与えられなかったもの。その全てが、今、彼の前に広がる日記の中に記されていた。

 和也は、ページをめくる手を止めた。彼は窓を開けると、そこから聞こえてくる波の音に耳を傾けた。

 慎吾は、和也の物語のプロットに何度も手を加えていた。彼の机は紙とメモで散らかり、コーヒーカップが二つ、すでに冷め切っていた。窓の外では夕暮れが町を柔らかなオレンジ色に染め上げていく。その静けさを打ち破るように、ドアがノックされた。

 打ち破るように、ドアのノックが響く。慎吾は一瞬、眉をひそめたが、すぐに日常に戻ると、ドアに向かった。

「どうぞ、入ってください」

 扉が開き、例の女性が現れた。彼女は以前、慎吾の書く物語に興味を示し、何度か意見を交わしたことがある。彼女の訪問はいつも予期せぬものだが、慎吾にとっては歓迎すべき刺激だった。

 例の女性の声がした。彼女は、前回訪れた時と同じように、何の予告もなく現れた。彼女の姿は、いつもと変わらず落ち着いた雰囲気を纏っている。しかし、慎吾には彼女が持つ何とも言えない緊張感が伝わってくる。

「ああ、どうぞ」

 慎吾となっていた。

「慎吾さん、お邪魔します」

 彼女の声は、いつも通り穏やかで、慎吾の部屋に溶け込むようだった。彼女は慎吾のプロットに目を通し、そして彼の苦労を察してか、優しい一言をかける。

「和也と遥の話、進んでいますか?」

 慎吾は苦笑いを浮かべながら、彼女に向き直った。

「はい、少しずつは筆を置き、彼女を迎え入れた。彼女は部屋に一歩踏み入れると、周りを見渡し、慎吾の机の上に目を落とした。

「また小説のプロットに詰まってるの?」

 彼女の声は穏やかだが、その眼差しは鋭い。慎吾は苦笑いを浮かべながら、頷いた。

「うん、和也のキャラクターにもっと深ですが。彼らの物語は、予想以上に複雑で…」

 女性は微笑みながら、慎吾の隣に座った。

「人の心は複雑ですものね。でも、その複雑さが読者を引き込む魅力にもなるんじゃないでしょうか。」

 彼女の言葉には、いつも慎吾を励ます力があった。慎吾は、彼女が提案する新たな視点やアイディアを受け入れながら、物語をを持たせたくてね。彼の内面と遥の日記に隠された真実を、どう表現するか…」

「難しい問題ね。でも、その苦労がきっといい作品を生むわ。」

 彼女はそう言って、慎吾の隣に腰を下ろす。彼女の存在は、慎吾にとって何か別の意味をさらに深化させていく準備をしていた。


(おい...おかしいぞ)

 高原一郎は展開に違和感を感じていた。

(和也と考えた話では、引き続き夜のはずだ。女性は不気味な存在のままだ。この話はページが抜けている...)

 高原一郎は思い出した。

(これは和也が生前持っていた原稿だ。俺が渡された原稿は実家にあるはずだ)

 こうして、高原一郎は近くにある実家へ行くことを決めた。
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