「ライ麦畑で彼女は笑った」ー短編集

『むらさき』

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ピアノの音

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　奈緒は校庭の片隅で先輩の優希に告白した。優希はサッカー部のエースで、奈緒がずっと憧れていた存在だ。だが、優希の答えは冷たく、簡潔だった。

「ごめん、奈緒ちゃん。君の気持ちは嬉しいけど、今は誰とも付き合うつもりはないんだ」

　その言葉に奈緒の心は砕け散った。涙をこらえながら学校の廊下を歩いていると、音楽室の前で立ち止まった。美しいピアノの音色と澄んだ歌声が彼女を引き寄せたのだ。

　静かにドアを開けると、そこには和也がいた。和也は同じクラスの地味な男子で、いつも大人しく目立たない存在だった。だが、その歌声とピアノの演奏は別人のように魅力的だった。奈緒は驚きと感動でいっぱいになり、思わず拍手を送った。

「すごく素敵だったよ、和也くん」

　和也は驚いた表情で振り向き、少し赤面しながらもツンツンとした態度で返事をした。

「なんでここにいるんだよ。俺のことなんて放っておいてくれ」

　奈緒は笑顔で答えた。

「ただ、演奏が本当に素晴らしかったから聞いていたくなったの。迷惑だったらごめんね」

　その日以来、奈緒は和也のことが気になり始めた。彼の冷たい態度にもかかわらず、毎日音楽室に通って彼の演奏を聴くようになった。和也は最初こそ疎ましく思っていたが、次第に彼女の熱心さと優しさに心を開いていった。

　ある日、和也の演奏を撮った奈緒は、その美しい演奏をSNSにアップした。最初は和也に黙っていたが、投稿が多くの反響を呼び、和也にも伝えざるを得なくなった。

「何やってるんだ！俺はそんなこと頼んでない！」

　和也は怒りを露わにしたが、奈緒は真剣な眼差しで彼に答えた。

「和也くんの音楽をもっと多くの人に聴いてもらいたかったの。あなたの才能は素晴らしいから、みんなに知ってほしかったの」

　和也はしばらく黙っていたが、次第にその意図を理解し、怒りが収まっていった。

「言い過ぎた、ごめん」

　時間が経つにつれて、和也の演奏はSNSで人気を集め、彼自身も次第に自信を持つようになった。奈緒はその過程で彼を支え続け、二人の絆は深まっていった。

　ある日の放課後、和也は奈緒に向かって真剣な表情で話し始めた。

「ちょっと話があるんだ」

　奈緒は和也の緊張した様子に驚きつつ、静かに頷いた。和也は深呼吸をして、心の奥底にある秘密を打ち明けることに決めた。

「実は、俺の家族は全員音楽家なんだ。父も母も、そして兄もみんなプロの演奏家。小さい頃から音楽の英才教育を受けていたんだけど、それがすごく辛くてさ…」

　和也の目がどこか遠くを見つめるようになった。

「毎日厳しい練習と期待に押し潰されそうで、音楽が嫌いになったんだ。だから、中学生の時に音楽を辞めるって決めて、それ以来ピアノには触れなかった。でも、どうしても音楽から完全に離れることはできなくて、高校に入ってからは放課後こっそり音楽室でピアノを弾いてたんだ」

　奈緒は驚きと同時に、和也の孤独な戦いを想像して胸が痛んだ。

「それで、昨日のことなんだけど、両親が俺に謝ってきたんだ。SNSで君がアップしてくれた動画を見て、俺がまだ音楽を愛していることを知ってくれたみたいで」

　和也は少し笑みを浮かべた。

「今まで俺にかけたプレッシャーがどれだけ辛かったか、理解してくれたんだ。正直、驚いたけど…嬉しかったよ」

　奈緒は和也の話に感動し、心からの声をかけた。

「和也くん、そんな過去があったなんて…本当に大変だったんだね。でも、君の音楽は本当に素晴らしいから、これからもずっと応援したい。私がそばにいてもいい？」

　和也は奈緒の手を取り、優しく微笑んだ。

「もちろんだよ。君がいてくれることが、俺にとってどれだけ力になるか…ありがとう。これからも一緒に、俺の夢を追いかけてくれる？」

　奈緒は涙ぐみながら大きく頷いた。

「うん、ずっと応援するよ、和也くん。君の音楽がもっと多くの人に届くように、私も力になりたい」

　和也と奈緒の絆は、音楽と共にますます深まっていった。和也は再び音楽への情熱を取り戻し、奈緒は彼の夢を支えることで自分自身も成長していく。二人は互いに励まし合いながら、未来への一歩を踏み出していった。

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