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ぷりてぃ・すふぃんくす10
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この国から隣国に向かうためには、大きく分けて二つのルートがある。
山道ルートと平地ルート。
山道ルートは半日ほどだが、平地ルートは二日ほどかかってしまう。
だが、殆どの人は平地ルートを利用する。何故なら、この山を通るためには、山に住まう魔獣スフィンクスから問われる問題に答えなければならない。答えられなければ、食われてしまうという…。
順調といえる仕事に就けていることは、ありがたいことだ。とはいえ、順調でありすぎて、単身赴任となってしまった事には、正直言って良い思いはない。
まあ、単身赴任と言っても、赴任先は国境の山を越えた向こうの町で、その山を通る道を行けば、徒歩でも一日とかからずに帰ることもできる。無論、そうでなかったら、いかに仕事上で必要なことであっても、単身赴任なんぞ受け入れることはなかったのだが。
会社の方でも、そういった事情は無視しているわけではないことはありがたいことだと思う。私の立場として、仕事をこなすだけでなく関係先との折衝方など、他の社員への教育係の側面もある。
その方面も功を奏して、ボーナスとして一週間の休暇を貰える事となった。帰らぬ訳は無かろうもんである。わざわざ遠回りになる平地ルートを行く理由なんぞあろうものか。
「お待ち…な、さ…い」
山道ルートも中盤。頂上付近に差し掛かった時に、手足がネコ科の様相で毛皮のレオタードに羽を背負った美女が現れた。
…のだが、微妙に表情がうつろである。声も小さく、かなりかすれていて、言い方も途切れ途切れだった。
「ごほ、げほ、がほ」
スフィンクスは手を口元にあてて咳き込んだ。
「…大丈夫ですか?」
「ちょっと風邪気味なだけれす。スフィンクスの風邪は人間に移らないから、だいじょう…げほげほげほ」
「マスクくらいした方がいいんじゃないんですか」
「いや、接客にマスクしてたら失礼じゃない?」
「咳き込みながらするのも失礼じゃないですかね」
「そこはそれ。人間には移らないから」
「だから、そうじゃなくて。まあ…飴でもなめる?」
私もちょっと喉が弱くて、扁桃腺炎を起こしたりすると、高熱を発したりしてしまうために、喉に関連する予防は欠かさないでいる。医薬品でないものでも、のど飴は必需品である。
「ありがとう~。人間ののど飴ってよく効くから、嬉しいわあ」
スフィンクスは、パクッとのど飴を含んで、コロコロと口の中で転がした。
「薬はないんですか?」
「スフィンクスって、魔獣でしょ。大抵の事は気合いでどうにかできちゃうのよね。薬も、さすがにスフィンクルエンザのはあるけど、他はあまり聞かないわね」
かすれていた感じの声がもう治っている。効くにしても速いもんだ。
「スフィンクルエンザ?」
「人間で言うところのインフルエンザよ。魔獣の細胞に感染するウイルス性感冒症。前にかかった時は、熱が120度まで上がっちゃって、さすがにちょっとしんどかったわ」
120度でちょっとですか。人間ならもう煮えるの越えて、からっからに干からびちゃいますよね。
本人は大丈夫だと言ってはいるものの、話している間に時折ボーッとするような様子もあって、ちょっと心配になってきた。
「まあちょっと、熱はあるっちゃあるんだけど」
「大丈夫なんですか?」
つい、スフィンクスの額に手を当てようとしてしまったが、パッと手を払われてしまった。
「あ、これは失礼。例の騒ぎもハラスメント関連でしたね」
「いえいえ、そうじゃないの。嫌だったからとかじゃなくて、熱がちょっとあるから」
「では手を払ったのは?」
「火傷するかもしれないからよ。まあ、今朝計った時は67度7分しかなかったけど、人間には危ないかもでしょ」
「スフィンクスって、平熱ってどのくらいなんですか」
「人間と変わらないわよ。37度くらい」
「それで平気なんですか」
「さすがに70度越えたら出勤停止になっちゃうけど」
「やはり魔獣なんですね」
「まあ…そういうわけで、引き止めちゃってごめんなさい。ここを通る御用の向きは何かしら」
「休暇をもらえたので、半年ぶりに家に帰るところです」
「朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足。これは何」
「人間です」
「オッケー。じゃあ、掴まって」
「はい?」
「のど飴のお礼に下まで送ってあげる。ハラスメント関連とか、熱のことも心配ないわよ。不意でなければ、防護結界使うんで、直接には接触しないし、外から見ても変には見えないから」
ううむ、普段であれば遠慮するところであるが、家には早く着きたいところであるし、ここでロスした時間も確かに惜しい。
「そういうことであれば、お世話になります」
羽をたたんでくれたスフィンクスにおぶさるように掴まると、ふわっと浮き上がった。そのまま、ものすごい勢いで飛んだのだった。下りの街道出口まで普通なら二時間以上かかるのだが、ものの五分くらいで着いてしまった。
「あたしが行けるのはここまで。じゃあ、あとは気をつけてね」
私も礼を返して、飛んで行ったスフィンクスを見送った。
と、直後に盛大なくしゃみが聞こえたのだが、大丈夫かな。
山道ルートと平地ルート。
山道ルートは半日ほどだが、平地ルートは二日ほどかかってしまう。
だが、殆どの人は平地ルートを利用する。何故なら、この山を通るためには、山に住まう魔獣スフィンクスから問われる問題に答えなければならない。答えられなければ、食われてしまうという…。
順調といえる仕事に就けていることは、ありがたいことだ。とはいえ、順調でありすぎて、単身赴任となってしまった事には、正直言って良い思いはない。
まあ、単身赴任と言っても、赴任先は国境の山を越えた向こうの町で、その山を通る道を行けば、徒歩でも一日とかからずに帰ることもできる。無論、そうでなかったら、いかに仕事上で必要なことであっても、単身赴任なんぞ受け入れることはなかったのだが。
会社の方でも、そういった事情は無視しているわけではないことはありがたいことだと思う。私の立場として、仕事をこなすだけでなく関係先との折衝方など、他の社員への教育係の側面もある。
その方面も功を奏して、ボーナスとして一週間の休暇を貰える事となった。帰らぬ訳は無かろうもんである。わざわざ遠回りになる平地ルートを行く理由なんぞあろうものか。
「お待ち…な、さ…い」
山道ルートも中盤。頂上付近に差し掛かった時に、手足がネコ科の様相で毛皮のレオタードに羽を背負った美女が現れた。
…のだが、微妙に表情がうつろである。声も小さく、かなりかすれていて、言い方も途切れ途切れだった。
「ごほ、げほ、がほ」
スフィンクスは手を口元にあてて咳き込んだ。
「…大丈夫ですか?」
「ちょっと風邪気味なだけれす。スフィンクスの風邪は人間に移らないから、だいじょう…げほげほげほ」
「マスクくらいした方がいいんじゃないんですか」
「いや、接客にマスクしてたら失礼じゃない?」
「咳き込みながらするのも失礼じゃないですかね」
「そこはそれ。人間には移らないから」
「だから、そうじゃなくて。まあ…飴でもなめる?」
私もちょっと喉が弱くて、扁桃腺炎を起こしたりすると、高熱を発したりしてしまうために、喉に関連する予防は欠かさないでいる。医薬品でないものでも、のど飴は必需品である。
「ありがとう~。人間ののど飴ってよく効くから、嬉しいわあ」
スフィンクスは、パクッとのど飴を含んで、コロコロと口の中で転がした。
「薬はないんですか?」
「スフィンクスって、魔獣でしょ。大抵の事は気合いでどうにかできちゃうのよね。薬も、さすがにスフィンクルエンザのはあるけど、他はあまり聞かないわね」
かすれていた感じの声がもう治っている。効くにしても速いもんだ。
「スフィンクルエンザ?」
「人間で言うところのインフルエンザよ。魔獣の細胞に感染するウイルス性感冒症。前にかかった時は、熱が120度まで上がっちゃって、さすがにちょっとしんどかったわ」
120度でちょっとですか。人間ならもう煮えるの越えて、からっからに干からびちゃいますよね。
本人は大丈夫だと言ってはいるものの、話している間に時折ボーッとするような様子もあって、ちょっと心配になってきた。
「まあちょっと、熱はあるっちゃあるんだけど」
「大丈夫なんですか?」
つい、スフィンクスの額に手を当てようとしてしまったが、パッと手を払われてしまった。
「あ、これは失礼。例の騒ぎもハラスメント関連でしたね」
「いえいえ、そうじゃないの。嫌だったからとかじゃなくて、熱がちょっとあるから」
「では手を払ったのは?」
「火傷するかもしれないからよ。まあ、今朝計った時は67度7分しかなかったけど、人間には危ないかもでしょ」
「スフィンクスって、平熱ってどのくらいなんですか」
「人間と変わらないわよ。37度くらい」
「それで平気なんですか」
「さすがに70度越えたら出勤停止になっちゃうけど」
「やはり魔獣なんですね」
「まあ…そういうわけで、引き止めちゃってごめんなさい。ここを通る御用の向きは何かしら」
「休暇をもらえたので、半年ぶりに家に帰るところです」
「朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足。これは何」
「人間です」
「オッケー。じゃあ、掴まって」
「はい?」
「のど飴のお礼に下まで送ってあげる。ハラスメント関連とか、熱のことも心配ないわよ。不意でなければ、防護結界使うんで、直接には接触しないし、外から見ても変には見えないから」
ううむ、普段であれば遠慮するところであるが、家には早く着きたいところであるし、ここでロスした時間も確かに惜しい。
「そういうことであれば、お世話になります」
羽をたたんでくれたスフィンクスにおぶさるように掴まると、ふわっと浮き上がった。そのまま、ものすごい勢いで飛んだのだった。下りの街道出口まで普通なら二時間以上かかるのだが、ものの五分くらいで着いてしまった。
「あたしが行けるのはここまで。じゃあ、あとは気をつけてね」
私も礼を返して、飛んで行ったスフィンクスを見送った。
と、直後に盛大なくしゃみが聞こえたのだが、大丈夫かな。
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