ホワイトムスク

つきねこ

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ホワイトムスク

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文化祭が間近にせまり、放課後も教室に残っての作業が多くなった。
とはいえ、実際によく働いているのは、主要メンバーばかりで、その他大勢は、ただ残って、集まって、机に腰掛けながらキットカットの大袋入りを回し食べして、おしゃべりしたり、ガラスの仮面やなんかを読んだりしているだけ。
それで誰かが、あとになってキットカットのカロリーを見るなんてバカな事をして、わあわあと一騒ぎが起きるなんてことを、毎度毎度繰り返している。
そんな中、漫画に興味のない由佳は、いつも通りのつまらなそう顔で、バンド雑誌を開いていた。ただお気に入りのバンドが出てくるたびに、
「ちょー、これ、見て!」
と、写真を見せてくる。
あー、はいはいかっこいいねー、と受け流しながら、私はちゃんと仕事をしているのよ、と目線で応える。
それを、さらっと無視して、またページをめくる。
それの繰り返しだ。

思い切りのよいショートカット。キリッとしてて、いつも無愛想な顔。声なんかかけたら、怒られそうだ…と、最初は私も思っていた。
ただのシャイなだけなんだけど。
クールビューティを目指してるから、なんていけしゃあしゃあと答える。
バスケ部だっただけはあって、高い身長。薄く化粧しても、甘さの出ない雰囲気は、身長のせいだけではないと思うけど。由佳はピンク系のメイクをしても、何故かブルーを連想させる。
ただ一つ、そんなキリッとした由佳のバランスを崩すのが、ホワイトムスクの香りだ。
今では、これが由佳の香りだな、と認識しているから、違和感はないけれど、初めて気付いた時は、ちょっとびっくりした。
なんというか、こんな感じの、ちょっと甘い媚びた香りは、由佳に似合わない気がした。

下校時刻になり、昇降口を出る。
「どっか寄ってく?」
と、言いながら、カバンの中の定期入れを探って、由佳を振り返った。
するとそこには、なんとも言えない、微妙な表情を浮かべて、私を飛び越した先の校門を見つめている由佳がいた。
私が振り向いて、校門を見ると、そこには一つ上の先輩が立っている。
「ごめん。今日はちょっと用ができた。」
なんでもないような口調で、なんだかクールに言って、私を追い越して歩いていったけどさ。
顔つきなんか、全然クールじゃない。
どこがクールビューティなんだか。
顔全体がガチガチに緊張して、不安気で、悲しいくらいに恋愛に惑う女子だ。
「りょーかい。」
私はひらひらと右手を振り、由佳の肩をポンと叩くと、駅に向かって歩き出した。

一人で駅前のマックに寄ってから、少しぶらつく。何が見たいわけでもないのだけど、まっすぐ帰る気にもならない。
外はすっかり暗いのに、異様な明るさの駅ビルで、洋服やら、見て回っていると、とんでもない非現実感が押し寄せてくる。
そんな時、ふと、甘やかな香りをさせて、知らないお姉さんが通り過ぎていった。
ホワイトムスクだ。
なんて衝撃、インパクトなんだろう。横様にタックルを食らったみたいだ。私の脳裏には、さっきの由佳の、あの表情がよぎり、ぐっと空気が重みを増した錯覚を覚えた。

苦しくて、息が詰まりそうだ。
苦しくて苦しくて、その場に立ち尽くす。
まるで、空気が膠になって、肺にまで流れ込んできたようだ。

知ってたよ。
先週、会いに行って告白したんでしょ?
ずっと好きだったんだから、良かったやん…。

そう、一言告げれば良いだけ。おめでとう、って一言。そして、ニコニコすればいいだけ。

そう思うのに。私は苦しくて、苦しくて、立ちすくむ。
ホワイトムスクの甘やかな香りに囚われてしまったんだ。
でも、だからって一体何が出来るっていうの?
私はただニコニコ笑って、祝福をする友人になればいいだけやないの?

私はBODY SHOPに向かった。
そして、ホワイトムスクのバスオイルを手に取り、会計をする。

いいやん、別に。私はずっと隣にいられるし。
泣きそうな胸の嵐を秘めながら、それでも勝ち誇った気持ちで、ホワイトムスクの香りをかいだ。





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