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1、愛されてるのか謎なんだって
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「アンタの彼氏って、めったに好きとか言わなそうだよね」
大きな教室で講義が始まるのを待っている最中、隣の席に座っていたまゆちゃんがふいにそんなことを言い出した。
どうだったかな、と少し考える。
のどかの彼氏は、同じ大学に通う同級生の黒瀬逸希くん。幼稚園の頃からずっと一緒の幼なじみで、のどかは昔からいっちゃんって呼んでる。
「あんまり言わないかも」
いっちゃんはのどかをいつも大切にしてくれるけど、『好き』みたいな直接的なことはほとんど言わないかもしれない。
甘い言葉を言ってくれるいっちゃんを想像してみたら面白くなってきて、つい顔がニヤけちゃう。
「告白してくれた時も、『付き合うぞ』だけだったし」
同じ学校の誰かと誰かが付き合ってるって噂をたまに聞くようになった中学二年生の夏休み明け。
いきなり告白されてびっくりして、『う、ん?』って聞き返したつもりだったのに。OKの返事をしたと思われたみたいで、付き合うことになったんだっけ。なつかしいなぁ。
「えー」
まゆちゃんは信じられないって顔をして、『なにそれ』と小さくつぶやく。
「罰ゲームで告白したわけじゃないよね」
「それはないかなぁ。いっちゃん、嫌なことは死んでもしない人だから」
いっちゃんはそういうの絶対やらなさそうだし、もしお友達が悪ノリしたとしても、『嫌だ』の一言で一蹴しそう。
「脅されて付き合ってるわけじゃないよね?」
眉をひそめ、ますます険しい顔つきになるまゆちゃん。
まゆちゃんとは外国語のクラスが同じで、大学に入ってからお友達になったんだ。お友達になってまだ三ヶ月ぐらいだけど、まゆちゃんは裏表のない性格で、昔からのお友達みたいに接してくれる。
今年の春から同棲を始めたのどかたちの家にも何度か遊びにきてくれたから、その時にいっちゃんとも会ってるんだ。
のどかにとってまゆちゃんは大好きなお友達だけど、まゆちゃんはいっちゃんがあまり好きじゃないみたい。
いっちゃんは言葉遣いがちょっと荒っぽいうえに、積極的に愛想を振りまくタイプじゃないから、誤解されることも多いんだ。きっとまゆちゃんもその一人なんだと思う。
「ううん、すっごく嬉しかった。のどかも小さい時からずーっと、いっちゃんを好きだったから」
机の上で両手を重ねて、ふふっと笑う。
でも、まゆちゃんはやっぱり納得してくれてないみたい。
「彼氏のどこら辺がいいわけ?」
「全部かなぁ」
「本気で言ってる?」
まゆちゃんにじっと見つめられ、のどかは自信をもってうなずく。
「かっこいいし、優しいし、いっちゃんの全部が好き」
切れ上がった鋭い黒い瞳、野生的な雰囲気、短めの黒いツンツンヘア。高校まではサッカーをやっていたいっちゃんは引き締まった身体をしていて、見る度にうっとりしちゃう。
いっちゃんよりもかっこいい人なんて、きっといないと思う。
156センチののどかよりも二十センチ以上背の高いいっちゃんに抱きしめられると、彼の胸の中にすっぽり包まれちゃうのも好き。
それに何より、いっちゃんはすごくすごく優しい人なの。
小さな時はよく迷子になってたのどかをいつも探しにきてくれて、『のどかにはオレがいないとダメだから』っていつも一緒にいてくれた。
のどかの困った時には一番に助けてくれるヒーローみたいないっちゃんが大好きで、気がついた時にはもう彼に恋をしてたの。
考えていたら、早くいっちゃんに会いたくなってきちゃったな。
「え、ちょっと待って」
のどかの妄想を止めたのは、戸惑ったようなまゆちゃんの声だった。
「なあに?」
「かっこいいのは、まぁ、百歩譲って認めるとして。優しいって、あいつが?」
本気で嫌そうな顔を浮かべているまゆちゃん。よっぽどいっちゃんが気に入らないみたいで、とうとうあいつ呼ばわりになっちゃった。
ちょっぴり分かりにくいだけで、いっちゃんほど優しい人もなかなかいないのになぁ。
「のどかはせっかく可愛くていい子なのに、あんな男と付き合ってるなんてもったいないよ」
可愛いって言ってもらえるのは嬉しいけど、大好きないっちゃんを悪く言われるのはやっぱり悲しい。
複雑な気持ちになっちゃって、曖昧な笑顔を作る。
「まゆちゃんの方が可愛いよ」
まゆちゃんは可愛いよりも綺麗かな?
かっこいいパンツスタイルも、あごで切り揃えたショートボブもまゆちゃんによく似合ってて、まゆちゃんはいつも綺麗。のどかにはそういうの似合わないから、憧れてるんだ。
「ぜったいに、のどかの方が可愛い! 柔らかそうなミルクティーベージュのふわふわロングも、明るめの垂れ目でいつもふんわり笑ってるのも。初めて会った時、お姫様みたいな子だなって思ったんだから」
「えへ、嬉しい」
「男はあいつだけじゃないんだからね」
「そうだね」
言われたことには納得して、のどかも同意する。
大学生になったからか、男の子も女の子もみんなオシャレで、素敵な子ばかり。
教室の中を見渡しても、かっこいい男の子もたくさんいる。だけど、のどかはこの中の誰にも心が動かないの。
「でもね、のどかにはいっちゃんだけだから」
世界にはきっと素敵な男の人がたくさんいるんだろうけど、のどかはいっちゃんがいい。小さな時からずっといっちゃんだけだったから、もう他の男の人なんて考えられないよ。
『そっか』と相槌を打ってから、まゆちゃんは『でも』と言葉を付け足す。
「のどか天然なとこあるし、良いように利用されてるんじゃないかって心配」
近くの人たちの会話が盛り上がってきたのに負けないように、まゆちゃんは声を張る。
「もっと優しくて、いつでものどかを一番に考えてくれて、世界で一番のどかを愛してくれる王子みたいな男と付き合ってほしい」
優しくて、いつでものどかを一番に考えてくれて、世界で一番のどかを愛してくれる人?
そう言われて、思いつくのは一人しかいない。
「それって、いっちゃんだ」
「あいつは王子っていうよりも、悪魔か魔王でしょ」
まゆちゃんが吐き捨てるように言ったのとほぼ同時に、教室の前の方のドアから先生が入ってきた。
大きな教室で講義が始まるのを待っている最中、隣の席に座っていたまゆちゃんがふいにそんなことを言い出した。
どうだったかな、と少し考える。
のどかの彼氏は、同じ大学に通う同級生の黒瀬逸希くん。幼稚園の頃からずっと一緒の幼なじみで、のどかは昔からいっちゃんって呼んでる。
「あんまり言わないかも」
いっちゃんはのどかをいつも大切にしてくれるけど、『好き』みたいな直接的なことはほとんど言わないかもしれない。
甘い言葉を言ってくれるいっちゃんを想像してみたら面白くなってきて、つい顔がニヤけちゃう。
「告白してくれた時も、『付き合うぞ』だけだったし」
同じ学校の誰かと誰かが付き合ってるって噂をたまに聞くようになった中学二年生の夏休み明け。
いきなり告白されてびっくりして、『う、ん?』って聞き返したつもりだったのに。OKの返事をしたと思われたみたいで、付き合うことになったんだっけ。なつかしいなぁ。
「えー」
まゆちゃんは信じられないって顔をして、『なにそれ』と小さくつぶやく。
「罰ゲームで告白したわけじゃないよね」
「それはないかなぁ。いっちゃん、嫌なことは死んでもしない人だから」
いっちゃんはそういうの絶対やらなさそうだし、もしお友達が悪ノリしたとしても、『嫌だ』の一言で一蹴しそう。
「脅されて付き合ってるわけじゃないよね?」
眉をひそめ、ますます険しい顔つきになるまゆちゃん。
まゆちゃんとは外国語のクラスが同じで、大学に入ってからお友達になったんだ。お友達になってまだ三ヶ月ぐらいだけど、まゆちゃんは裏表のない性格で、昔からのお友達みたいに接してくれる。
今年の春から同棲を始めたのどかたちの家にも何度か遊びにきてくれたから、その時にいっちゃんとも会ってるんだ。
のどかにとってまゆちゃんは大好きなお友達だけど、まゆちゃんはいっちゃんがあまり好きじゃないみたい。
いっちゃんは言葉遣いがちょっと荒っぽいうえに、積極的に愛想を振りまくタイプじゃないから、誤解されることも多いんだ。きっとまゆちゃんもその一人なんだと思う。
「ううん、すっごく嬉しかった。のどかも小さい時からずーっと、いっちゃんを好きだったから」
机の上で両手を重ねて、ふふっと笑う。
でも、まゆちゃんはやっぱり納得してくれてないみたい。
「彼氏のどこら辺がいいわけ?」
「全部かなぁ」
「本気で言ってる?」
まゆちゃんにじっと見つめられ、のどかは自信をもってうなずく。
「かっこいいし、優しいし、いっちゃんの全部が好き」
切れ上がった鋭い黒い瞳、野生的な雰囲気、短めの黒いツンツンヘア。高校まではサッカーをやっていたいっちゃんは引き締まった身体をしていて、見る度にうっとりしちゃう。
いっちゃんよりもかっこいい人なんて、きっといないと思う。
156センチののどかよりも二十センチ以上背の高いいっちゃんに抱きしめられると、彼の胸の中にすっぽり包まれちゃうのも好き。
それに何より、いっちゃんはすごくすごく優しい人なの。
小さな時はよく迷子になってたのどかをいつも探しにきてくれて、『のどかにはオレがいないとダメだから』っていつも一緒にいてくれた。
のどかの困った時には一番に助けてくれるヒーローみたいないっちゃんが大好きで、気がついた時にはもう彼に恋をしてたの。
考えていたら、早くいっちゃんに会いたくなってきちゃったな。
「え、ちょっと待って」
のどかの妄想を止めたのは、戸惑ったようなまゆちゃんの声だった。
「なあに?」
「かっこいいのは、まぁ、百歩譲って認めるとして。優しいって、あいつが?」
本気で嫌そうな顔を浮かべているまゆちゃん。よっぽどいっちゃんが気に入らないみたいで、とうとうあいつ呼ばわりになっちゃった。
ちょっぴり分かりにくいだけで、いっちゃんほど優しい人もなかなかいないのになぁ。
「のどかはせっかく可愛くていい子なのに、あんな男と付き合ってるなんてもったいないよ」
可愛いって言ってもらえるのは嬉しいけど、大好きないっちゃんを悪く言われるのはやっぱり悲しい。
複雑な気持ちになっちゃって、曖昧な笑顔を作る。
「まゆちゃんの方が可愛いよ」
まゆちゃんは可愛いよりも綺麗かな?
かっこいいパンツスタイルも、あごで切り揃えたショートボブもまゆちゃんによく似合ってて、まゆちゃんはいつも綺麗。のどかにはそういうの似合わないから、憧れてるんだ。
「ぜったいに、のどかの方が可愛い! 柔らかそうなミルクティーベージュのふわふわロングも、明るめの垂れ目でいつもふんわり笑ってるのも。初めて会った時、お姫様みたいな子だなって思ったんだから」
「えへ、嬉しい」
「男はあいつだけじゃないんだからね」
「そうだね」
言われたことには納得して、のどかも同意する。
大学生になったからか、男の子も女の子もみんなオシャレで、素敵な子ばかり。
教室の中を見渡しても、かっこいい男の子もたくさんいる。だけど、のどかはこの中の誰にも心が動かないの。
「でもね、のどかにはいっちゃんだけだから」
世界にはきっと素敵な男の人がたくさんいるんだろうけど、のどかはいっちゃんがいい。小さな時からずっといっちゃんだけだったから、もう他の男の人なんて考えられないよ。
『そっか』と相槌を打ってから、まゆちゃんは『でも』と言葉を付け足す。
「のどか天然なとこあるし、良いように利用されてるんじゃないかって心配」
近くの人たちの会話が盛り上がってきたのに負けないように、まゆちゃんは声を張る。
「もっと優しくて、いつでものどかを一番に考えてくれて、世界で一番のどかを愛してくれる王子みたいな男と付き合ってほしい」
優しくて、いつでものどかを一番に考えてくれて、世界で一番のどかを愛してくれる人?
そう言われて、思いつくのは一人しかいない。
「それって、いっちゃんだ」
「あいつは王子っていうよりも、悪魔か魔王でしょ」
まゆちゃんが吐き捨てるように言ったのとほぼ同時に、教室の前の方のドアから先生が入ってきた。
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