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1、ケーキパーティー
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都内のホテル街近くにあるビル三階、土曜日の夜に時々開催されている『ケーキパーティー』。
勇気を出して、今回初めて申し込んでみた。けど、開始一時間が過ぎても、まだ僕は誰にも話しかけられずにいた。
周りの人たちは、立食しながら楽しそうに会話している。すでにマッチングして出て行った人たちも何組か見かけたというのに、いまだに会場の壁際に張りついている僕。
会場も披露宴をやる場所みたいに豪華だし、みんなキラキラしたオシャレな人ばかりで、なんだかものすごく場違いな気がしてきた。
二時間も鏡の前で悩んだのに、結局いつもと変わり映えのしない真ん中で分けた黒髪。紺色のスーツの中には、薄いグレーのシャツ。唯一いつもよりも少しだけ派手なのは、赤色のネクタイぐらい。
服だけ華やかにしても意味ないけど、それにしても地味すぎたかな。
もう帰ろうかな、なんて思いかけていた時。
「よかったら、どうぞ」
突然目の前に数種類ものケーキとフォークが乗った皿を差し出され、視線を上げる。そうしたら、四十代ぐらいのダンディな男性と目が合った。
「さっきから見てたけど、全然食べてないみたいだから」
男性は口元に笑みを浮かべ、僕に皿を手渡す。
「あ、りがとうございます」
つい受け取ってしまい、皿の上に乗せられたケーキに視線を落とす。
生クリームがたっぷり塗られたイチゴのショートケーキ。レモンが乗ったチーズケーキ。濃厚そうなチョコレートケーキ。
見た目だけなら、どれもおいしそうだ。けど、……。
フォークでチーズケーキを一口サイズに切り、ほんの少しだけ口に含んでみる。
いつも通り、何の味もしない。まるでゴムかスポンジでも噛んでいるみたいだ。
もちろんこのケーキが悪いわけじゃなく、僕自身の体質の問題だ。中学校に上がると同時に、僕は味覚を失った。二十六歳になった今も味覚は戻らず、何を食べてもこんな感じだ。
「好みの『フォーク』は見つかった?」
味気のないケーキを食べていた僕の耳元に口を寄せ、男性が囁く。
「は、」
「もしまだなら、よかったらどうかな?」
「え、あの」
「私は、君みたいにおとなしい『ケーキ』が好きなんだ。匂いは薄いみたいだけど、どんな味がするのか楽しみだよ」
や、っぱりかぁ。
ケーキを持ってきてくれた時点でもしかしてとは思ってたけど、僕が『ケーキ』だって勘違いしてる。
「す、すみません。僕、『フォーク』なので」
「またまた。君みたいな『フォーク』いないでしょ」
笑いながら、男性は僕の肩に手を回す。しかも、もう片方の手でお尻を撫で回してきた。
「いえ、本当に『フォーク』なんです……っ」
タレ目がちな濃い茶色の瞳。下がり眉。いつも困っているみたいだとよく言われる顔立ち。気の弱い性格。
『ケーキ』だと勘違いされたのは初めてじゃないけど、『フォーク』から欲を向けられるのは苦手だ。
僕はケーキの乗ったお皿を男性に突き返し、そのまま会場の出入り口まで急ぐ。
勇気を出して、今回初めて申し込んでみた。けど、開始一時間が過ぎても、まだ僕は誰にも話しかけられずにいた。
周りの人たちは、立食しながら楽しそうに会話している。すでにマッチングして出て行った人たちも何組か見かけたというのに、いまだに会場の壁際に張りついている僕。
会場も披露宴をやる場所みたいに豪華だし、みんなキラキラしたオシャレな人ばかりで、なんだかものすごく場違いな気がしてきた。
二時間も鏡の前で悩んだのに、結局いつもと変わり映えのしない真ん中で分けた黒髪。紺色のスーツの中には、薄いグレーのシャツ。唯一いつもよりも少しだけ派手なのは、赤色のネクタイぐらい。
服だけ華やかにしても意味ないけど、それにしても地味すぎたかな。
もう帰ろうかな、なんて思いかけていた時。
「よかったら、どうぞ」
突然目の前に数種類ものケーキとフォークが乗った皿を差し出され、視線を上げる。そうしたら、四十代ぐらいのダンディな男性と目が合った。
「さっきから見てたけど、全然食べてないみたいだから」
男性は口元に笑みを浮かべ、僕に皿を手渡す。
「あ、りがとうございます」
つい受け取ってしまい、皿の上に乗せられたケーキに視線を落とす。
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フォークでチーズケーキを一口サイズに切り、ほんの少しだけ口に含んでみる。
いつも通り、何の味もしない。まるでゴムかスポンジでも噛んでいるみたいだ。
もちろんこのケーキが悪いわけじゃなく、僕自身の体質の問題だ。中学校に上がると同時に、僕は味覚を失った。二十六歳になった今も味覚は戻らず、何を食べてもこんな感じだ。
「好みの『フォーク』は見つかった?」
味気のないケーキを食べていた僕の耳元に口を寄せ、男性が囁く。
「は、」
「もしまだなら、よかったらどうかな?」
「え、あの」
「私は、君みたいにおとなしい『ケーキ』が好きなんだ。匂いは薄いみたいだけど、どんな味がするのか楽しみだよ」
や、っぱりかぁ。
ケーキを持ってきてくれた時点でもしかしてとは思ってたけど、僕が『ケーキ』だって勘違いしてる。
「す、すみません。僕、『フォーク』なので」
「またまた。君みたいな『フォーク』いないでしょ」
笑いながら、男性は僕の肩に手を回す。しかも、もう片方の手でお尻を撫で回してきた。
「いえ、本当に『フォーク』なんです……っ」
タレ目がちな濃い茶色の瞳。下がり眉。いつも困っているみたいだとよく言われる顔立ち。気の弱い性格。
『ケーキ』だと勘違いされたのは初めてじゃないけど、『フォーク』から欲を向けられるのは苦手だ。
僕はケーキの乗ったお皿を男性に突き返し、そのまま会場の出入り口まで急ぐ。
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