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フラれたってこと…!?
しおりを挟む「お、…お前…、何、言って──」
「本気です。前に、伊織さんにキスしたのも、こうやって一緒に住んでるのも、全部」
伊織さんを逃さないよう、シンクに追い詰めて、伊織さんの両側に手をつく。
「伊織さんが、好きだから。…です」
受け取って欲しい。俺の気持ちを。
伊織さんの喉がゴクリと鳴る。
見開かれた目も、赤く染まった頬もかわいい。
伊織さんが小さく息を吸って、口を開いた瞬間、
「いおー、きてー、ちぃのくろのずぼんがないのー」
隣の部屋から千冬くんの声が響いた。
しばらく固まっていた伊織さんは、視線を逸らし、俺を押し退けて立ち去る。
けど、数歩行ったところで、足を止めた。
「笑えない冗談、言うんじゃねぇよ。…つまんねぇぞ」
「伊織さんっ、」
それ以上は何も聞かないというかのように、伊織さんは俺の声を無視して行ってしまった。
え…
これ…、
フラれたってこと…!?
「はぁ…。」
「お、早川センセーがため息なんて珍しい~」
俺のため息に反応したのは、この保育園の園長の息子さんで、事務担当の西野圭太さん。
「あ、圭太さん。すみませんでした」
「別に謝らなくてもいいけど…、何?とうとう保護者から告白されたとか?」
「えッ!?」
「えっ、てその反応…マジ!?わ~っ!さすが、うちの園の看板保育士!」
机をバシバシ叩いてはしゃぐ圭太さん。すごく楽しそうなのはいいけど、机の上のコーヒーが溢れそう。
ていうか、看板…?なんかあったっけ?
「えっと、ちょっと違います。その、逆です」
「ひえっ!?」
口に手を当て、目を見開く。うちの母さんがよくやるような反応で、思わずちょっと笑っちゃう。
「一応、園長には申告してあるんですけど、今俺、千冬くん家族と一緒に住んでて」
「千冬…あー、あのチャリンコお兄さんが迎えにくる子ね、はいはい」
「そのチャリンコお兄さんに告白してフラれたんです」
「え、………ええええええええ!?」
「圭太さんっ!シー!叫び過ぎですっ」
両手で口を押さえてみせるけど、目も頬も、楽しそうにニヤついている。
「めちゃくちゃ面白いことになってんじゃん」
「圭太さんって、性格悪いって言われません?」
思わずムッと唇を尖らせると、あはは、と笑った圭太さんが俺に軽く謝る。
「その人、今度の遠足来る?」
「親子遠足ですか?…多分。」
「よし、俺も見に行ってみよっと」
「…圭太さん、完全に楽しんでますよね…」
圭太さんの言う親子遠足は、1週間後。
市内にある大きな水族館に行くことになっている。
毎年のことながら参加者はあまり多くないけど、園長のツテでほぼ貸切で使えるから評判はいい。
「俺が完璧にサポートしてやるから、任せろ」
グッと親指を立てて笑顔で頷く圭太さん。
…絶対楽しんでる、この人。
あの伊織さんの告白も、俺の愛の告白も、全部なにもなかったかのように、伊織さんは今まで通り。
仕方ないから俺もちょっとモヤモヤしながらもいつも通りに振る舞う。
仕事と千冬のお世話の手伝いと、そうやってこれまで通り慌ただしく1週間とちょっとが過ぎた。
今日は親子遠足の日。
千冬くんは大はしゃぎで、昨日も夜遅くまで魚の図鑑を見て、今朝も朝早くから張り切ってお着替えしていた。
園に集合した参加児童と保護者に挨拶をして、マイクロバスで水族館まで向かう。
参加者は10組もいないくらい。
気になって千冬くんと伊織さんを見ると、一番後ろの席で、2人で窓の外を見て楽しそうに話している。
保護者は、伊織さん以外は女性しかいないから、伊織さんちょっと馴染みづらいかもな…。
水族館に到着すると、記録係の俺はカメラを持って列の先頭へ向かった。けど、そこで何組かの保護者グループに声をかけられる。
「蓮先生、うちの子たちと一緒に写真に入ってもらえませんか?」
「蓮先生、お昼はお弁当ですか?よかったら──、」
「はーい、お母様方。早川センセーの代わりに俺でもいいですか?」
横から現れた圭太さんが、俺からカメラを取り上げる。
きゃあっと小さな黄色い悲鳴。
圭太さんは、普段は事務室にこもりっきりで姿を見せないけど、ちょっとノリが軽すぎるところを除けば、背は高いし、顔も整っててスタイル抜群の好青年だ。さっきの保護者グループの人達も「誰誰っ?」「え、イケメン…!」ってはしゃいでいる。
「早川センセーは、千冬くんたちのサポートお願いできる?」
ウィンクされ、頷く。
「ありがとうございます」
圭太さん、いつもこのくらい静かなら完璧なイケメンなのに…。
「れーせんせー!」
「蓮。写真係はいいのか?」
列から離れた最後尾を歩く2人に駆け寄る。
なんだかホッとする。
「圭太さ…他の先生が代わってくれました。俺はなるべく2人と行動するつもりです」
千冬くんが、目を輝かせる。今日はいつもの黒猫のぬいぐるみも帽子を被せていて、遠足仕様になってる。
「いお、れーせんせー、きてきて!あれ見て!」
「おい、引っ張るな」
「待って千冬くん!」
嬉しそうに笑う千冬くんと、文句を言いながらも優しく微笑む伊織さん。
ああ、なんだかんだ、こういう時間ってすごく幸せ。
いくつかの展示ルームを過ぎて、ミニシアターを鑑賞して、記念写真を撮る巨大水槽までトンネル水槽を歩いていく。
そこで、千冬くんがお友達から話しかけられた。
「ねーねー、ちぃくんは、おかあさんこないの?」
伊織さんの表情が固まる。逆に千冬くんは全く気にせずに元気よく答える。
「ちぃはね、おかあさんいないの。でも、いおがいるよ!」
「おとうさん?」
「ううん、いおは、いお!」
そう言って小さな手が伊織さんの手を引く。
「あ、ちょっと、ダメでしょ!ごめんなさいね、ほら行くわよ!」
お友達がお母さんに連れられて列の先へ去って行く。
伊織さんは、千冬くんの小さな手をぎゅっと握って、小さく呟いた。
「………悪ぃな、チビ」
「なんで?」
「…」
泣き出しそうな伊織さんの顔に、思わず俺は、話に割って入る。
「千冬くん、遠足たのしい?」
「うん!いおとおでかけできて、たのしい!」
「ふふ、俺も。千冬くんは、伊織さんが好きなんだね」
「だいすき!ずっといっしょにいる!」
「…っ、」
伊織さんが眉間に皺を寄せ、千冬くんの手を離したのを、俺が掴む。
「伊織さん、逃げないで」
伊織さんと千冬くんの手を、そっと引き寄せて繋がせる。
「大丈夫。俺も、伊織さんと一緒に向き合います」
「え…」
「千冬くん、また今日みたいに、3人でおでかけしようね」
「うん!やったー!」
ご機嫌に伊織さんの腕を揺らして歩く。
伊織さんはなにか言いたげな表情で俺を見るから、優しくその頬を撫でた。
「勝手な約束して、ごめんなさい。文句なら後で聞きますから、今は楽しんでください」
「…」
「いおー!とんねるのむこう、すっごいおっきいすいそうだよ!」
「ほらほら、みんな待ってるよ」
走り出した千冬くんに引っ張られるように、伊織さんもトンネルの向こうへ向かっていった。
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