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遅くなったホワイトデー

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 そういえばと俺は急にあることを思い出す。
 高校二年生の時に付き合っていた彼女からバレンタインデーのチョコレートを貰わなかったことを、車を運転している最中思い出した。
 付き合っていたはずなのになぜ貰えなかったんだろうと、現在28歳の俺は思考する。
 病気で学校を休んでいた?
 いや、違う気がする。
 実はもうその時は別れていた・・・いや、普通にそれ以降、卒業するまで付き合っていた。
 彼女はそういうイベントが嫌いだった?
 いや、嫌いと聞いたことはない。
 クリスマス、誕生日も二人で過ごした気がする。
 それじゃあなんであの時貰えなかったんだろう?
 気になりだしたら止まらなくなり、運転に注意しながら更に思い出そうとした。
 浮気をしていた?
 いや、はっきりとしたことは言えないが、かなりの頻度で会っていたし、ただ、バレンタインデーだけは会っていなかった。
 そう思い出した瞬間、言葉にできない苦い気持ちが胸に鈍く広がる。
 そうだ、なぜかバレンタインデーだけ会わなかった。
 あの時彼女に、忙しくてチョコも買ってないから会わない、だからホワイトデーもいらないよと言われ、当時は軽く納得していた気がする。
 なぜそこで深く考えなかったかといえば、ホワイトデーもいらないと言われ、そこでお返しを買わなくていいんだと、愚かなほど現金な自分がいてそれで納得したのだ。
 それから一年後、卒業をきっかけに別れた。
 理由は彼女が合格した大学が県外で、なかなか地元に戻れないことを理由に、二人の関係が続けられるか自信がないという理由だった。
 俺は会いに行くと言っていた気がするが、彼女はずっと首を横に振るばかりで、別れましょうと連呼された。
 俺の気持ちはまだ彼女にあったが、そこまで言われてしまったら彼女の言い分を聞いて諦めるしかなかった。

 
   彼女の顔立ちは美人ではないけど愛嬌のある可愛らしい子で、小柄で明るく活発で色んなことに興味を持つ女の子だった。
   クラス内でも彼女の周りには人が集まり、注目されていた。
 そんな彼女に当然のごとく俺も惹かれ、思い切って告白し、なぜかOKをもらい付き合うことになったのだ。
 俺自身は本当に平凡な男なのに、なぜ付き合ってくれたのかいまだにわからない。
 苦い思い出を更に胸に広がらせながら、高校二年生のバレンタインデー以降、彼女と付き合っていた思い出が脳裏に浮かぶ。
 別れる話がでるまで特に問題ない一年だった気がする。
 普通に会って、デートして、それなりの行為もあって、ただ会う頻度だけは減っていた。
 毎週デートしていたのが、二週間、そして三週間に変わった。
 受験生だったってことあり、勉強をしたいから会う機会を少し減らしたいと言われたことがあったが、
(じゃあなぜあいつと近所にある図書館で一緒に勉強していたんだろう)
 問題ないと思っていたが、心の奥に閉まってあった思い出がゆっくりと開いてきた。
 そうだ、二年生までクラスが一緒だったクラスメイトと彼女が、学校の帰り道にある近所の図書館で、二人一緒に勉強をしているのを見かけたのだ。 
 そのクラスメイトは眼鏡をかけ、清潔感もあり尚且つ、インテリの雰囲気を漂わせていたので、女子からそれなりに人気があった男だった。
 目に入った瞬間、なんでと疑問が浮かんだが、それ以上見ることを拒否してしまった。
 まるでそれは見てはいけないものを見てしまったような、そんな感じだ。
 でも俺は自分なりに心の中で解決したのだ。
「きっと勉強を教えてもらっているのだろう」と。
 しかし二人でいる場面を目撃したのは一度だけじゃなかった。
 二人は時々図書館で一緒に勉強をしていた。それもかなり親しげに。
 モヤモヤとした気持ちが渦巻くのを必死に堪え、そして自分を騙してその場から逃げるように家へ帰った。
 今思えば明らかにおかしい二人なのに俺は何も問い詰めなかった。
 なぜかって言えば、彼女は別れたいと言わなかったし、変に勘繰りたくなかったからだ。
 勘繰れば彼女が自分の元から離れてしまう。
 それを恐れて自分の中で結論付けをして心の奥に閉まった。
 気のせいだと思い込んで。
 握りしめていたハンドルが更にぐっと締まる。
(俺は怖かったんだ、失うのが。だから俺は疑問を無視した)
 自分の気持ちと向き合い始めると更に落ち込む。
 あの時の俺は、彼女のことが好きだったが、正直自分からのアクションは少なかった。
 いつも彼女からの誘いを受ける方が多く、受け身だった。
 それに対して文句を言われたことがなかったので、それで良いのだと思い込んでいた。
 告白は自分からだったが、実は初めての恋人が彼女だったので、いまいち付き合い方がわかっていなかった。
 彼女の方が積極的だったから、それに任せ甘えていたのだ。
 デートする回数が少なくなっても誕生日は会えていた。でもクリスマスだけは24日ではなく一週間早めに行われていた。
 当然のごとく、理由は勉強したいから。
 バレンタインデーはお互い大学受験中ということもあり当日は会わず、だからといって後でチョコを貰うこともなかった。
 そう二年生の時と同じことになっていたのだ。
 色々思考しているうち、俺はようやく現実を受け止める。
 俺は二股を確実にかけられていたのだ。
 鈍いにも程がある。
 いや、気が付いていたけど認めるのが怖かったのだ。
 見て見ぬふりして、だってクラスメイトと会っていても俺の元へ帰ってくるじゃないかと言い訳をしていた。
 自分の馬鹿馬鹿しさに今になって呆れる。
 もう十年前の話であるし、終わっている話だ。
 それなのにこんなに苦い思いになるなんて予想外だった。
(俺もガキだったな)


 キッと車を停止し、エンジンを止めた。
 一息呼吸し、車から出る。
 俺はある人から指定された喫茶店に呼ばれ、そこの駐車場に車を止めたのだ。
 時間はほぼ約束通りの時間だ。
 喫茶店はシックな雰囲気がある建物で、一瞥すると店内に入り相手を探す。
 気づくと自分に向かって手を振る人物が、四つの椅子が対面している席に座っていた。
「悪いな、来てくれて」
「ああ」
 俺はゆっくりと歩きながら相手の元へと行く。
「よお、座れよ」
 言われたが俺は座らず、その様子に相手は怪訝そうに俺を見た。
「なんだよ、座らないのか?」
「・・・座りたくない」
「は?」
 複雑な表情で相手は俺を見た。
「お前、ずっと俺を馬鹿にしてたんだな」
「え?何が?」
「何がって、白々しいよな」
「ちょっと待てって、何が?」
 全く状況がわかっていないので当然のごとく俺に疑問を投げかける。
 そりゃあそうだ、俺だって急に色んなことを思い出したんだ。俺だって驚いている。
 けれど思い出したことを無視して呑気に談笑するほど、俺はお人好しじゃない。
「お前、高校三年の時に付き合っていた俺の彼女と付き合ってただろう?」
「え・・・」
 そう言うと相手、元クラスメイトの高田はすっと表情が変わり言葉を失った。
 彼の様子を見て俺はやっぱりと納得した。
「知ってたんだな、俺の彼女だったって」
「あ・・・その」
「わかっていて、なんで同じ職場だった俺に近づいたんだ!?」
「そ、それは、お前は新卒入社だから職場は慣れた環境だろうけど、俺は中途採用で入社だったし、慣れてないからお前とたまたま職場が一緒になったから頼ったというか」
「本当にそれだけの理由か?」
 俺は高田の話は全く信用できなかった。
 最初は高校の時の元クラスメイトというだけで、懐かしさもあって話かけてくる気持ちはなんとなく理解するが、何より彼女を奪った相手に平気な顔でよく近づいてくるその気持ちが信じられなかった。
 おまけに再会してからは随分とプライベートのことを詮索されるのだ。
 高田にとっては懐かしさで近づいたかもしれないが、俺から立場だと高田は元クラスメイトで職場仲間としか思えなかった。
 高校時代だって友人だったわけじゃない。ましてや彼女が二股をかけていた男だ。
 友人になるのは難しい。
 俺の目が全く自分を信用していないと悟った高田は、クソッと悪態を吐く。
「お前、由梨とよりを戻しただろう?」
 思わぬ問いかけに一瞬俺は言葉が出てこなかった。それを見た高田は更に睨みをきかせながら話を続けた。
「俺はお前から彼女・・・由梨のことを聞き出したかったんだよ!」
 言われて俺は絶句した。
 由梨・・・高校時代付き合っていた彼女、そして現在また再び付き合いだした彼女のことを知りたいがために俺に近づいてきたのだと理解した。
 俺は驚きのあまり高田に聞き返す。
「なんで知っている!?」
「三か月前、お前と仲良い同僚から聞いたんだよ!高校の時に付き合っていた彼女とより戻したらしいって!」
「・・・・」
「俺だったら当然、それが誰かわかるだろう?相手が誰だって」
 高田に言い返されたが、俺は次第に腹が立ってきた。
「お前、偉そうに言える立場なのか?人の彼女を奪っておいて」
 言い放つ俺に高田は半笑いで返答する。
「奪われるってことは、お前が間抜けってことなんじゃねぇか?」
 返された言葉に俺は一瞬に頭に血が上り、高田の胸倉を掴んだが、瞬間俺の肩を掴み引き離そうとする人がいた。
「お客様、どうかお止めください!店内で争いは他のお客様に迷惑になります!」
 店員の言葉にハッと我に返り俺はバツが悪くると、お金をテーブルに置いて高田を掴んで店内を出た。
 そして駐車場で二人、今まで話せなかった本音のぶつけ合いが始まった。


「なんで今更由梨のことを根掘り葉掘り聞こうとするんだよ?お前からすれば高校時代で終わったことだろう!?」
 俺がそう言い放つと一瞬高田は顔が歪んだが、少しして鼻で笑い返答する。
「お前、知らないんだな。なんで高校卒業と同時に由梨と別れた本当の理由」
「は?何言ってんだよ、遠距離が無理だから別れたんだよ」
 訝しげに言う俺に高田は馬鹿じゃねぇのと言い放った
「俺と付き合うから別れたんだよ!俺と由梨は高校卒業後、同じ県内の大学に入学が決まったから、それを期にお前と別れて俺と付き合うことになってたんだ!お前はずっと嘘の理由を信じていやがったんだよ!笑えるなぁ!?」
 驚きの発言に俺は言葉を失った。
 信じられなかった。俺と別れた後、由梨は高田と付き合っていたなんて。
 二人の付き合いが高校時代だけじゃなかったことに、俺の頭の中はただただ真っ白になった
 いや・・・その可能性があるかもと思わないでもいた。
 大学受験が終わっても二人が会っていたのを人の便りで聞いていた。
 だからいろんな思いもあって、自分と別れるという由梨に俺は渋々了解したのだ。
 俺はそれ以上言葉が出ず黙り込んでいると、更に調子に乗った高田は続けた。
「由梨は言ってたぜ?お前といても楽しくない、勉強もあまり一緒にできない。俺といる方が色々勉強できるって」
 言われた言葉に俺は言い返せなかった。
 楽しくないとか勉強ができないとか本当の話で成績は普通だった。
 ただ一緒に居ただけなんだと思う。そう思うと自分の価値ってなんだったんだろうと自答したが、
「それじゃあなんで今、由梨は俺の元に居てくれるんだろうな?」
 ふと沸いた疑問を高田に投げかけると、高田は一瞬言葉が出てこなかった。
「そ、それは・・・」
「一緒にいて楽しい、色々勉強ができるお前と今一緒にいないのはなんでなんだ?」
「・・・・」
 お互い暫く沈黙の後、急に俺の携帯が鳴りだした。見ると着信相手は“由梨”と書かれていた。
 ゆっくりと俺は由梨からの電話に出た。
「どうしたんだ?」
「今どこにいるの?私今、あなたのアパートにいるんだけど」
「え?なんで・・・」
「なんでって、今日ホワイトデーでしょう?プレゼントがあるから来いって言ってたじゃない?」
 言われて俺はハッとした。
 そうだった、初めて由梨からのバレンタインデーを貰ったのだ。それでホワイトデーを返すという話をしていたのは覚えているが、こんなに早く、午前10時に来ているとは思っていなかった。
「由梨、午後に来るって言ってなかったか?」
「言ってたけど、お昼一緒に食べたいなって思って早めに来たの。ごめんね!」
 楽しそうに聞こえ漏れる由梨の声に、高田は複雑な表情で俺を見つめる。
 俺は思い切って高田の前で、なぜ高田と別れた理由を聞いてやろうと思い、由梨に尋ねた。
「あのさ、変なことを聞いてもいいか?」
「なに?」
「高校の時、高田っていう二年の時のクラスメイトと勉強教えてもらってたよな?」
「え・・・」
 俺の突然の問いかけ内容に一瞬由梨は絶句した。
「あ・・・えっと・・・うん」
 ゆっくりとだが返答をする。
「付き合ってたよな?その高田と」
「・・・なんでそんなこと言うの?急に」
「いいから、はいかいいえか答えて欲しいんだ」
 少し語気を強め問い質すと、ごめんなさいと由梨は言った。
「ごめんなさい、私が馬鹿だったのよ、本当に馬鹿だったって。気の迷いだった」
 堰を切ったように由梨は言い出した。
「あの時のあなたは大人しくて、高校生だった私は物足りなかった。でもそこで図書室でよく一緒になった高田君と 友達になって、付き合い始めた。それでもあなたのことを失うのは躊躇いがあって同時に付き合ってた。最初は高田君が色々知っていて勉強もできて頼りになる人だって思ってた。だけど・・・」
 そう言うと声が少し小さくなる。
「私の写真を持ってたの」
「ん?写真?」
 俺が聞き返した言葉に高田は項垂れていた頭がすっと上がった。
「私の隠し撮りのような、変な写真。家にいるところだったり、女友達と遊んでるところだったり、撮られた覚えがない写真を何枚も持っていて、なんだか怖くなって卒業をするとき、あなたもそうだけど彼ともお別れをしたの」
 思わぬ意外な面を持っていた高田に俺は少しうすら寒くなる。ストーカー気質があるようだった。
 しかし彼女の言葉に俺は一つ疑問を持った。
 高田は高校卒業と同時に由梨と付き合い始めたと言わなかったか?
 ふと高田を見ると彼はすっと顔を反らした。
 この反応で充分だった。つまりこいつは嘘を吐いたのだ。
「それで?」
 俺は更に問いかけた。
「でも同じ県内の大学だったから時々彼が学校まで来て色々と大変だったの。仕方なく途中で別の県の大学へ編入したのよ」
「そうだったのか・・・」
 納得した俺に由梨は再度話を続けた。
「私、大学を卒業して地元に戻って、偶然三か月前にあなたと再会できて、それからまた友達から始まってお互い大人になって会話をすると、改めてあなたの良さを知ったの。それであなたに恥を忍んであなたとよりを戻したいと言ったのよ」
 少し涙声で言っているように思え、俺は少し嬉しく思った。
「わかったよ、嬉しいよ、俺はつまらないただの男じゃないって思ってくれて」
「つまんないところもあるよ、でもあなたといると誰よりも安心するの」
「なんだよ、つまらないのかよ」
 不服そうに返す俺に由梨は少し笑っていた。
「早くホワイトデーのお返しが欲しいから帰ってきてよ!」
「わかった、帰るよ」
 そう言い切ろうとした瞬間、再度由梨は言った。
「本当に裏切っててごめんなさい」
「・・・わかった」
 静かに切ると苦虫を噛んだような表情をしている高田に俺は言った。
「嘘だったんだな」
「あの女、俺が盗撮しただけで気味悪いって言いやがった!好きだったからいろんな顔が見たかっただけなんだ!それだけなんだ」
「俺が由梨の立場でも気味が悪いって思うぜ?別れても大学まで押しかけるって普通じゃねぇよ」
 そう俺が言うと彼は再び沈黙したが、
「それだけ好きだったんだ、諦められなかった」
 そう呟くように言うと高田は静かに立ち上がり、何かブツブツ呟きながらとぼとぼと自分の車へと向かって行った。
 俺は高田に背を向け車に乗り込む。


 本来俺と高田がなぜここへ会う約束をしたかといえば、懐かしい話をしたいとのことで向こうから申し出てきたのだ。
 今思えば俺から由梨のことを色々聞き出そうとしていたのかもしれない。
 警戒心のない自分に情けなさも感じる。
 高田が俺に近づいた時、一瞬高校時代の過去を思い出したが、その時は由梨と再会しておらず、過去のことだと自分なりに思い、適当に接していた。
 しかし由梨と再会し関係が恋人になった時からは、あまり高田との付き合いを避けてきたのは確かだ。
 過去のことだし、もう忘れているだろうと思っていたが、それでもどこか必要以上の付き合いは躊躇いがあったのだ。
 どこかで高田がまだ未練があるのを、少しでも俺は感じ取っていたのだろうか?
 理由はわからないが、今後俺と高田の付き合いはなくなるだろう。
 無防備だった自分に反省をし、由梨が待っている自室のアパートへと車を走らせた。
 由梨とよりを戻したのは、まだ未練があったからだ。
 大学時代彼女がいなかったわけじゃないけど、どこかでいつも由梨が引っ掛かっていた。
 だからこそ彼女からよりを戻したいと言ってくれた時は嬉しくて仕方がなかった。
 しかしどんなに好きでも一つ解決したい問題がある。
 後で高校時代にあった色んな思いを由梨に伝えるつもりだ。
 彼女にはそれを聞く義務があると思う。俺がどれだけ複雑な気持ちだったかを。
 聞いてもらったら今後、過去のことは忘れて付き合っていきたいと思う。
 そうしないと由梨への不信感が拭えない、そう感じた。
 今の彼女なら聞いてくれると思う。
 当時は俺自身も向き合わず逃げたが、やっと今向き合うことができたのだから。
 そう俺は信じている。
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