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しおりを挟む部屋に戻ると、ベルがお茶を入れてくれた。ベルガモットの香りのする落ち着くお茶。
「帰らないってちゃんと言えたね。」
「うん。」
「言い残したことはない?」
「もっとたくさん、文句を言いたかった。」
「ああね。今から言いに行く?」
「……やめとく。」
もっと文句を言ってやりたかった。それは本当だ。でも今、冷静になってトマス神官の話を思い出すと、色々考えてしまう。
聖人を守るために、聖人のことを知るのだと言っていた。
お金があれば、たくさんの可哀想な子供達が助けられると、私が受け取っているお金を子供達に使うために王家とアシュリーを紐付けようとしたのだと言った。
私が聖女を辞めることを覚悟すれば、トマス神官が子供も聖人も守り、優しい世界を作ってくれるのかしら。
トマス神官はトマス神官なりに、信念を持って動いたのはわかった、とおじいちゃんは言っていた。トマス神官の考えは、私にとって厳しいだけで、世間的には優しいことなのかしら。
それなら、私の中にある6代目の種を、然るべき相手に譲りたいと思うのは我儘なのかしら。
「何か考え込んでいるね。」
思考の海を泳いでいた私を、ベルの言葉が引き戻した。
「うん……。トマス神官の言っていたことは、正しいことなんじゃないかなって、今更思えてきて。」
「そうだね。大勢のことを優先するのは間違ってはいないよね。」
「じゃあやっぱり、嫌って思う私が我儘なのかなあ。」
「それは違うでしょ。立場によるんじゃないかな。」
「立場?」
「国のために命を捧げろって言われたらどうする?って話でしょ。全のために個を犠牲にする。側から見たら素晴らしく尊い自己犠牲精神なんだろうけど。そんなの、酔ってでもいなきゃ普通は無理なんじゃない?お前が死ねば皆が助かるから死んでくれって言われて、はい、わかりました。って納得できるかな?逆に皆が死ねば自分が助かるんなら、誰も許さなくても自分はそれを選んでも良いんだ。」
「それはちょっと、どうなのかしら……」
「誰でも、自分は傷つきたくなくて当然でしょ。もしもその犠牲になる人が愛する人や家族なら?守るでしょ。悪いわけがないんだよ。一部の特権階級以外はね。」
「特権階級の人はダメなの?」
「そりゃダメでしょ。特権が許されているんだもの。いざという時に責任を持つ代わりの特権。自らを犠牲にする責務があるからね。だから生まれた時から自覚させる教育をされるんだ。」
「そんな責務、なんか嫌ね。」
「……へえ。」
「ん?」
「聖女様は、特権階級の人間が責任を担うのを当たり前だとは思わないんだね。」
「え?ああ、それは、当たり前だとは思うんだけど、生まれながらって言うのが嫌。犠牲なるために生まれてきたなんて悲しいわ。その覚悟を持ってその立場に立った人とは違うと思う。」
「良いね。」
「ん?」
ベルが私を見つめてくるので、なんだか気恥ずかしさに俯いてしまう。
「ねえ。胎内巡り、やってみない?」
「え?何?突然。」
俯いていた顔を上げるとまだベルは私を見ていた。
「突然思ったんだもの。聖女様は自分の考えとか意思っていうものが弱いと思うんだ。」
「そうかしら……。」
「だって、色々聞くたびに揺れるでしょ?これからも、たくさんの人に会って、それぞれの考え方に触れる機会は、きっと何度もあるよ。その度に自分の考えや意思を疑っていたら、だんだん、いろんなことが見えなくなる。そうなる前に、自分の意思、自分がどう在りたいかってことを、はっきりと自覚しなくちゃ。」
「自分の考えを疑うってどういうこと?」
「自分が間違ってるのかも、って思っちゃうでしょ。それはまだ良いんだ。自分の中で考えて答えを出すんだから。問題は、相手の言ってることがが正しいかもって思っちゃうこと。」
目をまっすぐに見て話すのは王子様だからかしら。と、あさってなことを考えている間もベルの話は続く。
「感化されるのは悪いことじゃないんだけど、流されたり染まるのは良くない。大神官様が聖女様に、ずっと自由を強調してた意味がわかったよ。人の考えに巻き込まれて染まってしまうのを恐れたんだと思うな。」
「……難しい。」
「そう言う考え方もあるんだな。自分とは違うなって、いうクッションを自分の思考に入れないと、あの人はこう言ってて正しいと思ったのに、この人の言ってることも正しい気がする。どうしたら良いのかわからなくて人の言いなりになっちゃうんだよ。」
「それは、ちょっとわかる……。」
「聖女様を、いや、誰のことも、都合のいいように使っていいはずがないんだ。きちんと自分で考えて、そして選ばないといけない。だから、生まれ直して、自分がそこに居ることを自覚してみたらどうかな。あの中、すっごい自分の気持ちがわかるからさ。それが君の意思で、君の在り方 だよ。」
ちょっともう、話の内容が頭に入ってこない。ベルの言葉に熱がありすぎて、心の腰が引けている。
「そういうことなら、大神官様が勧めてくれたんじゃないかなあ?でも言われなかったってことは、必要ないんじゃないかな。」
「大神官様は、君にはまだ早いと思ったんだろうね。だから言わなかった。でも、君がやりたいと言うなら、反対はしないと思うし、僕は今の君ならやってみても良いと思う。」
ベルは優しい。私の言うことや行動を否定しない。居心地が良いと思ったのは、きっと、私を尊重してくれるからだ。そのベルが、強く何かを勧めてくることは珍しいことだった。
いや、実際には勧められてはいない。やってみない?と誘われただけだ。やらないと答えることのできる余地を残している。
いつも、命令も、決めつけも、強制同意を求めることもない。常にどうしたい?と聞いてくる。相手に選ばせるように選択肢を出してくる。これがこの人の在り方というやつなのかもしれない。
「あ、これも、大神官様の意図はそうじゃないかなって推測で、僕も、そう思うことを君に伝えただけ。そういうものが在るという情報を得て、やるかやらないか、または気にも留めないか、大神官様が行ってくれるまで待つか、それは君自身が決めるんだよ。」
ベルはそう言ってから、お茶セットを片付けて部屋を出て行った。
メラニアは、今、初めて気づいたことがある。ベルは、人当たりが優しいだけで、決して甘やかな人ではない。言い方が優しいから話しやすくて勘違いしそうになるけれど、自分で考えろ、自分で決めろというのは、人によっては突き放されたように感じるのではないかと思う。
彼にとって、相手の意思を尊重することが当たり前だから、そういう風に言うのだと知らなければ、私も冷たい人だと思ったかもしれない。
「好き嫌いを別にして人を理解するとはこういうことかしら。ベルは私の心の自立を望んでいるんだわ。」
そして、それはきっと、おじいちゃんも。
胎内巡り。それがどういうものかは知らないけれど、前向きに考えようと思った。まずはそれがどういうものなのかを聞かなくては。怖いのとか体力を使う系だったら嫌だなあ。聞いてから、大丈夫そうなら、やってみたいと言おう。そうメラニアは思った。
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