囚われた姫

彩柚月

文字の大きさ
1 / 2

囚われた姫

しおりを挟む

 私は自由。いろんな場所へ行って、いろんな物を見る。
 この広い世界で、ひと所に留まるなんて勿体無い。
 いつか、全ての場所へ行き尽くすまで、私は飛び回る。

 ある日、いつものように旅行をしていた私は、1人の青年に出会った。そこはとても暗い路地。建物が密集しているのに、居るのはその青年だけ。独りぼっちのその青年は、なんだか、とても寂しそうだった。

 私は思わず、声をかけた。
「ひとりで何をしているの?」
 青年はこっちを見て返事をした。
「わからない。気づいたらここに居たんだ。」
 とても綺麗な青年だった。

「ふうん。どこか他の場所へ行けば良いのに」
「どうやっても、ここから出られないんだ。」
「そうなの。手伝ってあげましょうか。」

 姫はここから出るのを手伝ってあげようと、手を伸ばした。しかし、青年は動こうとしない。
「出たくないの?」
「他の場所へ行くのは怖いんだ。行きたくない!ここに居たいんだ!」

 何故だか、急に怒りだした青年を姫はとても嫌いだと思った。
「そう。じゃあ好きにすれば良いわ。ずっとそうやって怒っていれば良い。私はもう行くわね。」

 姫は早く次の場所へ行きたくて、移動しようとした。振り返って走り出そうとしたら、後ろから手を掴まれた。
「何をするの?」
「ここに居てよ。」
「嫌よ。私は旅行がしたいの。」
「君は綺麗だから僕の物にしたい。」
「嫌よ。私は誰の物にもならないわ。」

 一生懸命逃げようとするが、青年の力はとても強くて逃げられない。
「離して」
「絶対嫌だ。君が居てくれると、何だか落ち着くんだ。」
「そんなの知らないわ。私はひと所に留まらない。」
 姫は行こうとするが、青年はなおも引き止める力を弱めない。だんだんその力は強くなって、とうとう抱きすくめられてしまう。
「嫌よ!離して!」
「君が行ったら僕はまた独りぼっちになってしまう。」
「そんなの知らないわ。私は行くの!」
 どんなに強く抵抗しても、青年からは逃げられない。

 ジタバタやっていると、服が脱げた。
 それは長い長い羽衣。
 クルクルと羽衣が姫の体から解けていく。
 脱げた拍子に体が離れたので、姫は青年と距離を取る。
 それはとても大切な羽衣だったが、今や羽衣の端は青年の手に。

「これを置いていってくれるんだね。ありがとう。もう行っていいよ。」
 青年は端を引っ張って自らの体に巻き付ける。
「それはとても大切な衣なの。返して。」
「知らないよ。これはもう僕のものだ。」

「着ないで!返して!」
「取りにおいでよ。ここまで近寄って。」

 羽衣の、3分の1が姫の体に巻き付いたまま、
 3分の1が青年の体に、
 残りの3分の1ほどの距離が2人の間にあった。
 
 姫は青年が恐ろしくて近付けない。
 姫はまだ自分に巻き付いている羽衣の端をしっかりと握って、奪い返そうと引っ張る。
 しかし羽衣はしっかりと青年の体に巻き付いている。

「ここを切れば離れるよ。」
「母から譲られた大切な衣を切るなんてとんでもない。離して!返して!」
 グイグイ必死に引っ張る。

 しかし、羽衣は外れず、姫は、引っ張りながら青年の周りをグルグル周るばかり。青年に背を向けて必死に引っ張る。

 それに合わせて青年もグルグル周る。
「はははメリーゴウランドみたいで楽しいね!」
「はーなーしーてー!」

 グルグルグルグル。

 青年は姫の背中を見続ける。
 姫は青年に背中を見せて引っ張り続ける。

 青年は思った。
 ——もう、背中しか見ることはできないけれど。君をずっと離さない。

 羽衣は引っ張られて少しずつ伸びていく。
 いつか、どちらかが奪い取るか、千切れるまで。


 毎年、4センチほど離れる月は、地球に盗られた自分の一部を取り返そうと、一生懸命引っ張っている。


 ——のかもね。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イチの道楽

山碕田鶴
児童書・童話
山の奥深くに住む若者イチ。「この世を知りたい」という道楽的好奇心が、人と繋がり世界を広げていく、わらしべ長者的なお話です。

童話短編集

木野もくば
児童書・童話
一話完結の物語をまとめています。

そうして、女の子は人形へ戻ってしまいました。

桗梛葉 (たなは)
児童書・童話
神様がある日人形を作りました。 それは女の子の人形で、あまりに上手にできていたので神様はその人形に命を与える事にしました。 でも笑わないその子はやっぱりお人形だと言われました。 そこで神様は心に1つの袋をあげたのです。

25匹の魚と猫と

ねこ沢ふたよ
児童書・童話
コメディです。 短編です。 暴虐無人の猫に一泡吹かせようと、水槽のメダカとグッピーが考えます。 何も考えずに笑って下さい ※クラムボンは笑いません 25周年おめでとうございます。 Copyright©︎

傷ついている君へ

辻堂安古市
絵本
今、傷ついている君へ 僕は何ができるだろうか

ぼくの家族は…内緒だよ!!

まりぃべる
児童書・童話
うちの家族は、ふつうとちょっと違うんだって。ぼくには良く分からないけど、友だちや知らない人がいるところでは力を隠さなきゃならないんだ。本気で走ってはダメとか、ジャンプも手を抜け、とかいろいろ守らないといけない約束がある。面倒だけど、約束破ったら引っ越さないといけないって言われてるから面倒だけど仕方なく守ってる。 それでね、十二月なんて一年で一番忙しくなるからぼく、いやなんだけど。 そんなぼくの話、聞いてくれる? ☆まりぃべるの世界観です。楽しんでもらえたら嬉しいです。

風船タコさん会えるかな?

いもり〜ぬ(いもいもぶーにゃん)
絵本
おととの左手は、おいしいソースいいにおい、ホカホカたこ焼きの入った袋。 ボクの右手は、タコさん風船のひも。 タコさん風船、タコ焼き屋さんでくれはった。 タコさん風船、ボクの頭の上をぷっかぷっか気持ちよさそう。 風船タコさんがボクをちらっ、ちらっ。 そしてボクをじーっと見る。 ボクも風船タコさんを見る。 そして「タコさん、わかったで」とうなずく。

かぐや

山碕田鶴
児童書・童話
山あいの小さな村に住む老夫婦の坂木さん。タケノコ掘りに行った竹林で、光り輝く筒に入った赤ちゃんを拾いました。 現代版「竹取物語」です。 (表紙写真/山碕田鶴)

処理中です...