さくらちゃんの成人式

バルス

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さくらちゃん2026年1月12日

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成人式の会場は、金襴の壁紙とシャンデリアの光で煌びやかだった。  
さくらちゃんは、知的障害があり、言葉はゆっくり、感情は素直に溢れる。母が選んだ淡い藤色の着物を着て、指をぎゅっと絡めながら、鏡の前で何度も笑った——「きれい?」と聞いたら、母は涙を拭って「世界一きれい」と答えた。

式典の合間、隣のテーブルでワイングラスがひっくり返った。赤い液体が、着物の裾から腰へ、やがて胸元へと広がっていった。さくらちゃんは、その冷たさと、周囲のざわめきに、息を詰まらせた。  
「大丈夫、洗ってあげるよ」  
見知らぬ女性が、やさしい声で手を引いた。さくらちゃんは信じた。その人は、控え室の奥の小さな化粧室へと彼女を連れて行き、「ちょっと待っててね」とドアを閉めた。

——そのまま、戻らなかった。

さくらちゃんは、着物を脱がされ、裸のまま、薄暗い化粧室の床に座っていた。冷たいタイル、鏡に映る自分の顔、赤いシミが染み込んだ着物が、ドアの隙間からこぼれていた。  
「お母さ……ん?」  
声は震えて、やがて泣き声になった。ひっくひっくと肩を揺らし、手で顔を覆った。誰も来ない。ドアは開かない。時間だけが、重く、冷たく、流れていった。

そのとき、ドアが静かに開いた。  
掃除のお兄さんだった。年齢は三十代半ば、青い作業服の袖をまくり、手にはモップと小さなブラシ。彼は、一瞬固まったが、すぐに目を伏せ、そっとドアを閉めた。  
何も言わず、廊下のロッカーから薄手の毛布を取り出し、さくらちゃんの肩にそっとかけた。毛布の端を、丁寧に胸元まで折り、膝までしっかり包んだ。  
「大丈夫?」  
さくらちゃんは、毛布の端をぎゅっと握りしめ、小さくうなずいた。  
お兄さんは、自分のタオルで床のワインを拭き、着物を折りたたんで袋に入れ、「これ、ちゃんとクリーニングに出してね。」と、優しく言った。  
そして、スマホで連絡を取るふりをして、さくらちゃんの母へと静かに連絡を入れた——名前も、会場の場所も、化粧室の番号も、全部。

母が駆けつけたとき、さくらちゃんは毛布に包まれ、お兄さんの隣に座っていた。彼は立ち上がり、さっと会釈して去っていった。背中には、小さな「清掃部」の刺繍。  
さくらちゃんは、その背中を見つめ、初めて、涙のあとに、ほんの少しの笑みを浮かべた。  
——誰かが、自分の裸を隠すために、毛布をかけた。  
それだけで、世界はまだ、壊れていなかった。  
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