41 / 224
第2話 砂糖菓子姫とケダモノ王
5.小さな王子(3)
しおりを挟む
庭からテラスへの階段をゆっくり上がってくる人影がある。
金色の長い髪は一括りに、白い礼服、白い靴、薄紫のブラウスに紫の瞳。年の頃は4~5歳か。
「突然お声をかけて申し訳ありません」
幼いながらも整った物言いは、王族か、それに準じた階級の子どもと思えた。
「けれども、美しい姫が嘆かれているのは心配になります」
「嘆かれている…?」
「お寂しそうでした」
まっすぐに慰められてシャルンは泣き出しそうになった。
「私……そんなに寂しそうでしたか」
「はい、とても」
見上げてくる瞳に奇妙な既視感があった。
まさか、この少年は。
背後を振り返る。けれど、ギースに息子がいるなどとは聞いたことがない。
「よろしければ、一曲お相手を」
少年は微笑み一礼した。
「私は、グラスタスと申します。父、ゴルスタスはこの国の王です」
名乗りを上げた相手に息を飲む。ゴルスタスはステルン王国の先代の王の名前だ。
「…あなたは、一体…」
シャルンはもう一度、背後を振り返った。
宮殿の中では先ほどと同じように音楽が続いている。そして、少年もまた、何の異変もなく、目の前のテラスで微笑んでいる。
「ダンスは上手ではないのですが」
幼いギースは無邪気に笑った。
「ご教示願えないでしょうか」
「……喜んで」
何が何だかわからないまま、シャルンは差し出された手に両手を委ねた。
流れてくる曲はステルン王国の古い踊り、今のような長いドレスでは踊りにくいが、それでも小さく少年の周りを跳ねてみると、相手が軽やかに笑った。
「お上手ですね、難しいのに」
「ありがとうございます」
手を繋ぎ換え、ステップを踏み替え、互いの位置を入れ替える。少年の金髪がキラキラと風に翻る、その時。
けたたましい犬の鳴き声がした。
「番犬だ!」
はっとしたように少年が身を竦ませる。
「殿下、お下がりください!」
とっさにシャルンは少年を背中に庇った。
今この現在において、宮殿に番犬は飼われていないはずだが、確かに闇夜を突いて犬の吠え声が響き渡る。今にも薄暗い木の陰から、獰猛な牙を剥いて飛びかかってきそうだ。
「でも、あなたが」
「いけません!」
シャルンは前に出ようとする少年を叱りつけた。
「あなたは大切なお方です。お守りする義務があります。どうぞ、後ろに」
吠え声が近くなる。できるだけ宮殿にすぐに駆けこめるようにと背後の少年を庇いながら後退って、歯を食いしばった次の瞬間、
「どうした、シャルン」
「っ!」
ふわりと背後から抱きしめられて驚いた。
「何があった? 顔が真っ青だ」
覗き込むレダンが訝しそうに眉を寄せる。
「それに、こんなテラスで何をしていた? 俺はあなたに部屋で待っているようにと伝えたはずだが?」
「レダン……犬が…グラスタスが…」
「犬?」
もう一人、別の声が響いて、シャルンは振り返った。いやいやといった気配でレダンも一緒に振り返る。
「番犬は今夜は放っていないはずだが、なぜ…」
部屋に入ってきたギースが、扉を開けたまま凍りついている。
「あなたは…」
夢現のような口調で呟きかける。
「グラスタス?」
これはレダンだ。
「なぜ、あなたがギースの幼名を呼ぶ?」
「一体…何が…」
シャルンは目を見開いたまま、ギースとレダンを交互に見た。
「それはこちらの台詞だろう。一体何があった、シャルン?」
「……あなただったのか」
柔らかな声が響いた。
「あの時、私を庇ってくれたのは」
ギースが微笑んでシャルンを見つめる。
よく見ると、相手の服装は一部変わっていた。白のブラウスとズボン、紫の礼服、それに地味だが強い光を放つ金の首飾り。
「私はテラスに登っていたから、突然放たれた番犬から逃れられた。犬達はテラスに上がらないよう訓練されていた。もし、あなたが居なければ、私は犬に噛まれていただろう」
心からの感謝を伝えよう。
「あなたを敬愛する、シャルン妃」
跪き、ドレスに口づけるギースを、シャルンは呆然と見守った。
金色の長い髪は一括りに、白い礼服、白い靴、薄紫のブラウスに紫の瞳。年の頃は4~5歳か。
「突然お声をかけて申し訳ありません」
幼いながらも整った物言いは、王族か、それに準じた階級の子どもと思えた。
「けれども、美しい姫が嘆かれているのは心配になります」
「嘆かれている…?」
「お寂しそうでした」
まっすぐに慰められてシャルンは泣き出しそうになった。
「私……そんなに寂しそうでしたか」
「はい、とても」
見上げてくる瞳に奇妙な既視感があった。
まさか、この少年は。
背後を振り返る。けれど、ギースに息子がいるなどとは聞いたことがない。
「よろしければ、一曲お相手を」
少年は微笑み一礼した。
「私は、グラスタスと申します。父、ゴルスタスはこの国の王です」
名乗りを上げた相手に息を飲む。ゴルスタスはステルン王国の先代の王の名前だ。
「…あなたは、一体…」
シャルンはもう一度、背後を振り返った。
宮殿の中では先ほどと同じように音楽が続いている。そして、少年もまた、何の異変もなく、目の前のテラスで微笑んでいる。
「ダンスは上手ではないのですが」
幼いギースは無邪気に笑った。
「ご教示願えないでしょうか」
「……喜んで」
何が何だかわからないまま、シャルンは差し出された手に両手を委ねた。
流れてくる曲はステルン王国の古い踊り、今のような長いドレスでは踊りにくいが、それでも小さく少年の周りを跳ねてみると、相手が軽やかに笑った。
「お上手ですね、難しいのに」
「ありがとうございます」
手を繋ぎ換え、ステップを踏み替え、互いの位置を入れ替える。少年の金髪がキラキラと風に翻る、その時。
けたたましい犬の鳴き声がした。
「番犬だ!」
はっとしたように少年が身を竦ませる。
「殿下、お下がりください!」
とっさにシャルンは少年を背中に庇った。
今この現在において、宮殿に番犬は飼われていないはずだが、確かに闇夜を突いて犬の吠え声が響き渡る。今にも薄暗い木の陰から、獰猛な牙を剥いて飛びかかってきそうだ。
「でも、あなたが」
「いけません!」
シャルンは前に出ようとする少年を叱りつけた。
「あなたは大切なお方です。お守りする義務があります。どうぞ、後ろに」
吠え声が近くなる。できるだけ宮殿にすぐに駆けこめるようにと背後の少年を庇いながら後退って、歯を食いしばった次の瞬間、
「どうした、シャルン」
「っ!」
ふわりと背後から抱きしめられて驚いた。
「何があった? 顔が真っ青だ」
覗き込むレダンが訝しそうに眉を寄せる。
「それに、こんなテラスで何をしていた? 俺はあなたに部屋で待っているようにと伝えたはずだが?」
「レダン……犬が…グラスタスが…」
「犬?」
もう一人、別の声が響いて、シャルンは振り返った。いやいやといった気配でレダンも一緒に振り返る。
「番犬は今夜は放っていないはずだが、なぜ…」
部屋に入ってきたギースが、扉を開けたまま凍りついている。
「あなたは…」
夢現のような口調で呟きかける。
「グラスタス?」
これはレダンだ。
「なぜ、あなたがギースの幼名を呼ぶ?」
「一体…何が…」
シャルンは目を見開いたまま、ギースとレダンを交互に見た。
「それはこちらの台詞だろう。一体何があった、シャルン?」
「……あなただったのか」
柔らかな声が響いた。
「あの時、私を庇ってくれたのは」
ギースが微笑んでシャルンを見つめる。
よく見ると、相手の服装は一部変わっていた。白のブラウスとズボン、紫の礼服、それに地味だが強い光を放つ金の首飾り。
「私はテラスに登っていたから、突然放たれた番犬から逃れられた。犬達はテラスに上がらないよう訓練されていた。もし、あなたが居なければ、私は犬に噛まれていただろう」
心からの感謝を伝えよう。
「あなたを敬愛する、シャルン妃」
跪き、ドレスに口づけるギースを、シャルンは呆然と見守った。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
異世界の花嫁?お断りします。
momo6
恋愛
三十路を過ぎたOL 椿(つばき)は帰宅後、地震に見舞われる。気付いたら異世界にいた。
そこで出逢った王子に求婚を申し込まれましたけど、
知らない人と結婚なんてお断りです。
貞操の危機を感じ、逃げ出した先に居たのは妖精王ですって?
甘ったるい愛を囁いてもダメです。
異世界に来たなら、この世界を楽しむのが先です!!
恋愛よりも衣食住。これが大事です!
お金が無くては生活出来ません!働いて稼いで、美味しい物を食べるんです(๑>◡<๑)
・・・えっ?全部ある?
働かなくてもいい?
ーーー惑わされません!甘い誘惑には罠が付き物です!
*****
目に止めていただき、ありがとうございます(〃ω〃)
未熟な所もありますが 楽しんで頂けたから幸いです。
転生した女性騎士は隣国の王太子に愛される!?
桜
恋愛
仕事帰りの夜道で交通事故で死亡。転生先で家族に愛されながらも武術を極めながら育って行った。ある日突然の出会いから隣国の王太子に見染められ、溺愛されることに……
草食系ヴァンパイアはどうしていいのか分からない!!
アキナヌカ
ファンタジー
ある時、ある場所、ある瞬間に、何故だか文字通りの草食系ヴァンパイアが誕生した。
思いつくのは草刈りとか、森林を枯らして開拓とか、それが実は俺の天職なのか!?
生まれてしまったものは仕方がない、俺が何をすればいいのかは分からない!
なってしまった草食系とはいえヴァンパイア人生、楽しくいろいろやってみようか!!
◇以前に別名で連載していた『草食系ヴァンパイアは何をしていいのかわからない!!』の再連載となります。この度、完結いたしました!!ありがとうございます!!評価・感想などまだまだおまちしています。ピクシブ、カクヨム、小説家になろうにも投稿しています◇
婚約破棄したら食べられました(物理)
かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。
婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。
そんな日々が日常と化していたある日
リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる
グロは無し
白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!
ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。
ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!?
「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」
理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。
これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる