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第2話 砂糖菓子姫とケダモノ王
9.ケダモノは唸る(3)
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「一体何を考えてるやら…」
ザーシャルに向かう馬車の中で、レダンはうんざりしながら唸る。
「こっちのセリフでしょう、それは」
ガストも不愉快を満面に広げながらぼやく。
「いや、色々ぶっ飛んだ奥方だとは思ってましたが、あんなことを考えてるとは」
「いつも予想の斜め上行くよな、シャルンは」
「はい、そこはデレるとこじゃないですから」
はああ、と男二人の無粋な溜め息は開け放した窓から晴れ上がった空へと抜けて行く。
しばらくの沈黙の後、ガストがぼそりと呟いた。
「……相変わらず、鋭いですねえ」
「鋭いよなあ」
「今回の用件も察知されてますかねえ」
「さすがにそれはないだろ」
風に前髪を嬲らせながらレダンはリボンを解く。広がる髪の間を風が通るのに目を細める。
「『宵闇祭り』自体も、これからルッカに聞くと言ってたしな」
「あの侍女もどうしてどうして耳ざといですよ」
ガストがひんやりと応じた。
「出身はどこでしょうね、どうもハイオルトの人間らしくない」
「だよなあ」
レダンはルッカと出会った時のことを思い出す。
シャルンが勘違いから厨房下女に攫われてしまった瞬間、ルッカが取った行動は城の番兵に喧嘩を売ることだった。普通ならおろおろと主人の行方を追おうとしたり困り果てるところだが、直接城主に会わせろと言っても通らないと踏んだのだろう、番兵一人をぶん殴り、駆けつけた兵士を数人なぎ倒し、逃げ回って「人殺し」と叫び回った。
他国ではどうか知らないが、カースウェルではそういう振る舞いをする人間はまずガストのところに連れてこられ、そこからレダンに繋がれる。引き出されたルッカは、ガストの前でもレダンの前でも、それはそれは堂々とした態度で怯みも脅えもしなかった。
「さすがに国々の王から無事奥方を奪回してきただけあります」
いざとなれば、この素っ首撥ねてもようございますよ、その代わり末代まで御覚悟なさいませ、化けて亡霊となって取り付き、子々孫々までお恨み申し上げます。
言い切ったルッカはガストを説き伏せ、レダンを引き連れ、シャルンを見事探し出した。
「…国境で立ち往生の馬車を捨て、宿屋にシャルンを休ませたのもルッカあってだろうな」
当たり前の侍女ならば、そんな大胆な方法など取らなかっただろう。
「そういう性分に一つ、思い当たる国があるんですが」
「奇遇だな、俺も思い当たるぞ」
「アルシアですね」
「あそこの女は誰も強いからな」
国境が近くなってきて、ガストが準備を始める。レダンも荷物を解いて着替え始めながら、
「何かの意図があって、ハイオルトに入っていたのかな」
「王は気づいていなかったでしょうね」
「有能な侍女だと思ってたんだろう」
「奥方のお母上がいなくなられた時、口の軽い侍女に代わって配されたと聞いています」
「口の堅い、しかもとんでもなく行動力と交渉力のある『侍女』か? 護衛と言った方が正しいだろ」
「……なぜ、そこまでお母上のことは奥方に隠されたのでしょうね」
「何かありそうだがな」
馬車が止まった。
侍従は慣れたものだ、レダンとガストを降ろし、刻限を確認し、城での衣服を乗せて戻って行く。
「ああ、身軽になった」
シャツとズボン、上着の軽装のレダンは深呼吸する。
「参りましょうか、もうそろそろ街の門が開放されます」
「10日間の乱痴気騒ぎの始まりか」
歩き始めるレダンに静かに付き従うガストは、肩を並べない。けれど、僅かに遅れることでレダンの背後を護り、突っ込む危険をより広い視界から見てくれる。
「一応確認しておきますが」
静かな声が響いてくる。
「無粋な輩がいたならば」
いつものやりとりが儀式のように繰り返される。
「正当防衛の範囲なら始末していいですね?」
レダンはリボンを解かれ、風に乱れる髪を掻き上げる。時に視界を遮り、纏わりつき、風に舞う黒髪は自由の証、体の深いところがようやく呼吸できる気がする。
「後は対応する」
そんなところで済ませねえだろ、とレダンは低く笑った。
ザーシャルに向かう馬車の中で、レダンはうんざりしながら唸る。
「こっちのセリフでしょう、それは」
ガストも不愉快を満面に広げながらぼやく。
「いや、色々ぶっ飛んだ奥方だとは思ってましたが、あんなことを考えてるとは」
「いつも予想の斜め上行くよな、シャルンは」
「はい、そこはデレるとこじゃないですから」
はああ、と男二人の無粋な溜め息は開け放した窓から晴れ上がった空へと抜けて行く。
しばらくの沈黙の後、ガストがぼそりと呟いた。
「……相変わらず、鋭いですねえ」
「鋭いよなあ」
「今回の用件も察知されてますかねえ」
「さすがにそれはないだろ」
風に前髪を嬲らせながらレダンはリボンを解く。広がる髪の間を風が通るのに目を細める。
「『宵闇祭り』自体も、これからルッカに聞くと言ってたしな」
「あの侍女もどうしてどうして耳ざといですよ」
ガストがひんやりと応じた。
「出身はどこでしょうね、どうもハイオルトの人間らしくない」
「だよなあ」
レダンはルッカと出会った時のことを思い出す。
シャルンが勘違いから厨房下女に攫われてしまった瞬間、ルッカが取った行動は城の番兵に喧嘩を売ることだった。普通ならおろおろと主人の行方を追おうとしたり困り果てるところだが、直接城主に会わせろと言っても通らないと踏んだのだろう、番兵一人をぶん殴り、駆けつけた兵士を数人なぎ倒し、逃げ回って「人殺し」と叫び回った。
他国ではどうか知らないが、カースウェルではそういう振る舞いをする人間はまずガストのところに連れてこられ、そこからレダンに繋がれる。引き出されたルッカは、ガストの前でもレダンの前でも、それはそれは堂々とした態度で怯みも脅えもしなかった。
「さすがに国々の王から無事奥方を奪回してきただけあります」
いざとなれば、この素っ首撥ねてもようございますよ、その代わり末代まで御覚悟なさいませ、化けて亡霊となって取り付き、子々孫々までお恨み申し上げます。
言い切ったルッカはガストを説き伏せ、レダンを引き連れ、シャルンを見事探し出した。
「…国境で立ち往生の馬車を捨て、宿屋にシャルンを休ませたのもルッカあってだろうな」
当たり前の侍女ならば、そんな大胆な方法など取らなかっただろう。
「そういう性分に一つ、思い当たる国があるんですが」
「奇遇だな、俺も思い当たるぞ」
「アルシアですね」
「あそこの女は誰も強いからな」
国境が近くなってきて、ガストが準備を始める。レダンも荷物を解いて着替え始めながら、
「何かの意図があって、ハイオルトに入っていたのかな」
「王は気づいていなかったでしょうね」
「有能な侍女だと思ってたんだろう」
「奥方のお母上がいなくなられた時、口の軽い侍女に代わって配されたと聞いています」
「口の堅い、しかもとんでもなく行動力と交渉力のある『侍女』か? 護衛と言った方が正しいだろ」
「……なぜ、そこまでお母上のことは奥方に隠されたのでしょうね」
「何かありそうだがな」
馬車が止まった。
侍従は慣れたものだ、レダンとガストを降ろし、刻限を確認し、城での衣服を乗せて戻って行く。
「ああ、身軽になった」
シャツとズボン、上着の軽装のレダンは深呼吸する。
「参りましょうか、もうそろそろ街の門が開放されます」
「10日間の乱痴気騒ぎの始まりか」
歩き始めるレダンに静かに付き従うガストは、肩を並べない。けれど、僅かに遅れることでレダンの背後を護り、突っ込む危険をより広い視界から見てくれる。
「一応確認しておきますが」
静かな声が響いてくる。
「無粋な輩がいたならば」
いつものやりとりが儀式のように繰り返される。
「正当防衛の範囲なら始末していいですね?」
レダンはリボンを解かれ、風に乱れる髪を掻き上げる。時に視界を遮り、纏わりつき、風に舞う黒髪は自由の証、体の深いところがようやく呼吸できる気がする。
「後は対応する」
そんなところで済ませねえだろ、とレダンは低く笑った。
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