『これはハッピーエンドにしかならない王道ラブストーリー』

segakiyui

文字の大きさ
117 / 224
第2話 砂糖菓子姫とケダモノ王

29.『虹の7伯』(1)

しおりを挟む
 手はずが整ったとバラディオスが迎えに来たのは2日後だった。
「何があっても驚くなよ?」
 悪戯っぽい顔で確認してくるのに、レダンは察したようで、
「武器の類は渡してくれと続くんだろうな?」
「その通りだ」
 相変わらず朗らかな顔で手を出す相手に、シャルンは緊張しながらレダンを見やる。
 万が一、バラディオスがベーツ伯と通じていたら。
 或いは全く違う意図でシャルン達を捕まえるつもりだったら。
 それぐらいの不安を抱えるほどには、多くの情報に接していた。
 例えば、採石場には思ったよりも多くの男達が送り込まれていて、集めて訓練すれば軍を組織できるかもしれないこと。
 例えば、採石場に関わっているのは『虹の7伯』の内、ベーツ伯、シャルテ伯、バーン伯、トライステ伯、マイン伯であり、残りのユルク伯、ティルト伯は足を踏み入れたこともないぐらい、遠ざけられていること。
 例えば、バラディオスが仕切る市場には多くの品物が流通しており、時には国外の商人さえやって来て売買しているが、その交流についてシャルンは見たことも聞いたこともなく、おそらくはハイオルト王も同様であろうこと。
 そしてその流通は、城下を避けてハイオルトの外周を回る商隊が担っており、彼らはそのカラクリを知るが故に、国の基盤となる外貨を稼ぐために輿入れするシャルンに、密かに同情心を抱いていること。
 始めは確かに国を思っての施策だったのかも知れないが、実り少なく罪悪感を伴う輿入れに辛くなり、籠もってしまったハイオルト王はその適性を判断する機会を自ら放棄していた。
 ハイオルト王家は欺かれている、他ならぬ信頼を置く『虹の7伯』に。
「では頼もう」
 レダンは隠していた短剣を差し出し、ガストも同じように振る舞う。バラディオスは受け取ったものをじっくりと眺めながら、
「良い造りだ」
 微笑みながら褒めた。
「手放すのは惜しかろう」
 ぞっとした。
 思わずシャルンは二振りの剣を懐に片付けるバラディオスの横顔を見つめる。
 まるで、短剣が二度と主の元に戻らないような言い草ではないか。
 その危惧を聞き取ったように、バラディオスは頭の横に手を差し上げ、ぱちりと指を鳴らした。
 背後の扉が荒々しく開け放たれる。
 それより僅かに早く、シャルンはレダンのマントの背後に隠された。緊張に急いでマントを握り締めれば、
「王家に対する反逆の意図がある」
 相変わらず明るいバラディオスの声が朗々と響き渡った。
「この3名を捕らえよ」
「っ」
 それではこれは罠だったのか。
 シャルン達は予想もしない敵の仕掛けの中に飛び込んでしまったのか。
「静かに」
 震えるシャルンの体にそっと触れ、レダンが囁いた。
「け、けれど」
「大丈夫」
 レダンの声は静かだ。まるで峻険な山の中に立つ聖なる城のようだ。
「私がいるのだから」
「…はい」
 そうだった。
 ふいに緊張が解けた。
 シャルンは誓っていたのだった。どこまでもレダンに付き従うと。たとえレダンが破滅の中に突き進もうとシャルンは必ず随行すると。
 ばらばらと開け放たれた扉から兵士が入ってくる。シャルン達を囲み、剣を示して部屋から出ろと命じてくる。
 その中でシャルンはレダンを見上げた。
 見下ろしてくる藍色の瞳は怯えていない、揺らぎもしていない。ただただ穏やかに微笑んでいる。
 何を狼狽えることがあろう、たとえどのような場所に向かうとしても、どのような最後を迎えるにしても、1人朽ち果てていく未来を思った昔に比べれば、この温もりの側で失う命ならば悔いはない。
「はい…」
 微笑み返した。
「はい、ラグン様」
 先に立つレダンに従い、背後をガストに守られて、シャルンは宿の階段を降り、酒場を抜けて『水晶亭』を出た。
 外には黒塗りの厳しい馬車が横付けされていた。後ろの扉からから押し込まれるように乗り込む馬車は、囚人護送のものであると知っている。周囲には物見高い人々が集まり、事の次第を息を詰めて見守っているようだ。
「ご苦労だったな、バルド」
 護送の隊長と思われる男が笑いながら重そうな革袋を手渡している。
「よく寸前に捕まえた。マイン伯もお喜びだ」
「滅相もない」
 バラディオスは静かに頭を下げる。
「バーン伯、トライステ伯にも便宜を図って頂き、いつも感謝しております」
「『先読みのクレラント』の名に恥じず、今後も働けよ」
「はっ」
 バラディオスは受け取った革袋を満足そうに確かめ、薄笑みを浮かべ、側に控えるソルドに手渡す。ソルドは革袋を両手で抱え、一瞬案じるようにシャルン達を見やったが、すぐに目を背けた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

異世界の花嫁?お断りします。

momo6
恋愛
三十路を過ぎたOL 椿(つばき)は帰宅後、地震に見舞われる。気付いたら異世界にいた。 そこで出逢った王子に求婚を申し込まれましたけど、 知らない人と結婚なんてお断りです。 貞操の危機を感じ、逃げ出した先に居たのは妖精王ですって? 甘ったるい愛を囁いてもダメです。 異世界に来たなら、この世界を楽しむのが先です!! 恋愛よりも衣食住。これが大事です! お金が無くては生活出来ません!働いて稼いで、美味しい物を食べるんです(๑>◡<๑) ・・・えっ?全部ある? 働かなくてもいい? ーーー惑わされません!甘い誘惑には罠が付き物です! ***** 目に止めていただき、ありがとうございます(〃ω〃) 未熟な所もありますが 楽しんで頂けたから幸いです。

転生した女性騎士は隣国の王太子に愛される!?

恋愛
仕事帰りの夜道で交通事故で死亡。転生先で家族に愛されながらも武術を極めながら育って行った。ある日突然の出会いから隣国の王太子に見染められ、溺愛されることに……

草食系ヴァンパイアはどうしていいのか分からない!!

アキナヌカ
ファンタジー
ある時、ある場所、ある瞬間に、何故だか文字通りの草食系ヴァンパイアが誕生した。 思いつくのは草刈りとか、森林を枯らして開拓とか、それが実は俺の天職なのか!? 生まれてしまったものは仕方がない、俺が何をすればいいのかは分からない! なってしまった草食系とはいえヴァンパイア人生、楽しくいろいろやってみようか!! ◇以前に別名で連載していた『草食系ヴァンパイアは何をしていいのかわからない!!』の再連載となります。この度、完結いたしました!!ありがとうございます!!評価・感想などまだまだおまちしています。ピクシブ、カクヨム、小説家になろうにも投稿しています◇

婚約破棄したら食べられました(物理)

かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。 婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。 そんな日々が日常と化していたある日 リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる グロは無し

『segakiyui短編集』

segakiyui
ファンタジー
世界の片隅の小さなお話へようこそ。毎月10日と20日に連載。 メルマガ『Segakiyui’s World』連載終了話を含みます。

白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!

ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。 ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!? 「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」 理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。 これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

処理中です...