『闇を見る眼』

segakiyui

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第5章

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「いらっしゃいませ」
 出迎えてくれた村野に、美並はそっと微笑んだ。
「お席でお待ちです」
「ありがとうございます」
 今夜は時間も遅くなりつつあったためか、客の数も少なかった。それぞれのテーブルに、柔らかなキャンドルが揺れている。いつもと違う光景に村野を振り返ると、
「キャンドル・ナイトでございます」
 優しく笑み返された。
 奥まったテーブルに案内されながら、時々気まぐれのように照明を落とし、キャンドルを灯してディナーを提供するのだと聞く。
「手元が暗いとお叱りを頂く場合もございますが、気持ちが落ち着くと楽しまれるお客様もございます」
 どうぞ、と促された席には、そのキャンドルをじっと眺めている真崎の姿があった。
「…お疲れ様です」
「…うん」
 声を掛けたが、真崎はじっと炎を見ていて顔を上げない。村野が椅子を引いてくれ、美並も真崎の前に腰を下ろした。
「コースをもう頼んだよ」
 美並に視線を合わせない真崎が呟く。
「その方がいいよね?」
 長い話なんでしょう?
 そう尋ねられた気がした。
「はい、その方がいいです」
 美並の脳裏には青い針の時計とその持ち主が浮かんだままだ。
「僕もその方がいいな」
 朝、夜のデザート代わりに真崎をと望んだ幸福、準備しておくと嬉しそうに答えてくれた相手は、今無言のまま炎を見つめ続けている。
 アミューズは旬野菜の一皿、続いてスープが運ばれてきた。温かなクリームがかったオレンジ色、まったりと甘い香りがする。
「人参のポタージュです。メインはハーブ鶏モモ肉となります」
「ありがとうございます」
 村野は静かに皿を置き、姿を消す。
「頂きます」
「…」
 美並の声に真崎ものろのろとスプーンを取り上げる。けれど掬おうとしない。
「…京介?」
「社長に会って、話を聞いてきた。次年度、僕が社長になるんだって」
「…はい」
「……伊吹さんは聞いてたんだね」
「…はい」
「けれど、その話……、無しに、なるかも」
「なぜ?」
「それは…」
 真崎は顔を歪めた。
「桜木通販には、君の知らない、不快な部分があって、それを、僕が、始末をつけるつもりだから」
 かなりの核心部分まで聞いてきたのだろう、真崎の声は苦しそうだ。
「…いいえ、京介」
 美並は首を振った。
「それはあなたの問題ではありません」
「いや…僕の問題だよ。だって」
「京介、お話ししたいことがあります」
 美並は顔を上げた。
「『羽鳥』と言う人物のことです」
「…『羽鳥』………?」
 真崎は眉を寄せた。
「『羽折』ではなくて?」
「え?」
 訝しげな返答が思わぬ形で戻ってきて、美並は戸惑う。
「『羽折』とは?」
「…赤来の旧姓だよ」
「え」
 今度は美並が眉を寄せた。
「赤来課長の旧姓。大学時代はその名前で、大輔の友人だった」
「大輔さんの、友人……」
「そして、たぶん、僕のことも知っていた。大輔とのことも」
「どう言うことですか」
 美並は座り直した。真崎がホール・チェックの途中での高崎と志賀のやりとり、そこからわかった出来事を話してくれる。
「社長業を引き受ける代わりに、赤来課長の経歴を調べさせてもらった。大輔と同じ大学の経済学部、かなり親しい友人だった。同じサークルにも属していたけど、桜木通販に入ってからは直接会ってないみたいだ。やたらと女の子を誘うサークルで、あんまり評判は良くなかったらしい。名簿を当たっても『赤来』の名前は出てこない、その時彼は『羽折』だったから」
 女の子を誘うサークル。有沢の話していた組織が重なってくる。
「僕が流通管理課の課長に昇進したのは緑川課長の辞職がきっかけで、大輔はその事件に関わっていたらしい。ひょっとすると孝も『そう言う』仲間の一人になっていて、それで事件に巻き込まれたんじゃないかって、僕は考えている」
 これはまだ憶測でしかないけれど。
「赤来課長はたぶん、緑川課長の事件にも関わっている」
 真崎は吹っ切ったようにスープを飲み始めた。
「でもこれはただの勘で、証拠は何もないけれど」
「証拠なら、あります」
「え」
「少なくとも、赤来課長が犯罪的な行為に関わった可能性なら、映像で残っている」
 美並は少し息を吐いた。
「京介、かなり長い話になります。付き合ってもらえますか」
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