『闇を見る眼』

segakiyui

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第5章

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「……僕達の物語みたいだ」
 美並を抱きかかえながら、真崎が呟く。
「神様のちょい見せ…ですね」
「え?」
「昔、通りすがりに聞いたことばです」
 美並は髪にキスしてくる真崎の唇に微笑みながら、エンディングロールが流れる画面に溜め息をつく。
「あるべきものが、あるべき場所へ、一番いい形に収まる光景を、神様が気まぐれに見せてくれる」
「…それって酷くない?」
 不安そうに真崎が抱きしめてくる。
「幻みたいなものでしょ」
「違いますよ」
 美並は目を閉じた。
「約束です」
「約束?」
「どんなに難しい状況でも、必ず何とかなる道がどこかにあるから探しなさいって言う呼びかけ」
「…希望を失うなってこと?」
 でも、厳しい時の方が多いよね。
「…京介?」
「…はい」
「私、一人で生きていくつもりでした」
「…美並…」
「あなたと知り合ってからも、自分の能力が何の救いももたらさなくて、何も願いが叶わなくて、必死に頑張っても全部指の間から零れていくばかり」
「美並っ」
 ぎゅううっと真崎が抱き締める。
「僕は違う、僕は違う、美並がいなくちゃ僕はもうとっくの昔に死んでたからっ」
「…って、思い込んでました」
「え」
 半泣きになってぎゅうぎゅう締め付けてくる真崎にくすくす笑う。
「自分の能力が子どもに繋がったら、またきっと辛い想いをするから、一人で生きて、一人で死んでいこうって。明や両親が心配してくれているのもわかっていたけど、もう重くて、しんどくて。こんな想いをするのは、私一人でいいやって」
「…み…なみ…」
 呆然とした声が背中で響く。真崎が何を考えているのかよくわかった。美並がずっと真崎を支えながら絶望していったのだと思っているのだ。
「僕、は…」
 干からびた声、腕の力が緩む。その腕を外側から押さえて、真崎の体に凭れ込んだ。
「あなたと同じ……孝さんになることしか未来の姿が見えなくて、苦しんでいたあなたと同じ」
「…」
 真崎が腕の力を少し強める。髪にキスが落とされる、丁寧に、祈りを込めるように。
「私には、私が幸せになる未来の姿が見えなかった」
 生まれた子どもが人の心が見えて、ひょっとしたら私よりもはるかによく見えて、そのために傷ついて苦しんで、自分の無力さに竦んで動けなくなって。そんな命を与えてしまうなら。
「一人で生きていこうと思う、未来しか」
 私の存在は意味がない。
 いや、私の存在は未来にとって害悪でしかない。
 それならいっそ、このまま。
 真崎一人を救えれば、それで十分役目を果たせる。
「…あなたを救いたくて付き合った」
 次のことばは辛い。
「あなたを好きなのかどうかわからなかった」
「……ん…」
 真崎は否定しなかった。ただじっと、美並の頭に頬をつけて頷く。
「けれど…あなたは笑ってくれる」
「…」
「私の側で、嬉しそうに笑ってくれる」
「……嬉しいからね」
 真崎が呟く。
「僕は美並と居るのが嬉しくてたまらないからね」
「…救われたのは…私だった」
 美並は静かに息を吐いた。
 涙が零れ落ちていく。
 愛など望むべくもないと思った。愛のない場所を探し歩いた。なのに、ここだけにはあり得ない、その場所に、真崎が居た。真崎の側で溢れてくる愛に気がついた。
 かけがえのない場所。
「京介、待っていて下さい」
「…え?」
「怪我するかも知れないし、傷つくかもですが、どんなことになっても、ここへ戻って来ます」
 言い切ってからごくりと唾を呑んだ。体が小さく震えているが、怖かったり怯えたりしているのではないとわかっていた。武者震いだ、自分の全力を使っていいという瞬間への期待。
「……」
 真崎は沈黙している。
 目を開くと、最後の文字が巻き上がって消えていくのが見えた。それで終わりかと思っていたら、一番下から文字が浮き上がって行く。
 予想していた気がした。
 『Go On』
 神様のちょい見せが囁く。
 頑張れ、美並。
 頑張れ。
「京介、私は、あなたと生きていきたいです」 
 この先開くどんな扉も全て覗き込み、受け取り、確かめていこう。この能力が何をもたらすのかわからないけれど、そこに美並は必ず自分の姿を見出すだろう、傷つけられ隠され回復することもできなくなった深くて暗い闇の姿を。
「あなたが孝さんにならないと見定めたように、私もまた」
 力を振るっても『羽鳥』にならないと見極めたい。
「……止められないよね?」
「はい」
 ぽた、と真崎が背後から肩に頭を乗せた。
「僕は美並に屠られてもいいのに」
 深く溜め息をつく。緩んだ腕に力が戻り、もう一度しっかりと美並を抱きかかえてくれて、美並の体から緊張が抜けていく。我知らず息をついた。
 黙り込んでいた真崎が小さく唸る。
「…美並が他の誰かを屠るのは嫌だな」
 僕が全部受け止めたいのに。でも。
「行ってらっしゃい」
 掠れた声が続く。
「飢え死にする前に戻って来て」
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