『闇を見る眼』

segakiyui

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第1章

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「………だから見せに来たんですか」
「え?」
「大輔さんと恵子さんに」
「……」
 黙り込んだ真崎に、やっぱり、と思った。
 ただのイブキの墓参りなら、まっすぐここへ来ればいいだけの話だ。それをわざわざ、どうやら長い間連絡を取っていなかった実家に美並を連れていった。
「………そうだよ」
 真崎は低い声で呟いて、もう少し深く美並を抱き込んできた。
「伊吹さんとなら来れる、気がしたんだ」
 真崎の体温で暖まってくる背中から、直接声が身体に響いてくる。
「もう、離れられる、気がしたんだ」
「離れられる?」
 一体誰から、そう尋ねようとした矢先。
「つっ…」
 風呂場で感じた重苦しい圧迫がふいに強くなった。真崎の腕の力だけではない、背後からもう一組別の見えない腕に抱え込まれているような苦しさ、呼吸がしにくくなって思わず小さく息を吐く。
「……っは」
 それでも楽にならなくて、胸が詰まって思わず真崎の腕を掴んだ。
「……なんだ」
 くす、と真崎がくすぐったそうに笑った。
「伊吹さん、アウトドア派だったの? こういうシチュエーションの方が燃えるわけ?」
「……ば……か…っ」
「いいよ、僕ならどこでも……」
 真崎が唇を美並の首に当てながら呟いた。
「君が一番気持ちいいようにしてあげる」
「違、う……っ」
 だが、そのきわどい感触よりも圧迫感は見る見る強くなって、美並は歯を食いしばった。
「伊吹さん?」
「課長…」
「? どうしたの?」
「くるし…」
「伊吹さんっ?」
 必死に絞り出した声にようやく異変を察したらしい真崎が腕を緩め、堪え切れずに前のめりに倒れかけた美並を慌てて抱え直す。
「伊吹さんっ? 伊吹さんっ……伊吹っ!」
「さ……わぐな……聞こえ……ない……っ」
 きぃん、と遠い耳鳴りは酸素不足の頭が絞り出す音、その甲高い音に混じってうねるような嘆くような声が聞こえてくる。

 盗らないで。
 盗らないで。
 私からその人を盗らないで。

 わかってる、わかってる。
 わかってるけど、あなたはなぜそれを相手に直接伝えない。
 強まっていく耳鳴りに吐きそうになりながら意識を集めた。

 だって。
 だって。
 私は欲しい。
 あの人も、この人も、その人も、欲しい。

「な…んだって……?」
「伊吹っ?」
「あの人も……この人も……?」
 それってどういうことなんだ。
 混乱しながら美並は背後の圧迫感からにじみ出てくる声を拾う。

 伝えてしまえば誰か一人になる。
 それでは足りない、うんと足りない!

「っくっ」
 きんっ、と一番高い声が頭の中を貫いて、美並は顔を歪めて痛みを耐えた。ぎゅ、と抱いてくれる腕にすがりついて最後の山を越し、ようやくずるずると消え失せていくそれをやり過ごす。
「……伊吹……?」
「……は……ふ」
「………大丈夫…?」
「き…つ……」
「……伊吹…」
 のろのろと目を開けると、ふいと落ちてきた影が堪えかねたような切羽詰まった気配で汗の滲んだこめかみに唇を落としてきた。
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