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8.遺産
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「ふえ…暑い」
俺は半分死にかけで、ようよう朝倉邸にたどり着いた。とりあえず、石蕗家のゴタゴタが収まるまでは朝倉家にいることになったからだ。
皖は高熱とショックによる一時的な記憶喪失で療養中だった。
「お帰りなさいませ」
いつものように高野が迎えてくれる。
邸の中はひんやりとしていた。さすがに冷房を効かせてるんだろう。荷物を置いて二階へ上がろうとした俺を、高野が呼び止めた。
「なんだ?」
「坊っちゃまの所へ行かれるんですか?」
「ああ」
「では御伝言をお願いいたします」
「? いいけど」
珍しい。こういうことを頼まれるのは滅多にないのに。
「この間の御前への旅行で後回しにされた、石田産業と大路株式会社の件を数日中にはお願いしたいとのことです。双方とも緊急の件で、これ以上は待てないとおっしゃってま…滝様?」
俺がにやにやし出したのに、高野は複雑な表情になった。
「何か?」
「そうか、急ぎの用事があったのか~」
「ええ、お急ぎの件があったのです」
何か言いたげな視線に、高野が俺に伝言を頼んだ理由を何となく察する。
朝倉家には、滝様に関わっているより重要な案件がございました。なのに、わざわざ行かれたのですよ。その辺りを多少はご理解下さいませ。
そういうことだろう。
「えーと、すまん。ちゃんと伝えとく」
とりあえず謝ると、高野は視線を和らげた。
「よろしくお願いいたします」
「はいはい」
階段を上がり、周一郎の部屋の扉をノックする。
「どうぞ」
いつも通りの素っ気ない返答が返ってきた。中に入るとデスクに書類を広げ、どうやら仕事の真っ最中だったらしい周一郎が、それでもこちらを見やって少し笑う。
「?」
その笑みに妙なぎこちなさがあるのに気づいて、俺は戸口で立ち止まった。
「まずかったか?」
「いえ……少し休もうと思っていたところです」
手元の書類をまとめ、デスクを回って、周一郎はソファに腰を下ろした。吊っている右手がまだ痛々しい。
「ああ、高野からさ」
「はい?」
「石田産業と大路株式会社の件を数日中に片付けてくれって。今度の旅行で先延ばしにしたんだって?」
「ええ、急ぐものでもなかったので:
「へえ、おかしいな。高野は緊急の件だと言ってたけど」
「それが何か?」
周一郎はじろりと険のある目つきで見返した。
「いや、別にぃ?」
「っ」
にまりと笑ってやると、例の『突発性赤面症』をやった周一郎が、急いで話題を変えた。
「ところで、石蕗家のことですが」
「うん」
「あの録音、署で馬鹿受けだったらしいですよ」
「バカ受け?」
「あなたのことばが真面目に言ったものとはとても思えないって」
「……………」
今度は俺が『突発性赤面症』をやる番だった。
「ところで、録音のことですが」
「もうわかったよ どーせ俺には語彙がない」
「そのことじゃありません」
ちらりと周一郎は俺を見た。
「吉田弁護士が署に連行されていく途中に消えたのは知っているでしょう?」
「ああ、急に姿を消したから、攫われたのか仲間がいたのかって言う」
「実は、その後、あの録音を調べたら、吉田弁護士の話が消えてしまっていたんです」
俺は首を傾げた。どうしてそんなことを周一郎が気にするんだろう。
「お由宇が録り損ねたんだろ?」
「いいえ、厚木警部の声は入っていました」
「?」
会話が片方の人間の分しか入っていない?
「もう一つ。吉田弁護士、既に『死んでいた』んです」
「……は?」
周一郎のことばが急に理解できなくなった。
「ここへ訪ねてくるまでの七月十三日に交通事故に巻き込まれて。今まで身元不明者として扱われていたそうです」
「え……ええ…?」
「その時、遺言状も持っていたはずなんですが、所持品の中に見当たらず、従って前の遺言状が効力を発揮します。それには、石蕗家の血筋が死に絶えたら、全て慈善事業に寄付することとなっているそうです。石蕗家で残っているのは皖だけですから、彼に全財産が渡されることになるでしょう」
ひくりと唇の端が引きつったのがわかった。
周一郎も妙な表情になっている。
待ってくれ。
ちょっと、待ってくれ。
そういった財産のことはいいとして。
なんだって?
吉田弁護士が七月十三日に死んでいたって?
……それじゃあ、あの日朝倉家にきたのは何者なんだ?
それどころか、あの石蕗家の事件の間中、いろいろ姿を見せていた吉田弁護士っていうのは………つまり……?
おい。
「、滝さんっ!」
ずどどっ!!
周一郎の警告虚しく、俺は見事にソファから転がり落ちていた。
終わり
俺は半分死にかけで、ようよう朝倉邸にたどり着いた。とりあえず、石蕗家のゴタゴタが収まるまでは朝倉家にいることになったからだ。
皖は高熱とショックによる一時的な記憶喪失で療養中だった。
「お帰りなさいませ」
いつものように高野が迎えてくれる。
邸の中はひんやりとしていた。さすがに冷房を効かせてるんだろう。荷物を置いて二階へ上がろうとした俺を、高野が呼び止めた。
「なんだ?」
「坊っちゃまの所へ行かれるんですか?」
「ああ」
「では御伝言をお願いいたします」
「? いいけど」
珍しい。こういうことを頼まれるのは滅多にないのに。
「この間の御前への旅行で後回しにされた、石田産業と大路株式会社の件を数日中にはお願いしたいとのことです。双方とも緊急の件で、これ以上は待てないとおっしゃってま…滝様?」
俺がにやにやし出したのに、高野は複雑な表情になった。
「何か?」
「そうか、急ぎの用事があったのか~」
「ええ、お急ぎの件があったのです」
何か言いたげな視線に、高野が俺に伝言を頼んだ理由を何となく察する。
朝倉家には、滝様に関わっているより重要な案件がございました。なのに、わざわざ行かれたのですよ。その辺りを多少はご理解下さいませ。
そういうことだろう。
「えーと、すまん。ちゃんと伝えとく」
とりあえず謝ると、高野は視線を和らげた。
「よろしくお願いいたします」
「はいはい」
階段を上がり、周一郎の部屋の扉をノックする。
「どうぞ」
いつも通りの素っ気ない返答が返ってきた。中に入るとデスクに書類を広げ、どうやら仕事の真っ最中だったらしい周一郎が、それでもこちらを見やって少し笑う。
「?」
その笑みに妙なぎこちなさがあるのに気づいて、俺は戸口で立ち止まった。
「まずかったか?」
「いえ……少し休もうと思っていたところです」
手元の書類をまとめ、デスクを回って、周一郎はソファに腰を下ろした。吊っている右手がまだ痛々しい。
「ああ、高野からさ」
「はい?」
「石田産業と大路株式会社の件を数日中に片付けてくれって。今度の旅行で先延ばしにしたんだって?」
「ええ、急ぐものでもなかったので:
「へえ、おかしいな。高野は緊急の件だと言ってたけど」
「それが何か?」
周一郎はじろりと険のある目つきで見返した。
「いや、別にぃ?」
「っ」
にまりと笑ってやると、例の『突発性赤面症』をやった周一郎が、急いで話題を変えた。
「ところで、石蕗家のことですが」
「うん」
「あの録音、署で馬鹿受けだったらしいですよ」
「バカ受け?」
「あなたのことばが真面目に言ったものとはとても思えないって」
「……………」
今度は俺が『突発性赤面症』をやる番だった。
「ところで、録音のことですが」
「もうわかったよ どーせ俺には語彙がない」
「そのことじゃありません」
ちらりと周一郎は俺を見た。
「吉田弁護士が署に連行されていく途中に消えたのは知っているでしょう?」
「ああ、急に姿を消したから、攫われたのか仲間がいたのかって言う」
「実は、その後、あの録音を調べたら、吉田弁護士の話が消えてしまっていたんです」
俺は首を傾げた。どうしてそんなことを周一郎が気にするんだろう。
「お由宇が録り損ねたんだろ?」
「いいえ、厚木警部の声は入っていました」
「?」
会話が片方の人間の分しか入っていない?
「もう一つ。吉田弁護士、既に『死んでいた』んです」
「……は?」
周一郎のことばが急に理解できなくなった。
「ここへ訪ねてくるまでの七月十三日に交通事故に巻き込まれて。今まで身元不明者として扱われていたそうです」
「え……ええ…?」
「その時、遺言状も持っていたはずなんですが、所持品の中に見当たらず、従って前の遺言状が効力を発揮します。それには、石蕗家の血筋が死に絶えたら、全て慈善事業に寄付することとなっているそうです。石蕗家で残っているのは皖だけですから、彼に全財産が渡されることになるでしょう」
ひくりと唇の端が引きつったのがわかった。
周一郎も妙な表情になっている。
待ってくれ。
ちょっと、待ってくれ。
そういった財産のことはいいとして。
なんだって?
吉田弁護士が七月十三日に死んでいたって?
……それじゃあ、あの日朝倉家にきたのは何者なんだ?
それどころか、あの石蕗家の事件の間中、いろいろ姿を見せていた吉田弁護士っていうのは………つまり……?
おい。
「、滝さんっ!」
ずどどっ!!
周一郎の警告虚しく、俺は見事にソファから転がり落ちていた。
終わり
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