『ラズーン』第六部

segakiyui

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5.リディノ哀歌(10)

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 ラズーン動乱史上、第二の規模を持ったこの東の戦いは、ラズーンと『運命(リマイン)』の策の、言い換えればアシャとギヌアの軍師としての才覚が真っ向からぶつかり合った戦でもあった。
 ラズーンの東の守りを崩したと確信していた『運命(リマイン)』軍は、後から考えると無謀とも思われる深追いをした為に、ラズーン外壁より少し外側、『泥土』と『白の流れ』(ソワルド)のほぼ中央に野営の陣を敷いていた。一方ラズーン軍はアシャの命令により、シャイラが戦死したとの誤報を流して各々隊ごとに分散して退却、守りが崩れたと見せかけて『運命(リマイン)』軍を引き込み、ジットーによって指令が伝えられるや否や反撃に移った。
 『銀羽根』の長シャイラは、手練れの少数精鋭を引き連れ、『白の流れ』(ソワルド)を夜に紛れて下り、安眠と享楽を貪る『運命(リマイン)』軍の背後から、同時にアギャン公が『銅羽根』を率い、シャイラの攻撃の混乱に乗じて前方から『運命(リマイン)』軍を襲った。さしもの『運命(リマイン)』軍も一巻の終わりかと思われたが、仮にも勇猛を持って知られたモス兵士の頂に立つ男、モディスンが自軍を駆り立ててシャイラ側に打って出、アギャン公にはグルセト軍が応じ、勝敗は乱戦の中に持ち越された。
 が、ここでそれまで密やかな息をついていた一群が、突如戦乱の炎に躍り出て、七分三分でシャイラ達の優勢に傾いていた戦局をひっくり返した。
 『穴の老人』(ディスティヤト)である。

「…我ら『銀羽根』はシャイラの元、アシャ様の御指示に従い、首尾よくモディスン、シダルナン軍を撃ち果たせた、と思えました」
 ミダス公邸、サマルカンドの後を追うように辿り着いたジットーは、数日前よりもなお疲弊した顔で報告した。
 広間では、玉座にミダス公、隣にセシ公、玉座から一段下がった場所にユーノが立っていた。
 ユーノはアシャが倒れて自室に運び込まれた時はさすがに付き添ったが、医術師が詰め、レアナが看病に侍り、何とか命は取り留めたと聞くと、身を翻して宴が散った広間に戻り、セシ公がいくら勧めてもアシャの元へ戻ろうとはしなかった。未だ身につけたままの薄紅のドレスで、強く拳を握り、セシ公が何かを言いたげに見やって来るのにも構わず、きつく唇を噛み締めたまま、ジットーを見つめている。
「…深追いはするなと命を受けておりました。我らの任務は攻撃して敵を討ち果たすことではなく、ただただラズーンを守る防御にあると。それでも、モディスンが長シャイラと剣を交わし、見事に叩き伏せた時に勝負はついたものと、心密かに歓声をあげたのです、が」
 ジットーは血で汚れた唇を噛んで、絞るように吐き出した。
「そこに、奴らが現れたのです」

 シャイラがモディスンを討ち、アギャンがシダルナンを押さえた、その瞬間、『穴の老人』(ディスティヤト)は音もなくラズーン軍の前に立ち塞がった。
 異様に翻る茶色の布の塊、影のように近づいてくると伸びた触手が一動作で手近の人間を掴み、ぱっくりと開いた口の中に獲物を頭から押し込む。ばき、ばしゃ、ぐしゅと聞くに耐えない咀嚼音が周囲を満たし、戦場は見る間に血の海となった。滴る唾液、屠られた肉塊が転がる平野、なお餓えて人を貪る『穴の老人』(ディスティヤト)、敵味方の区別なく人々は恐慌に陥ったが、『穴の老人』(ディスティヤト)の主たる餌となっているラズーン側の崩れ方は酷かった。

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