『ラズーン』第六部

segakiyui

文字の大きさ
68 / 119

5.リディノ哀歌(10)

しおりを挟む
 ラズーン動乱史上、第二の規模を持ったこの東の戦いは、ラズーンと『運命(リマイン)』の策の、言い換えればアシャとギヌアの軍師としての才覚が真っ向からぶつかり合った戦でもあった。
 ラズーンの東の守りを崩したと確信していた『運命(リマイン)』軍は、後から考えると無謀とも思われる深追いをした為に、ラズーン外壁より少し外側、『泥土』と『白の流れ』(ソワルド)のほぼ中央に野営の陣を敷いていた。一方ラズーン軍はアシャの命令により、シャイラが戦死したとの誤報を流して各々隊ごとに分散して退却、守りが崩れたと見せかけて『運命(リマイン)』軍を引き込み、ジットーによって指令が伝えられるや否や反撃に移った。
 『銀羽根』の長シャイラは、手練れの少数精鋭を引き連れ、『白の流れ』(ソワルド)を夜に紛れて下り、安眠と享楽を貪る『運命(リマイン)』軍の背後から、同時にアギャン公が『銅羽根』を率い、シャイラの攻撃の混乱に乗じて前方から『運命(リマイン)』軍を襲った。さしもの『運命(リマイン)』軍も一巻の終わりかと思われたが、仮にも勇猛を持って知られたモス兵士の頂に立つ男、モディスンが自軍を駆り立ててシャイラ側に打って出、アギャン公にはグルセト軍が応じ、勝敗は乱戦の中に持ち越された。
 が、ここでそれまで密やかな息をついていた一群が、突如戦乱の炎に躍り出て、七分三分でシャイラ達の優勢に傾いていた戦局をひっくり返した。
 『穴の老人』(ディスティヤト)である。

「…我ら『銀羽根』はシャイラの元、アシャ様の御指示に従い、首尾よくモディスン、シダルナン軍を撃ち果たせた、と思えました」
 ミダス公邸、サマルカンドの後を追うように辿り着いたジットーは、数日前よりもなお疲弊した顔で報告した。
 広間では、玉座にミダス公、隣にセシ公、玉座から一段下がった場所にユーノが立っていた。
 ユーノはアシャが倒れて自室に運び込まれた時はさすがに付き添ったが、医術師が詰め、レアナが看病に侍り、何とか命は取り留めたと聞くと、身を翻して宴が散った広間に戻り、セシ公がいくら勧めてもアシャの元へ戻ろうとはしなかった。未だ身につけたままの薄紅のドレスで、強く拳を握り、セシ公が何かを言いたげに見やって来るのにも構わず、きつく唇を噛み締めたまま、ジットーを見つめている。
「…深追いはするなと命を受けておりました。我らの任務は攻撃して敵を討ち果たすことではなく、ただただラズーンを守る防御にあると。それでも、モディスンが長シャイラと剣を交わし、見事に叩き伏せた時に勝負はついたものと、心密かに歓声をあげたのです、が」
 ジットーは血で汚れた唇を噛んで、絞るように吐き出した。
「そこに、奴らが現れたのです」

 シャイラがモディスンを討ち、アギャンがシダルナンを押さえた、その瞬間、『穴の老人』(ディスティヤト)は音もなくラズーン軍の前に立ち塞がった。
 異様に翻る茶色の布の塊、影のように近づいてくると伸びた触手が一動作で手近の人間を掴み、ぱっくりと開いた口の中に獲物を頭から押し込む。ばき、ばしゃ、ぐしゅと聞くに耐えない咀嚼音が周囲を満たし、戦場は見る間に血の海となった。滴る唾液、屠られた肉塊が転がる平野、なお餓えて人を貪る『穴の老人』(ディスティヤト)、敵味方の区別なく人々は恐慌に陥ったが、『穴の老人』(ディスティヤト)の主たる餌となっているラズーン側の崩れ方は酷かった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

三歩先行くサンタさん ~トレジャーハンターは幼女にごまをする~

杵築しゅん
ファンタジー
 戦争で父を亡くしたサンタナリア2歳は、母や兄と一緒に父の家から追い出され、母の実家であるファイト子爵家に身を寄せる。でも、そこも安住の地ではなかった。  3歳の職業選別で【過去】という奇怪な職業を授かったサンタナリアは、失われた超古代高度文明紀に生きた守護霊である魔法使いの能力を受け継ぐ。  家族には内緒で魔法の練習をし、古代遺跡でトレジャーハンターとして活躍することを夢見る。  そして、新たな家門を興し母と兄を養うと決心し奮闘する。  こっそり古代遺跡に潜っては、ピンチになったトレジャーハンターを助けるサンタさん。  身分差も授かった能力の偏見も投げ飛ばし、今日も元気に三歩先を行く。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...