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第5章
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報道が始まった。
「はい、桜木通販でございます。…いえ、その件に関しましては」
「はい、桜木……申し訳ありません、現在その件は」
さすがに当日は仕事にならなかった。置いてはすぐに鳴る電話、お叱り罵倒から支援励ましまでありとあらゆることばが桜木通販の内外を飛び交う。
元子始め管理職総出で対応に当たり、通常業務を何とかこなそうとする配下を必死にサポートする。皮肉なことに、その中で、赤来課長もまた奮闘していたのは不思議な光景だった。
京介は電話対応から外された。
ごく数人の、連絡を取らなくてはならない人間の連絡だけが繋がれた。
今は第2会議室で一人、扉を締め切り、PCに向かっている。
「……」
今まで桜木通販の『さ』の字も知らず思いつかなかった人々が、ネットや『ニット・キャンパス』の広報などで名前を知り、仕事内容を検索し、興味本位に注文をし、不快感から注文を取り消し、受付はバタバタしている。
混乱した支所や販路、商品の調整、在庫確認、出荷業務と回収業務、一年間の仕事を数日で突っ込まれたような状況に、次々と指示を出し、対応していく。
奇妙なことだが、トータルすると売上は上がっていた。
ネット上に京介の画像が並んでいる。一般広報用だけではなく、どう見てもプライベート画像のようなものがあるのは、昔の同級生か知り合いが売りさばいたか、面白半分にアップしたか。
『ニット・キャンパス』が公的な意味合いも強いために、早々に人権的配慮からの対応がされているが、全てを消し去るのは無理だろう。
情報も酷いものだ。何が酷いと言って、その8割がでっち上げでは『ない』あたりが酷い。
「…」
そうか、酷いことだったんだ。
京介は奇妙な感覚でネットを泳ぐ。自分の画像、解説されている内容、それらを全く他人の目で眺め、そのままストレートに情報を理解していくと、惨いことが公然と行われ、しかも罰せられることも明らかにされることもなかったという酷さが良くわかる。
その酷さに、京介は全く気づかなかった。
苦しかった辛かった何度も死のうと思った消えたかった生きていたくなかった。
確かにそう思ってはいたけれど。
「…」
そうか酷いことだったのか。
たまたま死んでいなかっただけだったのか。
報道当初は真崎大輔の非道さに焦点が集まっていたが、数時間で京介叩きが始まり、半日を過ぎたあたりで揺り返すように事件の検証や京介への同情が増え始めている。『ニット・キャンパス』への反応も、今は反感と支援が半々か。こちらも思わぬ広告効果、それに気づいた人間が今度は役所や協力機関に向けての意見を上げ始めている。
備え付けの電話が鳴った。
「真崎です」
『おう、俺だ』
居丈高な物言いに微笑する。
よかった、連絡してくれたのなら安心だ。
『新聞にえらいこと書かれてるじゃねえか』
「鳴海正三郎さんですね?」
『……落ち着いてやがるな』
ちょっと、お父さん、と背後で嗜める声がした。
『黙ってろい、俺あこいつと話してんだ……で、聞きてえのは、まだこっちの品物はいるのかってことだが』
「必要です」
『……売れるのか? ってか……』
口ごもった相手に笑みを深める。
「お支払いがご心配なら先に振り込みましょうか」
『ちっ…そんなことをされたら断れねえだろうが。そう言うことを言ってるんじゃねえ』
しばらく押し黙った相手は、
『…俺あ、はっきりさせときたい人間でな』
「はい」
『あの真崎大輔ってのはお前の兄貴か』
「はい」
『血は繋がってんのか』
「…はっきりしません」
真崎は丁寧に答えた。
「戸籍上は繋がっています」
『…そうか』
お前。
また鳴海は黙った。やがて、
『仕事、続けられんのか』
「……桜木通販は、この事件を境に僕が取り仕切ります」
『社長になんのか』
「はい」
『火中の栗ってやつだな』
「そうですね」
相手は再び黙り込む。
「はい、桜木通販でございます。…いえ、その件に関しましては」
「はい、桜木……申し訳ありません、現在その件は」
さすがに当日は仕事にならなかった。置いてはすぐに鳴る電話、お叱り罵倒から支援励ましまでありとあらゆることばが桜木通販の内外を飛び交う。
元子始め管理職総出で対応に当たり、通常業務を何とかこなそうとする配下を必死にサポートする。皮肉なことに、その中で、赤来課長もまた奮闘していたのは不思議な光景だった。
京介は電話対応から外された。
ごく数人の、連絡を取らなくてはならない人間の連絡だけが繋がれた。
今は第2会議室で一人、扉を締め切り、PCに向かっている。
「……」
今まで桜木通販の『さ』の字も知らず思いつかなかった人々が、ネットや『ニット・キャンパス』の広報などで名前を知り、仕事内容を検索し、興味本位に注文をし、不快感から注文を取り消し、受付はバタバタしている。
混乱した支所や販路、商品の調整、在庫確認、出荷業務と回収業務、一年間の仕事を数日で突っ込まれたような状況に、次々と指示を出し、対応していく。
奇妙なことだが、トータルすると売上は上がっていた。
ネット上に京介の画像が並んでいる。一般広報用だけではなく、どう見てもプライベート画像のようなものがあるのは、昔の同級生か知り合いが売りさばいたか、面白半分にアップしたか。
『ニット・キャンパス』が公的な意味合いも強いために、早々に人権的配慮からの対応がされているが、全てを消し去るのは無理だろう。
情報も酷いものだ。何が酷いと言って、その8割がでっち上げでは『ない』あたりが酷い。
「…」
そうか、酷いことだったんだ。
京介は奇妙な感覚でネットを泳ぐ。自分の画像、解説されている内容、それらを全く他人の目で眺め、そのままストレートに情報を理解していくと、惨いことが公然と行われ、しかも罰せられることも明らかにされることもなかったという酷さが良くわかる。
その酷さに、京介は全く気づかなかった。
苦しかった辛かった何度も死のうと思った消えたかった生きていたくなかった。
確かにそう思ってはいたけれど。
「…」
そうか酷いことだったのか。
たまたま死んでいなかっただけだったのか。
報道当初は真崎大輔の非道さに焦点が集まっていたが、数時間で京介叩きが始まり、半日を過ぎたあたりで揺り返すように事件の検証や京介への同情が増え始めている。『ニット・キャンパス』への反応も、今は反感と支援が半々か。こちらも思わぬ広告効果、それに気づいた人間が今度は役所や協力機関に向けての意見を上げ始めている。
備え付けの電話が鳴った。
「真崎です」
『おう、俺だ』
居丈高な物言いに微笑する。
よかった、連絡してくれたのなら安心だ。
『新聞にえらいこと書かれてるじゃねえか』
「鳴海正三郎さんですね?」
『……落ち着いてやがるな』
ちょっと、お父さん、と背後で嗜める声がした。
『黙ってろい、俺あこいつと話してんだ……で、聞きてえのは、まだこっちの品物はいるのかってことだが』
「必要です」
『……売れるのか? ってか……』
口ごもった相手に笑みを深める。
「お支払いがご心配なら先に振り込みましょうか」
『ちっ…そんなことをされたら断れねえだろうが。そう言うことを言ってるんじゃねえ』
しばらく押し黙った相手は、
『…俺あ、はっきりさせときたい人間でな』
「はい」
『あの真崎大輔ってのはお前の兄貴か』
「はい」
『血は繋がってんのか』
「…はっきりしません」
真崎は丁寧に答えた。
「戸籍上は繋がっています」
『…そうか』
お前。
また鳴海は黙った。やがて、
『仕事、続けられんのか』
「……桜木通販は、この事件を境に僕が取り仕切ります」
『社長になんのか』
「はい」
『火中の栗ってやつだな』
「そうですね」
相手は再び黙り込む。
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