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第5章
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「行かせて……美並」
歯を食いしばる。
「今すぐ、側に」
動けない。
赤来も優位を確信したのだろう、困惑を消して椅子に坐り直す。微笑みが浮かぶ、京介の皮膚を粟立たせる、獲物を弄ぶ獣の笑みが。
『それとも伊吹さん……君はもっと他のことを知っているのかな?』
「…畜生」
珍しく富崎が罵倒する。
「このままじゃ引っ張れねえ」
『例えば、事件の関係者と僕が関わっているような噂を聞かされたとか』
『例えば、そのただの噂や思い込みを元に、何かの証拠を探そうとしているとか』
『誰かの何かに、例えば僕の指紋が付いていたって、君は確認することなんかできやしないよ』
京介は携帯を取り出した。
着信歴から有沢を呼び出す。警察に連絡しても来れないだろう、有沢が出られなくても、檜垣ならば転送の手配ぐらいしているかも知れない。
『……どうした?』
掠れ声が応じてほっとした。
「伊吹さんが桜木通販の第2会議室で『羽鳥』を追い詰めています」
『何…っ』
「檜垣さんをよこして下さい、今すぐに」
『おい』
「僕が赤来を殺すから」
『ちょっ…』
「おい、真崎…っ」
「ごめん、我慢が切れた、モニターを見てて。全て記録して。もうしばらくしたら、僕を捕まえに警察が来るから、第2会議室へ誘導して、お願いします!」
呼び止める富崎を背中に総務を飛び出す。
「待って、真崎君!」
背後に響く元子の声にも止まらない。手足が冷えて、頭ががんがん鳴っている。間に合わないんじゃないかと警告音が鳴り響く。
全体が昼休憩に入った。廊下に社員が溢れ出す。行く手を遮る。舌打ちしながら擦り抜ける。脈絡もなく、いつかの夜に明と競ったスリー・オン・スリーが脳裏に蘇る。第2会議室は目の前だ。今何か妙な振動が響かなかったか。会議室の中で悲鳴が小さく上がらなかったか。
殺してやる、赤来豊。
「ごめん、すみません、退いてっ」
廊下を駆け抜けていく真崎の耳に、奇妙な音が届く。
ぴんぽんぱんぽーん。
「…え?」
一斉放送、こんな時に、一体何を。
一瞬気が削がれて速度が落ちた、その側を。
「急げっ、第2会議室だ!」「はっ」
「檜垣さん…?」
駆け抜ける姿を追うように、富崎の声が全館に届く。
『ただいま第2会議室におられる赤来課長……繰り返します、第2会議室におられる赤来課長』
休憩に出ていた社員がざわざわと天井付近を見上げる。
『至急の案件が発生しました。今すぐ社長室へおいで下さい』
「……ああ……なるほど」
京介は立ち止まった。額に浮かんだ汗が流れ落ちる。
第2会議室前、警官が待機する。檜垣が中を覗き込み、指と視線で指示を出している。もう一度、富崎の声が、しっかりと呼ぶ。
『繰り返します。赤来課長、至急の案件がございます。今すぐ社長室までおいで下さい』
放送は赤来の所在を指摘している。カメラがないはずの場所で伊吹と話しているつもりの赤来が、放送を耳にしてどれほど驚いたか察するに余りある。
同時に富崎は、檜垣が駆けつけている間に飛び込まないように、京介を足止めした。
「…どこが安定感のある男だって? 食わせ者だよね、富崎さんも」
顎まで伝った汗を拳で拭い取りながら、第2会議室へ向かって歩き出した。
檜垣はまだ飛び込まない。鋭い視線が中の様子を伺っている。機会を狙っている、千載一遇の、二度とは訪れないチャンスを逃すまいとする猛禽類の目、ちらりと一瞬京介を見遣り、冷ややかな笑みを浮かべた。
京介が近づくのを見計らったように、会議室内で罵声が上がる。
「まさか、お前…っ」
「っ!」
叩きつけられたように京介は走り出した。
歯を食いしばる。
「今すぐ、側に」
動けない。
赤来も優位を確信したのだろう、困惑を消して椅子に坐り直す。微笑みが浮かぶ、京介の皮膚を粟立たせる、獲物を弄ぶ獣の笑みが。
『それとも伊吹さん……君はもっと他のことを知っているのかな?』
「…畜生」
珍しく富崎が罵倒する。
「このままじゃ引っ張れねえ」
『例えば、事件の関係者と僕が関わっているような噂を聞かされたとか』
『例えば、そのただの噂や思い込みを元に、何かの証拠を探そうとしているとか』
『誰かの何かに、例えば僕の指紋が付いていたって、君は確認することなんかできやしないよ』
京介は携帯を取り出した。
着信歴から有沢を呼び出す。警察に連絡しても来れないだろう、有沢が出られなくても、檜垣ならば転送の手配ぐらいしているかも知れない。
『……どうした?』
掠れ声が応じてほっとした。
「伊吹さんが桜木通販の第2会議室で『羽鳥』を追い詰めています」
『何…っ』
「檜垣さんをよこして下さい、今すぐに」
『おい』
「僕が赤来を殺すから」
『ちょっ…』
「おい、真崎…っ」
「ごめん、我慢が切れた、モニターを見てて。全て記録して。もうしばらくしたら、僕を捕まえに警察が来るから、第2会議室へ誘導して、お願いします!」
呼び止める富崎を背中に総務を飛び出す。
「待って、真崎君!」
背後に響く元子の声にも止まらない。手足が冷えて、頭ががんがん鳴っている。間に合わないんじゃないかと警告音が鳴り響く。
全体が昼休憩に入った。廊下に社員が溢れ出す。行く手を遮る。舌打ちしながら擦り抜ける。脈絡もなく、いつかの夜に明と競ったスリー・オン・スリーが脳裏に蘇る。第2会議室は目の前だ。今何か妙な振動が響かなかったか。会議室の中で悲鳴が小さく上がらなかったか。
殺してやる、赤来豊。
「ごめん、すみません、退いてっ」
廊下を駆け抜けていく真崎の耳に、奇妙な音が届く。
ぴんぽんぱんぽーん。
「…え?」
一斉放送、こんな時に、一体何を。
一瞬気が削がれて速度が落ちた、その側を。
「急げっ、第2会議室だ!」「はっ」
「檜垣さん…?」
駆け抜ける姿を追うように、富崎の声が全館に届く。
『ただいま第2会議室におられる赤来課長……繰り返します、第2会議室におられる赤来課長』
休憩に出ていた社員がざわざわと天井付近を見上げる。
『至急の案件が発生しました。今すぐ社長室へおいで下さい』
「……ああ……なるほど」
京介は立ち止まった。額に浮かんだ汗が流れ落ちる。
第2会議室前、警官が待機する。檜垣が中を覗き込み、指と視線で指示を出している。もう一度、富崎の声が、しっかりと呼ぶ。
『繰り返します。赤来課長、至急の案件がございます。今すぐ社長室までおいで下さい』
放送は赤来の所在を指摘している。カメラがないはずの場所で伊吹と話しているつもりの赤来が、放送を耳にしてどれほど驚いたか察するに余りある。
同時に富崎は、檜垣が駆けつけている間に飛び込まないように、京介を足止めした。
「…どこが安定感のある男だって? 食わせ者だよね、富崎さんも」
顎まで伝った汗を拳で拭い取りながら、第2会議室へ向かって歩き出した。
檜垣はまだ飛び込まない。鋭い視線が中の様子を伺っている。機会を狙っている、千載一遇の、二度とは訪れないチャンスを逃すまいとする猛禽類の目、ちらりと一瞬京介を見遣り、冷ややかな笑みを浮かべた。
京介が近づくのを見計らったように、会議室内で罵声が上がる。
「まさか、お前…っ」
「っ!」
叩きつけられたように京介は走り出した。
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