『魔法講座』

segakiyui

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3.初日、三時限

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 おかえりなさい、みなさん。
 ………バケツのあなたまで行ったんですか。生きてますか? ……よろしい。
 かなりおつかれですね。
 『当然』くん? ………ああ、そう、名前は今度でも考えましょう。
 さて、みなさん、こちらを向いて下さい。
 向けるか、ばかやろー。
 口が悪い人が居ますね。でも、かまいません。
 とても指示には従えない。さきほどの『当然』くんとのやりとりを見て、履修できない可能性もあるかもしれないけれど、とてもやってられっかよ、ですね。
 全体的に8割ほどになっていますが、よろしいでしょう。
 みなさん、まず今の自分の状態をよく観察して下さい。
 ぐたぐたのへろへろで朦朧としてて眠くてしんどくて身動きとれない?
 非常によろしい。
 それが肉体の優位性、ということです。
 私達が生身でこの世界で生きているということは、その肉体の制限を否応なく受けるということです。
 数人頭が上がりましたね。
 回復が早いのは好ましいことです。
 どれほどの魔法が使え、どれほどの技を繰り出せても、肉体の限界は必ずあります。
 あなたがたはまだ若くて「時間の恐怖」について理解することができないと思いますが、認識の問題だとしても時が経つことによる様々な変化というものを無視してはいけません。
 無視せず利用することです。
 認識し、活用するように。
 たとえば、今とんでもなく眠い人、手を上げて。
 は? 眠くて手なんて上がりません? 
 いいですね。
 無理を押すと、余分にエネルギーと時間を使うということを理解して下さい。
 疲れ切った状態で何かを為そうとすると、回復と能力の発現と可能性の認識という三つのことに同時に意識とエネルギーを注がなくてはなりません。
 三つに分散してしまえば、大抵は得意分野に集中して補充されていくものです。
 それは次第に能力の偏った発達を生むので注意が必要です。
 得意不得意はあってかまいませんが、不得意でも最低レベルは保てるようにしておく、というのは、他の授業の学課テストをくぐり抜けるのに効果的ですが、魔法講座においては一層重要です。
 ではどうやって均等にそれぞれを発達させるかですが、その時の基準に肉体の優位性を使います。
 身動きできなければ回復とその過程に注意を集中し、受け入れ、学びましょう。
 動けるが意識がばらばらになりやすいなら、現在していることを高レベルにすることで、集中力と技術を磨きなさい。
 動けて意識もはっきりしているならば、現状に含まれている可能性や危険性について考察し推測し、それに基づく冒険や試みに向かいなさい。
 おおよその動きとしてはその順序でいいのですが、時に身動きできない場合でも現状を越えた可能性や危険性を見通す努力が求められるときもあります。
 そのときは『スクランブル』のスイッチを設定すると効果的です。
 ………はい、そうでしょうね。
 魔法そのものも、まあ言えば現実の『スクランブル』スイッチみたいなものですね。
 けれど始終それを押し続けていれば、やがては壊れて使えなくなります。
 魔法の場合は周囲への被害も甚大です。
 よって、みなさんはまず、自分の肉体の限界を理解し、それをどのように活用するかということから学んで下さい。
 …………もう学び始めている人もいますね。ずいぶんぐっすりとおやすみですが。
 まだそこまで眠くならない人?
 『当然』くんですか。
 頭もはっきりしている? それはよろしい。
 では、教室の隅に巨大な辞書がありますね。……ええ、そうです。いえ、その背の高い方。
 持ってくるのは不可能ですよ、だから台車にたてかけて、その場で開けるようになっているんです。
 あれを開いて名前を探しましょうか。
 ええ、そうですよ。
 自分の名前は自分で決めていいんです、ここではね。
 私は『当然』くんでも結構いいと思うんですが…………そうですか、嫌ですか。
 好みはいろいろですから、気にしませんが…………ミドルネームに『当然』を入れ込むとか? 
 いや? ………当然なうえに頑固ですか。
 『頑固』というのは?
 …………嫌いですか。
 え? 私の名前をついでに探してくれると? 
 かまいませんが………プライベートなおつき合いはできないんですよ。
 は? 誰もそんなことは言ってない? 
 いえ、結構です。
 探す必要はありません。
 私にはもう名前はありますから。
 はい? …………ああ、名乗っていませんでしたか。
 出席簿に書いてありますが…………これです。
 ………なんですか、妙な顔をして。
 いい名前でしょう。
 ………ああ、似てますがちょっと違いますね。
 障害物、と読むんじゃありません。後で辞書を調べておきなさい。
 『立ち塞がる壁』と読みます。
 
 
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