『ハレルヤ・ボイス』

segakiyui

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 それは、深雪が死んで半年もたったころだろうか。
「越智笙子?」
 アルバイト先で、中谷は再び笙子の名前を耳にした。
「なんだか不思議な歌手なんだってさ」
 コンビニに荷物を運び込みながら、メーカー側の運転手は肩をすくめた。「なんでも、笙子の歌を聴くと病気や怪我が治るって噂だ。この間ラジオでやってたかな、特集を組んだんだけど、CDも何も出してないから、本人のインタビューでほとんど番組構成してあったけどさ、驚くなよ」
 にやっと笑って片目をつぶって見せる。
「何でもDJが言うにはさ、笙子のコンサートに慢性の難治性の患者が招待されたらしいんだが、その八割が著しい回復を見せたらしいぜ」
「まさか」
「いや、ほんとだって」
 運転手は生真面目な顔で続けた。
「その場に医者もいたらしいし、一応診察もしたらしい。ただな、もう一つ、おかしな話もあるんだ」
 よいしょ、と相手はパンの荷を下ろした。
「笙子のコンサートを聴いた奴には確かに病気が治ったり元気になったりするのがいる。けど、ちょっぴりだけど、コンサートが終わってすぐ、自殺する奴がいるらしいんだ」
「え」
 中谷の脳裏をすぐに深雪のことがかすめた。
 深雪と自殺のありえない組み合わせに、中谷はずっと引っ掛かっていた。けれども、警察にも否定され、それ以上の何もつかめなくて、妙なしこりになったまま過ごしてきた。
「自殺、ですか」
「うん、そんなに問題のなさそうな奴でもさ、なんだか自殺しちまうんだって」
「おい、何を話してるんだ」
「いけね。じゃ、ここ、置いとくから」
「すみません、どうも」
 店主にどなられてそそくさと引き上げる運転手を見ながら、ふいに中谷の心の中に越智笙子の名前が深く刻まれた。
 越智笙子の歌声は、確かに『ハレルヤ・ボイス』と呼ばれている。それは、難しい患者を癒したり元気づけたりするせいだ。
 けれど、本当は、そんな単純なものではないのかもしれない、と中谷は考え始めた。
 笙子の歌は人間の体に何かの作用を起こす。だが、それは、聴き手の状態や相性などによって、『別なふう』に働くときもあるのではないか。そして、それこそが、深雪を自殺に追いやった原因なのではないか。
 中谷は笙子の歌を聴いた後に自殺する者を追い始めた。警察が『人知れぬ悩み』とかたづけたところに食い下がった。
 結局は、その動きのしつこさを『ジャーナル』に買われて中谷の飯の種になったのだから、世の中というのはわからない。

 中谷はまじまじと写真を見つめた。今度は意図して、そのまばゆそうな視線から、越智笙子の顔を思い浮かべる。
 胸の奥深くに、酒の酔いとは違う熱いものがたぎってくる感覚があった。
「待ってろ」
 中谷は低くつぶやき、写真を机に戻した。グラスの残りを無理やり喉に流し入れる。体が受けつけず、反射的に吐き出しそうになったのを、ぐ、と気合をいれるように飲み込む。
 深雪の死の謎が解け、越智笙子を追い詰められるなら、自分がどうなってもかまわない。
「今に化けの皮を剥がしてやる」
 中谷は薄明るくなってきた窓の外を見ながら、浅い眠りに落ちた。
          
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