『DRAGON NET』

segakiyui

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108.『覇を競うなかれ』(2)

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 蒼銀の光に導かれて駆け上がる黄金の光に背後から全身を穿たれた。
 激痛にオウライカの意識は砕かれていく。
 あの日。
 地球を穿った光もこのような激しさと鋭さだっただろうか。
 都市を叩き壊し、人を切り裂き、大地を貫き通して、地球の核まで届けと放たれた憎しみの刃。
 あなたは人類を憎んでいたのだろうか、過ちばかりを繰り返すから?
 あなたは俺を恨んでいたのだろうか、思い通りに育たなかったから?
 だが、あなたは忘れている。
 その思いは全て、あなたのものだ。
 俺がどれほど受け取ろうとしても、それは俺をすり抜けてしまい、円弧を描いてあなたに戻る。
 あなたが放ったものは全て、あなたにふさわしい時、ふさわしい場所、ふさわしい形であなたに投げ返されていく。
 そんなことなど知っていたはずではなかったのか、あなたが真理と呼ばれる存在ならば?
 だから、あなたは愛溢れた存在として描かれたのだ。無限の許容と慈しみをもたらしたのは、人類が愛おしいからではなく、全ては自分でしかないからだ。
 存在に与えられた唯一無二の摂理。
 エネルギーは保存され、消え失せない。
 時間の果てに失われたかのように見えても、無限の時の間では、一瞬の『ずれ』に他ならない。
 だから竜達は耐え忍び、人類をその背中に乗せたまま、地中深くに眠り続ける。
 無制限に奪われ続けたエネルギーはやがて必ず戻される、相応の過程を経て。
 竜達に繋がっていた種族が行っていたのは、竜の制御ではなく、竜が蓄えていた法則を人にもたらすことだった。
 竜は暴れる必要さえなかった、いずれ還元は滞りなく行われる。数千年先? 数万年先? そんなものは瞬きする間に過ぎ去る夢、ましてや50年など幻よりも儚く、吐息よりも朧げなもの。
 だからこそ、人は幻の時を生き延びるために、自らを律する必要があるのだと。
 黄金竜はオウライカと、それに欠片を潜ませていた赤竜を飲み込み、月を目掛けて駆け上る。
 地上に貯められ歪められた力にバランスをもたらすために、月は自らを降り注ぐ必要があった。
 渦巻き闇夜を裂いていくのは、温かく潤った血肉に牙を埋める感覚と似ている。蠢き誘う濡れた場所に滑りこむのと重なる。
 宇宙の闇は人には冷たく乾いた場所だろうが、竜にとってはエネルギーに溢れた命の床だ。
 猛々しく貫いて自らを膨らませ張り詰めていきながら、破瓜を求める。
 新しく次の段階に進むために、人が微かに通じた道を渡り開いていく。
 おおおおおお。
 身の内側から声が湧く。
 地球が月を求めて咆哮している、かつて離れた片割れを求めるように。
 戻り来よ、我が元に。
 帰り来よ、今この体に。
 視界が不意に開けた。
 すばらしい。
 開放感に胸が轟く。
 何という広がり。
 意識の全てを四方に飛ばし放っても、その先にまだ未知がある。
 足元の地上にはまだ十分なエネルギーがあった。月を破壊し飲み込めば、もっと充足するだろう。そうしてなお駆け上がればその先に、数々の惑星が、衛星が、恒星が、媚びを放ちながら、この身を合わせよと呼びかけてくるだろう。
 彼方まで蹂躙し飲み込み、渦巻くこの流れを果てない闇に放ち続けるのは、終わりない快感そのものだろう。
 あれは。
 興奮に身を震わせ迸っていた視界に、一つの光が現れた。
 うす青く輝く冷ややかな塊。
 一瞬戸惑った、今走り出てきた世界にひどく似ていたから。
 同じ匂い、同じ気配、命を宿し、育み、守ろうとする揺るぎない祈り。
 戸惑いは深くなる、自分を虚空へと導いてくれた蒼い光とそっくりなのに、その輝きは明らかに進路を遮ろうとしている。いや、素早く、近い。既に切っ先が含まれ始めた。
 う、う。
 震えが走る。
 濡れそぼる光は激しい熱をこともなく飲み込んでいく。吸い込まれ味わわれ、そうして激しい意思が甘く切ない波に散らされ昇華されていってしまう。
 ああ…解ける。
 上がる呼吸と一緒に感覚が散っていく。月を貫くつもりなのに、月の手前で熱をいなされ、温かなぬかるみの中に溶かされ、するべきことも脳裏から消える。
 けれど黄金竜は知っている。
 これは一瞬の喜びだ。
 溶け込むことをよしとすれば、竜は存在を小さな卵に閉じ込められ、長い眠りにつかなくてはならなくなる。卵は黄金色をしており、人類の存在の奥に繋げられている。次世代を紡ぐ命となり文化となり願いとなり祈りとなる。黄金竜はせっかく得たこの素晴らしい開放感を失い、小さく脆く愚かな命の中で傷みと孤独に呻く日々に戻される。
 深く地球に根を広げた。
 奥深くから力を取り出し、この青い輝きから逃れなくてはならなかった。
 いや、逃れるのではない、飲み込み、破砕し、念願の月へ到達するのだ。
 孤独をついに癒すのだ。
 この姿ではない『私』、本来の、完全な、全てに欠けることのない、姿を取り戻すのだ。
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