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110.『五竜を呼び起こすなかれ』(1)
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「っ、ゴホッゴホ」
「カザル!」
激しく咳き込みながら、カザルは起き上がった。
「カザル!」
次々と覗き込む顔、リヤン、フランシカ、レシン、そして焦った顔のトラスフィ。
「大丈夫なの」
冷酷にも聞こえる声が無事を質す。正面から凝視するリヤンは、黒髪に蒼銀の簪を輝かせている。
「だい…じょ…ぶ…」
整わない息のまま、喘いでもう一度布団に蹲った。
「寒…い…」
「フランシカ」
「はい!」
急ぎ相手が真っ青な顔で毛布で体を包んでくれる。続いてぐったりとしたままのオウライカも。左目の眼帯が外されているのにぞっとした、そこにあの宇宙につながる深淵が口を開いているようで。
「…どう…なった……?」
「あんたはトラスフィと一緒に出かけて、中身を抜かれて戻ってきた」
リヤンが淡々と応じる。
「あの『おたんちん』はあんたを追いかけて、多分『紋章』伝いに内側へ入ったのよね」
「うん」
与えられた温もりに目を閉じてエネルギーを回収する。かなり、いやうんと足りない。今のままでは周囲の体からエネルギーを貪ってしまいそうだったから、回路を閉じて『紋章』を探した。
「あれ…?」
胸の内側に広がるのは青く煌めく水滴だと思っていたのに、見えてきた景色は暗闇の宇宙に浮かぶ金色の卵だった。星の光に柔らかく輝き、極寒の空を物ともせず、かすかに脈打つエネルギーを蓄えている。
「俺…」
「何よ」
「孕んだかも」
「ぶはっ」
緊迫感を吹き飛ばしたのはトラスフィだった。
「いやちょっと待て、それは構造上ないから」
声に目を開けて相手を見返す。じっとカザルに見つめられて、薄く赤くなった相手が険しく顔を歪める。
「目が覚めたと思ったら、一体何の冗談だ」
「冗談じゃないよ」
カザルはもう一度体の内側を確認する。
「俺の中に卵がある」
「…どう言うこった」
レシンが不安そうに唸った。
「何か妙なことが起きたのか」
「ううん、違うよ」
カザルが体を起こして周囲を見渡した。
壁が透けて見える。壁というより、建物がどこまでも半透明になって遠くまで見える。熱源が点々と動いている。不安定な動きだ。地面があちらこちらで変形している。
「…地震があったの?」
「…オウライカさまが眠られてすぐ、大きいのが一つ。小さいのが何度か、あちらこちらで」
フランシカが眉を寄せる。
「でも、なぜわかるの? ここはほとんど損壊を受けなかったのに」
「…『斎京』はそれほど被害を受けなかったんだね」
カザルは構わず視界を広げていく。確かに地割れもあるが、都市を傷つけ痛めつけるほど大きなものはほとんどない。まるで見えない手が最小限の被害しか及ぼさないように、動かす部位を選んだようだ。都市から離れるに従って、破壊の程度は大きくなった。引き裂かれている大地、あちこちで山が崩れ、川が溢れ、緑が引き裂かれ、土が掘り返されている。
「…見つけた」
「何を」
リヤンがわかっているかのように先を促した。
「何が見えてるの、カザル」
「このずっと向こうに」
壁を指差す。そこにわずかな亀裂があるのに気づく。その亀裂は寸分狂いもなく、外の地割れと符合していて、壁がまるで地図のように見える。その最上端、天井に至る少し手前で、小さな穴が空いている。
「あれがある」
指差した方向を皆が見上げた。
「…穴?」
「あんなところが崩れてたのか」「さっきのやつかしら」「一番大きいもんの時だろう」
「…違う」
リヤンが静かにカザルを振り向いた。
「さっきまであんな穴なんかなかったわ。何をしたの、カザル」
「地図を」
くすりと笑ってしまった。気をつけないと、この体は全てを生み出してしまいそうだ。
「見た方がいいかと思って」
誰もが意味を測りかねている中、リヤンだけが蒼銀の簪を引き抜いて立ち上がった。
「あなたは何者?」
「おい、どうしたよ、リヤン」
「答えなさい」
訝るレシン、警戒を緩めないリヤンにフランシカも身構える。
毛布をかぶりつつ、ふわりと身を起こしたカザルの動きに、トラスフィもぎくりとした。
「なんだ、お前、今の…まるで」
そこに体がねえ、みたい、な。
息を呑んで距離を取る。
「俺は…竜、だ」
カザルは小さく笑った。
「あそこに、『中央京』が押し上げられたよ」
もう一度、指差して見せる。だが、誰も動かない。
『俺の中に、黄金竜の卵が有って、それをあそこに戻さなくちゃならない』
「!」「っ」
びりびりと空間を走った声に皆が身を竦めた、ただ一人、オウライカを除いて。
「そこまでだ、カザル」
背後から優しく抱きかかえられて、凭れながら見上げる。
漆黒の瞳が微笑んでカザルを見下ろす。
「開くな、閉じろ」
「ん…」
囁かれて体が緩み、気がついた。
いつの間にか、卵を守るために臨戦体制に入っていた。遮るエネルギーは食い尽くして、『中央京』へ進めばいい、無意識にそう振る舞っていた。
「オウライカさん」
「俺が連れてってやるから、納めろ、それはここには必要ない」
「はい…」
ぱちぱちと皮膚の少し外側で散っていた火花が消えていく。同時にひどい眠気が襲ってくる。
「眠い…」
「ああ、そうだろ、眠いらしいぞ、妊婦ってのは」
「そう…なんだ……」
くたりと崩れる体を背後から回った体が抱きとってくれ、カザルは安心して眠りについた。
「カザル!」
激しく咳き込みながら、カザルは起き上がった。
「カザル!」
次々と覗き込む顔、リヤン、フランシカ、レシン、そして焦った顔のトラスフィ。
「大丈夫なの」
冷酷にも聞こえる声が無事を質す。正面から凝視するリヤンは、黒髪に蒼銀の簪を輝かせている。
「だい…じょ…ぶ…」
整わない息のまま、喘いでもう一度布団に蹲った。
「寒…い…」
「フランシカ」
「はい!」
急ぎ相手が真っ青な顔で毛布で体を包んでくれる。続いてぐったりとしたままのオウライカも。左目の眼帯が外されているのにぞっとした、そこにあの宇宙につながる深淵が口を開いているようで。
「…どう…なった……?」
「あんたはトラスフィと一緒に出かけて、中身を抜かれて戻ってきた」
リヤンが淡々と応じる。
「あの『おたんちん』はあんたを追いかけて、多分『紋章』伝いに内側へ入ったのよね」
「うん」
与えられた温もりに目を閉じてエネルギーを回収する。かなり、いやうんと足りない。今のままでは周囲の体からエネルギーを貪ってしまいそうだったから、回路を閉じて『紋章』を探した。
「あれ…?」
胸の内側に広がるのは青く煌めく水滴だと思っていたのに、見えてきた景色は暗闇の宇宙に浮かぶ金色の卵だった。星の光に柔らかく輝き、極寒の空を物ともせず、かすかに脈打つエネルギーを蓄えている。
「俺…」
「何よ」
「孕んだかも」
「ぶはっ」
緊迫感を吹き飛ばしたのはトラスフィだった。
「いやちょっと待て、それは構造上ないから」
声に目を開けて相手を見返す。じっとカザルに見つめられて、薄く赤くなった相手が険しく顔を歪める。
「目が覚めたと思ったら、一体何の冗談だ」
「冗談じゃないよ」
カザルはもう一度体の内側を確認する。
「俺の中に卵がある」
「…どう言うこった」
レシンが不安そうに唸った。
「何か妙なことが起きたのか」
「ううん、違うよ」
カザルが体を起こして周囲を見渡した。
壁が透けて見える。壁というより、建物がどこまでも半透明になって遠くまで見える。熱源が点々と動いている。不安定な動きだ。地面があちらこちらで変形している。
「…地震があったの?」
「…オウライカさまが眠られてすぐ、大きいのが一つ。小さいのが何度か、あちらこちらで」
フランシカが眉を寄せる。
「でも、なぜわかるの? ここはほとんど損壊を受けなかったのに」
「…『斎京』はそれほど被害を受けなかったんだね」
カザルは構わず視界を広げていく。確かに地割れもあるが、都市を傷つけ痛めつけるほど大きなものはほとんどない。まるで見えない手が最小限の被害しか及ぼさないように、動かす部位を選んだようだ。都市から離れるに従って、破壊の程度は大きくなった。引き裂かれている大地、あちこちで山が崩れ、川が溢れ、緑が引き裂かれ、土が掘り返されている。
「…見つけた」
「何を」
リヤンがわかっているかのように先を促した。
「何が見えてるの、カザル」
「このずっと向こうに」
壁を指差す。そこにわずかな亀裂があるのに気づく。その亀裂は寸分狂いもなく、外の地割れと符合していて、壁がまるで地図のように見える。その最上端、天井に至る少し手前で、小さな穴が空いている。
「あれがある」
指差した方向を皆が見上げた。
「…穴?」
「あんなところが崩れてたのか」「さっきのやつかしら」「一番大きいもんの時だろう」
「…違う」
リヤンが静かにカザルを振り向いた。
「さっきまであんな穴なんかなかったわ。何をしたの、カザル」
「地図を」
くすりと笑ってしまった。気をつけないと、この体は全てを生み出してしまいそうだ。
「見た方がいいかと思って」
誰もが意味を測りかねている中、リヤンだけが蒼銀の簪を引き抜いて立ち上がった。
「あなたは何者?」
「おい、どうしたよ、リヤン」
「答えなさい」
訝るレシン、警戒を緩めないリヤンにフランシカも身構える。
毛布をかぶりつつ、ふわりと身を起こしたカザルの動きに、トラスフィもぎくりとした。
「なんだ、お前、今の…まるで」
そこに体がねえ、みたい、な。
息を呑んで距離を取る。
「俺は…竜、だ」
カザルは小さく笑った。
「あそこに、『中央京』が押し上げられたよ」
もう一度、指差して見せる。だが、誰も動かない。
『俺の中に、黄金竜の卵が有って、それをあそこに戻さなくちゃならない』
「!」「っ」
びりびりと空間を走った声に皆が身を竦めた、ただ一人、オウライカを除いて。
「そこまでだ、カザル」
背後から優しく抱きかかえられて、凭れながら見上げる。
漆黒の瞳が微笑んでカザルを見下ろす。
「開くな、閉じろ」
「ん…」
囁かれて体が緩み、気がついた。
いつの間にか、卵を守るために臨戦体制に入っていた。遮るエネルギーは食い尽くして、『中央京』へ進めばいい、無意識にそう振る舞っていた。
「オウライカさん」
「俺が連れてってやるから、納めろ、それはここには必要ない」
「はい…」
ぱちぱちと皮膚の少し外側で散っていた火花が消えていく。同時にひどい眠気が襲ってくる。
「眠い…」
「ああ、そうだろ、眠いらしいぞ、妊婦ってのは」
「そう…なんだ……」
くたりと崩れる体を背後から回った体が抱きとってくれ、カザルは安心して眠りについた。
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