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9.『闇と結ぶなかれ』(1)
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あれ、いつできんのかな、まだかな、うんとかかるのかな、とカザルがあまりうるさいから、オウライカはそれほど首輪が嫌なのかと思った。
「すまん」
「? 何が?」
きょとんとした様子で、カザルは椅子の背もたれにしがみつくようにして座っていたのから顔を振り向ける。ぶらぶらと足を揺らせているところは、大きななりをしてるのに子どもみたいなやつだなと苦笑しながら、
「首輪がそんなに嫌か」
「ん? 別に。前もしてたことあるし」
「む」
ぴく、と思わず手にしていた書類から目を上げてしまった。
「前にも?」
「あ、妬いた?」
に、と不敵に笑う顔にからかう気だったのかと思ったが、ちょうど仕事も終わったし乗ってみる。
「いや、飼い犬ならば首輪はいるな」
「違うもん、脱いだ時だけ嵌められたんだよ?」
「脱いだ時……」
「全部脱いで、ベッドの上で」
くす、と小さく笑って椅子に乗せた腕に顎を置き、楽しそうに目を細める。数日前のおどおどした感じが少し抜けて、元のしたたかさが戻ってきたようだ。
「ああ、ここへ来た時にやってたみたいにか」
「っ」
オウライカも軽く応対すると、かあっ、とカザルが赤くなって驚いた。
「……ばかっ」
「君が言い出したんだぞ?」
「………………ばかっ」
琥珀の瞳が潤んで背けられた。
「あんなの、違うもん」
「カザル」
「あんな酷いことされてないもん」
「……すまん」
苦笑しながら書類をまとめる。立ち上がると慌てて振り向いて見上げてくるのを見ると、これはひょっとしてからかっているというよりは甘えているのに近いのかな、と思った。
カザルにはいい傾向だが、オウライカには難しいことになる一方だ。溜め息をついて誘ってみる。
「今朝できたと連絡があった。行ってみるか?」
「うんっ!」
ぱあっと笑みほころんで、カザルが急いで椅子から跳ね起きた。
小間物町は昼間は意外に静かなところだ。
清々しく晴れ渡った空に雲が渡り、そこから吹き下ろしてくる風が細い路地を洗っていくが、夜にはためいていた幾つもの布看板は今は半数ほどになっている。
「……静か……だな」
路地の入り口でカザルは竦んだように前屈みに覗き込み、足を止めた。
気づいてそっと体を寄せてやる。
確かにこの気配は『飢峡』の蠢く寸前の静けさに近い。
やはり『塔京』ものにしてはいい勘をしている。
ならば一層あの責め苦は辛かったろう、とオウライカは思わずふわふわと髪が揺れるカザルを引き寄せ、こめかみに軽く唇を当てた。
「っ!」
「? なんだ?」
びくっと震えたカザルが、うろたえた顔で片手で口付けしたところを押さえて身を引く。
「今の」
「うん?」
「……キス、した…?」
「ああ」
「な……んで?」
瞳を大きく見張って緊張した顔に苦笑する。
「驚かせたか、すまない」
「……なんで?」
「何が」
「なんで……俺にキス、したの」
「……不安そうに見えた」
何を知りたがっているのかよくわからなくて、オウライカは真面目に応えた。
「怖がってるように」
「こ、わがってなんかいない」
「……わかった」
「なんで、俺にキスしたの?」
「は?」
オウライカは困惑して瞬きする。
「……理由は言ったはずだが」
「そうじゃなくて」
じれったそうにカザルが眉を寄せた。
「だから、なんで、俺に、キス、したのかって」
「………不安そうに………違うのか?」
言いかけて、もっとはっきりカザルが顔を歪めたのにことばを止めて問いかける。
「そんなこと聞いてない」
「……理由じゃないのか?」
「……理由だけど」
「……さっきのじゃだめなのか?」
「……違うでしょ?」
「………………??」
「……う~……」
「カザル」
オウライカはため息をついた。
「君は『塔京』育ちだ」
「言われなくてもわかってる」
「私は『斎京』で生きている」
「だから、そんなこと、わかってるって」
「確かに多少の読み込みはできるが、お互い違うことばを使ってるようなものだから、何が言いたいのかはっきり言ってくれないとわからないぞ?」
「違う、ことば?」
きょとんとしてカザルが小首を傾げた。
帰りは首輪を外して簪をさして帰るからと、軽くまとめた髪の後れ毛が首筋に絡む。滑らかそうで吸いつくと気持ちよさそうな肌だなとついつい考えながら、オウライカは繰り返す。
「そうだ。君は無意識に『塔京』ベースで話している。キスした理由を聞かれたからちゃんと応えたが、それでは不満なのか?」
「………」
「キスではなくて、違う慰め方をしてほしかったと言っているのか?」
「…………もういい」
ぼそっと呟いて、カザルは目を逸らせた。尖らせた唇が濡れていて、目元にうっすら赤みが広がっているから、かなり色っぽい。
「あんた、致命的に鈍感だ」
「……」
『斎京』のオウライカに『致命的に鈍感』などと言った輩は今までいない。ブライアンが聞けば失笑するだろう。
「俺、簪、もらってくる」
「……一人で大丈夫か?」
「この間ので場所覚えたし、分かるよ」
「そうじゃなくて」
さっきまでこの場所の気配に不安がっていたはずだが、と相手を見遣ると、ふん、と鼻を鳴らしてカザルは身を翻す。
「舐めんなよ、俺だって刺客なんだぞ」
「すまん」
「? 何が?」
きょとんとした様子で、カザルは椅子の背もたれにしがみつくようにして座っていたのから顔を振り向ける。ぶらぶらと足を揺らせているところは、大きななりをしてるのに子どもみたいなやつだなと苦笑しながら、
「首輪がそんなに嫌か」
「ん? 別に。前もしてたことあるし」
「む」
ぴく、と思わず手にしていた書類から目を上げてしまった。
「前にも?」
「あ、妬いた?」
に、と不敵に笑う顔にからかう気だったのかと思ったが、ちょうど仕事も終わったし乗ってみる。
「いや、飼い犬ならば首輪はいるな」
「違うもん、脱いだ時だけ嵌められたんだよ?」
「脱いだ時……」
「全部脱いで、ベッドの上で」
くす、と小さく笑って椅子に乗せた腕に顎を置き、楽しそうに目を細める。数日前のおどおどした感じが少し抜けて、元のしたたかさが戻ってきたようだ。
「ああ、ここへ来た時にやってたみたいにか」
「っ」
オウライカも軽く応対すると、かあっ、とカザルが赤くなって驚いた。
「……ばかっ」
「君が言い出したんだぞ?」
「………………ばかっ」
琥珀の瞳が潤んで背けられた。
「あんなの、違うもん」
「カザル」
「あんな酷いことされてないもん」
「……すまん」
苦笑しながら書類をまとめる。立ち上がると慌てて振り向いて見上げてくるのを見ると、これはひょっとしてからかっているというよりは甘えているのに近いのかな、と思った。
カザルにはいい傾向だが、オウライカには難しいことになる一方だ。溜め息をついて誘ってみる。
「今朝できたと連絡があった。行ってみるか?」
「うんっ!」
ぱあっと笑みほころんで、カザルが急いで椅子から跳ね起きた。
小間物町は昼間は意外に静かなところだ。
清々しく晴れ渡った空に雲が渡り、そこから吹き下ろしてくる風が細い路地を洗っていくが、夜にはためいていた幾つもの布看板は今は半数ほどになっている。
「……静か……だな」
路地の入り口でカザルは竦んだように前屈みに覗き込み、足を止めた。
気づいてそっと体を寄せてやる。
確かにこの気配は『飢峡』の蠢く寸前の静けさに近い。
やはり『塔京』ものにしてはいい勘をしている。
ならば一層あの責め苦は辛かったろう、とオウライカは思わずふわふわと髪が揺れるカザルを引き寄せ、こめかみに軽く唇を当てた。
「っ!」
「? なんだ?」
びくっと震えたカザルが、うろたえた顔で片手で口付けしたところを押さえて身を引く。
「今の」
「うん?」
「……キス、した…?」
「ああ」
「な……んで?」
瞳を大きく見張って緊張した顔に苦笑する。
「驚かせたか、すまない」
「……なんで?」
「何が」
「なんで……俺にキス、したの」
「……不安そうに見えた」
何を知りたがっているのかよくわからなくて、オウライカは真面目に応えた。
「怖がってるように」
「こ、わがってなんかいない」
「……わかった」
「なんで、俺にキスしたの?」
「は?」
オウライカは困惑して瞬きする。
「……理由は言ったはずだが」
「そうじゃなくて」
じれったそうにカザルが眉を寄せた。
「だから、なんで、俺に、キス、したのかって」
「………不安そうに………違うのか?」
言いかけて、もっとはっきりカザルが顔を歪めたのにことばを止めて問いかける。
「そんなこと聞いてない」
「……理由じゃないのか?」
「……理由だけど」
「……さっきのじゃだめなのか?」
「……違うでしょ?」
「………………??」
「……う~……」
「カザル」
オウライカはため息をついた。
「君は『塔京』育ちだ」
「言われなくてもわかってる」
「私は『斎京』で生きている」
「だから、そんなこと、わかってるって」
「確かに多少の読み込みはできるが、お互い違うことばを使ってるようなものだから、何が言いたいのかはっきり言ってくれないとわからないぞ?」
「違う、ことば?」
きょとんとしてカザルが小首を傾げた。
帰りは首輪を外して簪をさして帰るからと、軽くまとめた髪の後れ毛が首筋に絡む。滑らかそうで吸いつくと気持ちよさそうな肌だなとついつい考えながら、オウライカは繰り返す。
「そうだ。君は無意識に『塔京』ベースで話している。キスした理由を聞かれたからちゃんと応えたが、それでは不満なのか?」
「………」
「キスではなくて、違う慰め方をしてほしかったと言っているのか?」
「…………もういい」
ぼそっと呟いて、カザルは目を逸らせた。尖らせた唇が濡れていて、目元にうっすら赤みが広がっているから、かなり色っぽい。
「あんた、致命的に鈍感だ」
「……」
『斎京』のオウライカに『致命的に鈍感』などと言った輩は今までいない。ブライアンが聞けば失笑するだろう。
「俺、簪、もらってくる」
「……一人で大丈夫か?」
「この間ので場所覚えたし、分かるよ」
「そうじゃなくて」
さっきまでこの場所の気配に不安がっていたはずだが、と相手を見遣ると、ふん、と鼻を鳴らしてカザルは身を翻す。
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