『DRAGON NET』

segakiyui

文字の大きさ
16 / 213

9.『闇と結ぶなかれ』(1)

しおりを挟む
 あれ、いつできんのかな、まだかな、うんとかかるのかな、とカザルがあまりうるさいから、オウライカはそれほど首輪が嫌なのかと思った。
「すまん」
「? 何が?」
 きょとんとした様子で、カザルは椅子の背もたれにしがみつくようにして座っていたのから顔を振り向ける。ぶらぶらと足を揺らせているところは、大きななりをしてるのに子どもみたいなやつだなと苦笑しながら、
「首輪がそんなに嫌か」
「ん? 別に。前もしてたことあるし」
「む」
 ぴく、と思わず手にしていた書類から目を上げてしまった。
「前にも?」
「あ、妬いた?」
 に、と不敵に笑う顔にからかう気だったのかと思ったが、ちょうど仕事も終わったし乗ってみる。
「いや、飼い犬ならば首輪はいるな」
「違うもん、脱いだ時だけ嵌められたんだよ?」
「脱いだ時……」
「全部脱いで、ベッドの上で」
 くす、と小さく笑って椅子に乗せた腕に顎を置き、楽しそうに目を細める。数日前のおどおどした感じが少し抜けて、元のしたたかさが戻ってきたようだ。
「ああ、ここへ来た時にやってたみたいにか」
「っ」
 オウライカも軽く応対すると、かあっ、とカザルが赤くなって驚いた。
「……ばかっ」
「君が言い出したんだぞ?」
「………………ばかっ」
 琥珀の瞳が潤んで背けられた。
「あんなの、違うもん」
「カザル」
「あんな酷いことされてないもん」
「……すまん」
 苦笑しながら書類をまとめる。立ち上がると慌てて振り向いて見上げてくるのを見ると、これはひょっとしてからかっているというよりは甘えているのに近いのかな、と思った。
 カザルにはいい傾向だが、オウライカには難しいことになる一方だ。溜め息をついて誘ってみる。
「今朝できたと連絡があった。行ってみるか?」
「うんっ!」
 ぱあっと笑みほころんで、カザルが急いで椅子から跳ね起きた。

 小間物町は昼間は意外に静かなところだ。
 清々しく晴れ渡った空に雲が渡り、そこから吹き下ろしてくる風が細い路地を洗っていくが、夜にはためいていた幾つもの布看板は今は半数ほどになっている。
「……静か……だな」
 路地の入り口でカザルは竦んだように前屈みに覗き込み、足を止めた。
 気づいてそっと体を寄せてやる。
 確かにこの気配は『飢峡』の蠢く寸前の静けさに近い。
 やはり『塔京』ものにしてはいい勘をしている。
 ならば一層あの責め苦は辛かったろう、とオウライカは思わずふわふわと髪が揺れるカザルを引き寄せ、こめかみに軽く唇を当てた。
「っ!」
「? なんだ?」
 びくっと震えたカザルが、うろたえた顔で片手で口付けしたところを押さえて身を引く。
「今の」
「うん?」
「……キス、した…?」
「ああ」
「な……んで?」
 瞳を大きく見張って緊張した顔に苦笑する。
「驚かせたか、すまない」
「……なんで?」
「何が」
「なんで……俺にキス、したの」
「……不安そうに見えた」
 何を知りたがっているのかよくわからなくて、オウライカは真面目に応えた。
「怖がってるように」
「こ、わがってなんかいない」
「……わかった」
「なんで、俺にキスしたの?」
「は?」
 オウライカは困惑して瞬きする。
「……理由は言ったはずだが」
「そうじゃなくて」
 じれったそうにカザルが眉を寄せた。
「だから、なんで、俺に、キス、したのかって」
「………不安そうに………違うのか?」
 言いかけて、もっとはっきりカザルが顔を歪めたのにことばを止めて問いかける。
「そんなこと聞いてない」
「……理由じゃないのか?」
「……理由だけど」
「……さっきのじゃだめなのか?」
「……違うでしょ?」
「………………??」
「……う~……」
「カザル」
 オウライカはため息をついた。
「君は『塔京』育ちだ」
「言われなくてもわかってる」
「私は『斎京』で生きている」
「だから、そんなこと、わかってるって」
「確かに多少の読み込みはできるが、お互い違うことばを使ってるようなものだから、何が言いたいのかはっきり言ってくれないとわからないぞ?」
「違う、ことば?」
 きょとんとしてカザルが小首を傾げた。
 帰りは首輪を外して簪をさして帰るからと、軽くまとめた髪の後れ毛が首筋に絡む。滑らかそうで吸いつくと気持ちよさそうな肌だなとついつい考えながら、オウライカは繰り返す。
「そうだ。君は無意識に『塔京』ベースで話している。キスした理由を聞かれたからちゃんと応えたが、それでは不満なのか?」
「………」
「キスではなくて、違う慰め方をしてほしかったと言っているのか?」
「…………もういい」
 ぼそっと呟いて、カザルは目を逸らせた。尖らせた唇が濡れていて、目元にうっすら赤みが広がっているから、かなり色っぽい。
「あんた、致命的に鈍感だ」
「……」
 『斎京』のオウライカに『致命的に鈍感』などと言った輩は今までいない。ブライアンが聞けば失笑するだろう。
「俺、簪、もらってくる」
「……一人で大丈夫か?」
「この間ので場所覚えたし、分かるよ」
「そうじゃなくて」
 さっきまでこの場所の気配に不安がっていたはずだが、と相手を見遣ると、ふん、と鼻を鳴らしてカザルは身を翻す。
「舐めんなよ、俺だって刺客なんだぞ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

敗戦国の王子を犯して拐う

月歌(ツキウタ)
BL
祖国の王に家族を殺された男は一人隣国に逃れた。時が満ち、男は隣国の兵となり祖国に攻め込む。そして男は陥落した城に辿り着く。

過保護な父の歪んだ愛着。旅立ちを控えた俺の身体は、夜ごとに父の形で塗り潰される

中山(ほ)
BL
「パックの中、僕の形になっちゃったね」 夢か現か。耳元で囁かれる甘い声と、内側を執拗に掻き回す熱。翌朝、自室で目覚めたパックに、昨夜の記憶はない。ただ、疼くような下腹部の熱だけが残っていた。 相談しようと向かった相手こそが、自分を侵食している張本人だとも知らずに、パックは父の部屋の扉を開く。 このお話はムーンライトでも投稿してます〜

カテーテルの使い方

真城詩
BL
短編読みきりです。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

創作BL短編集

さるやま
BL
短編まとめました。 美形×平凡、ヤンデレ、執着・溺愛攻め多め

処理中です...